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エレメント・フォース  作者: 雨空花火/サプリメント
三幕『黒き異空の使者』
21/60

『異空より出でし黒き竜王は《世界》を殺す黎き悪魔』


正体不明の黒い化け物ー黒竜と呼称ーが出現した日をカウントして三日目の夕刻、空が茜色に染まり始めた頃に、天宮島全域に緊急避難命令が出された。

鳴り響く警報と共に流れるのは、総理大臣による避難勧告。

各地のシェルター近くに配置された政府の役人が避難誘導を行い、予め避難命令が出る事を国民に伝えていただけに、戦争時よりも更にスムーズにシェルターへの避難は完了していく。

天宮島の強み、とでも言うのか。それは『外』の世界に比べて、国民が二分化、三分化していない事だ。

超能力者、無能力者、『外』からやってきた超能力に偏見を持たぬ者達。この三様の人間達は、互いにぶつかり合わず、互いに手を取り合って暮らしている。

政府に対する支持率も極めて高い。

国が、国民が常に一致団結している。少し大袈裟かも知れないが、まさにそれが体現された理想の国とでも言えるのだ。

故に暴動が起こる事もなく、政府を信頼しているからこそ避難はスムーズに進むのだ。

とまぁその中でも、例外は勿論ある。

避難が完了しつつある現在、第六区では一人の少女が避難誘導を行う政府役人に突っかかっていた。


「なぜこの(わたくし)が避難をせねばならないですか! この私が! あの化け物と戦えば早い話でしょう!」


太ももを撫でるほど長い銀髪にモノクロのノースリーブドレスを纏い、強気な口調で声を荒げるこの少女は、ロゼッタ・リリエルだ。

米露連合軍との国家戦争で活躍した超能力の一人である。

ロゼッタは政府役人の女性に向かって、避難する事が納得いかない理由を矢継ぎ早に浴びせていた。


「で、ですからこれは政府上層部からの命令でして……」


「では誰が戦うと言うのです! 避難しただけではどうにもならないでしょう!」


「そ、それは……私にも……」


「知らない⁉︎ これだから政府は役に立ちませんよの!」


政府役人に対して言うべき言葉では当然ない。

しかし、ロゼッタ・リリエルという超能力者が"役人程度"が抑え込めるほど簡単な人間では無い事を重々承知している女性の政府役人は、心が折れる寸前、最悪"殺されてしまわないか"と完全に怯えてしまっている。

無論、ロゼッタに"そんな気"は当然ありはしないが、だからと言って、はいそうですかと引き下がれもしなかった。

そこに一陣の風が巻き起こる。

はためくドレスの裾と髪を手で押さえたロゼッタは、傍に降り立った少年の顔を見て、まるで珍しい物でも見るかの様な表情を浮かべた。


「あら、詠真様」


背に接続した四つの竜巻を解除、霧散させた少年、木葉詠真はロゼッタと目が合うや否や嘆息する。


「ロゼの事だし、文句垂れまくってるだろうなぁと思って来たんだが、案の定ってとこだな」


まぁ、と口元に手を添えたロゼッタは、


「文句垂れとは失礼ですわね。それに此処は"花園"ですわよ、殿方は禁制と」


「分かってる分かってる」


ロゼッタの言葉に被せるように言った詠真は、周囲に居る避難途中だった淑女達の奇異な視線を背に浴びつつ続ける。


「ロゼに話があったから来ただけで、終わったらすぐ出て行くよ」


ロゼッタは腰の前で手を組み、尋ねる。


「して、話とは?」


「何、長い話じゃない。例の化け物だが、あれは俺に任せてくれって話だ」


「なるほど、戦うの詠真様でしたか。ならば私もお力を」


「いや、ちょっと事情があってな。ロゼ"達"には協力してもらいたくない」


ロゼッタは怪訝な顔をし、


「協力してもらいたくない? 何ですのそれ、邪魔だとでも?」


「邪魔だ」


詠真な直球かつ即答した。

まさか本当に肯定されるとは思わなかったロゼッタは声を荒げる。


「なっ⁉︎ この私が足手まといだと、そう仰るのですか⁉︎」


「違う違う。そりゃロゼの『超振機壊(エーテルマキナ)』があれば随分楽になるだろうけど、それじゃちょっと意味がないんだ」


「い、意味が分かりませんわ……」


詠真は、本当の事を言うわけにはいかんよなぁと考えた後、極めて簡潔に述べる。


「あれだ、手柄を独り占めさせてくれって事だ」


ロゼッタは一瞬キョトンとした顔をして、やがて大きく嘆息した。


「なーんか……理解不能ですけど、分かりましたわ。私も正義の味方を気取りたい訳ではありませんし任せますわ。でも……」


「でも?」


詠真が聞き返すと、ロゼッタはほんの少し不安が混ざった真剣な顔で言った。


「大怪我でもして『祈竜祭』に出られないとか無しですわよ。無事に終わらせて『祈竜祭』に出る。これが条件です」


「…………善処するよ」


歯切れが悪そうに答えた詠真はロゼッタに背を向けてその場を去ろうとする。

その背中に、


「勝ち逃げは許しませんわよー!」


負けず嫌いな少女の声が刺さる。

ーーこれじゃ、すぐに『外』へ出る訳にはいかなくなったな。

詠真は苦笑を漏らし、空へ舞い上がった。



☆☆☆☆



黒竜討伐における陣形配置は、詠真、鈴奈、フェルドの三人で天宮島を囲うデルタフォーメーション。

黒竜が何処に出現しても誰が即座に対応できる様に、かつ三方向から火力を注ぐ事で確実に攻撃を通す為だ。

デルタの頂点になる二基にフェルド、そこから南下した場所にある三基と四基を繋ぐゲート、バーミリオンゲート付近には鈴奈、更にそこから東方向にある三基と五基を繋ぐゲート、アズゥールゲート付近に詠真が配置される予定だ。

既に八眷属の二人は持ち場に待機しており、七区に立ち寄っていた詠真はアズゥールゲートに向かっている最中だった。

国民の避難がほぼ完了し、前日とは違う閑散とした島の空を駆けている所、詠真の耳に何処から声が聞こえてきた。


「おいコラ餓鬼」


随分と口の悪い声。その一言だけでチンピラであると分かる声は、詠真の下方から発せられていた。

詠真は空中で一度立ち止まり、視線を下に向ける。


「……由罪、んな所で何やってんだ」


灰爽由罪。

灰色に濁った髪をオールバックにし、金の縦ラインが入った制服に身を包むその少年は、建物の屋上で退屈そうに寝転がっていた。

詠真がその建物に降りると、由罪はのそりと起き上がる。


「こっちのセリフだボケが。化け(もん)と一戦交える糞は誰だと思ったが、まさかテメェか」


「だったら何だよ。悪いけど、邪魔だから由罪は引っ込んでろ」


由罪は強く舌打ちをする。


「いちいち癇に障る餓鬼だな。その上楽しみを独り占めか」


「こちとら楽しくて戦ってんじゃねぇよ」


「なら尚更、力を貸してやってもいいんだぜ」


由罪のそれは正義感や善心から来る物ではない事を、詠真はよく理解している。

由罪は類稀な戦闘狂だ。それが由罪に対する詠真の認識であり、あながち間違った認識でもない。

特に強敵。由罪はより強い力を見抜く炯眼(けいがん)を持っている。弱い者には興味がなく、より強い力を持つ者に対しては見境なく喧嘩をふっかける。

詠真もその被害者だ。それは喧嘩ではなく"公式"的な模擬戦ではあったが、詠真は敗北を喫していた。

故に由罪の力は大いに認める所ではあるが、ロゼッタ同様に強力すぎる為、今回に至っては"邪魔"に他ならない。

詠真は再度勧告する。


「邪魔だっつってんだろ。さっさとシェルターに戻れ」


「何が好きで、クッセェ地下でビクビクしなきゃならねぇんだよ」


嘆息した詠真は由罪に背を向け、


「好きにしろ」


吐き捨てた。

相手をしてる場合でもない。

そこにもう一度、由罪の呼び止める声が。


「おい」


「あ? まだ何かあんのか」


振り向いた詠真が見たのは、由罪の心底退屈そうで、哀れむ様な顔だ。

由罪は冷たい声で告げた。


「テメェ……死ぬかもな」


突然の死の予言に詠真は眉間に深いシワを寄せた。

それを鼻で笑った由罪は屋上に寝転がり、助言でもするかの様な口調で続けた。


「何にそんな急いでんのか知らねぇが、急がば回れって言葉を忘れてんじゃねぇか? 優等生が聞いて呆れる」


「……かもしれねぇな」


否定せず、肯定。

詠真自身も感じている事ではあった。

急ぎすぎている、焦りが目に見えている。傍に居て全部知ってる鈴奈は言葉に出さないが、出さなくとも自分で自覚はしていた。

それでも。


「止めらんねぇよ。やること、やるべき事はもう決まってんだ。悠長に立ち止まってる暇なんてねぇよ」


「あっそ。まぁ死なねぇ程度に頑張れや。死んだら役目は引き継いでやるよ」


「黒竜は俺が、俺"達"が倒す。由罪に出番は回ってこねぇよ、そこで寝てろ」



☆☆☆☆



天宮島一基に聳える超巨大な白亜の塔『神殿の柱』。その外周に広がる鮮やかで美しい花畑の中に、彼女は居た。

美しくも儚い聖女の"脆さ"を持ち、気高き騎士の"勇ましさ"を兼ね備えた長い白髪の女性、聖皇ソフィア・ルル・ホーリーロード。

魔法使いを束ねし"最強の魔法使い"である彼女の仕事は、黒竜討伐ではなく、黒竜討伐における"ステージ"を用意する事だった。

ソフィアが軽く腕を振るうと、その手には白銀の杖が握られていた。逆三角の杖頭は八本の花を束ねた花束の意匠で、身の丈を少し超える程に長く、神々しさを放つ"神の杖"と呼ぶに相応しい一品だ。

杖の名を『聖華位神杖(ヴェネラブルフラワー)』。

ソフィアは『聖華位神杖』を少し持ち上げ、杖尻で花畑を小突いた。

魔力の奔流が、まるで一陣の風が如く天宮島全土を駆け抜けた。

彼女は紡ぐ。


「ーー邪悪を退け、災厄を断つ。それは神々の盾。守護女神(アテナ)が掲げ、邪悪を滅した神光の顕現。我、魔を持ちてそれを現す。守るべきモノ、守られるべきモノ、守りたいモノ。守の事象を護り現す絶対防御の聖領域。望みし領域に守護を与えよーー『聖盾守天神領域(アイギス・サンクチュアリ)』」


ほんの一瞬だけ、天宮島全土が金色の光に包まれた。

何が起こったのか。

魔法使い以外は、見た目だけで判断する事はできないだろう。

『聖盾守天神領域』という魔法は、存在しうる魔法の中で、最も強力とされている防御結界魔法だ。属性は空属性。

効果は至ってシンプルなもので、発動者が指定した領域内における全構造物への物理、非物理干渉を阻害するというモノ。

ソフィアは『天宮島』という超大型浮体式構造物そのものに防御結界を張り巡らせる事で、これから起こりうる戦闘による島への影響を遮断したのだ。

例え黒竜が破壊の限りを尽くそうが、八眷属が強大な魔法を使おうが、『天宮島』を傷付ける事は叶わない。

地下シェルターへ伝わる衝撃もなく、思う存分暴れる事ができると言うわけだ。

イメージ的には、一つ一つの構造物が不可視の壁に包まれている感じだ。

破壊を無効に出来るとは言え、不可視の壁に衝突すれば"痛い"。

それも詠真達は予め説明されているため、ソフィアの懸念はそこではない。

根本的にして、当然の懸念。


「三人で勝てるでしょうか……」


三人に任せると信じて決めた手前、自分は手を出せない。

だが。


「信じた手前……疑ってしまっては元も子もありませんね」


絶体絶命の場合は自分が出る。

その可能性も視野に入れた上で、ソフィアは三人を信じて祈りを捧げる。



☆☆☆☆



太陽は完全に沈み、天宮島は漆黒の帳に包まれていた。普段なら点いている街の明かりは、今宵に関しては皆無。

時刻は午後二十三時と言った所か。

詠真はPDA端末や時計を身に付けてないため、正確は時間は分からないが、避難命令が出てから五、六時間が経過していた。

現状、黒竜が現れる気配はない。黒窮は重たい雲に覆われ、月はその姿を隠していた。

ーー嫌な感じだ。

夜風に混じる、肌をなぞる不気味さ。形容し難い感覚に、詠真は武者震いを起こす。

これから始まるのは、正真正銘命を賭けた決死の戦い。相手は黒竜。この世の生物では無い、"黒き異空からの使者"。

果たして勝てるのだろうか。

そんな不安を抱く度に、"勝てるかじゃない。勝つしかないんだ"と自分に言い聞かせる。

この一戦には"全て"が掛っている。

勝てば『島外への自由移動許可』の承認、負ければ"何もない"。ただ敗北を味わい、チャンスを逃すだけ。手に入れる物は何もない。

求めるのは勝利の結果のみ。


「やれる……俺なら、やれる」


『一年前のあの時』。

アーロン・サナトエル。

米露連合軍との国家戦争。

詠真は三度も死地を乗り越えてきた。

やれる。やれない訳が無い。

精神を鼓舞し、頬を叩いて肉体を鼓舞する。

能力制御に問題はない。気持ちも着いてきてる。一切として、不備は無い。



ーー突如、空気が変わった。



詠真、鈴奈、フェルドが一斉に空を仰いだ。

月を隠していた重たい雲に巨大な円が穿たれ、巨大な"影"が降りてくる。

闇夜に紛れる"影"は、月光を背にする事で輪郭を見せ、禍々しきその全容を天空に現した。

三つの竜頭を支える長く柔靭な首。闇を纏ったが如く漆黒の表皮には、深紅の輝線が幾つも走っている。木樹の様に太い二足と二腕、大蛇もひれ伏す強靭な一尾を不気味に蠢かせ、禍々しく凶悪な一対の黒翼で荒々しく空気を叩く『異世界』からの使者ーー黒竜。

討伐すべき対象だ。

黒竜が降り立った場所は、空港や港、宇宙関連施設が密集する五基。

そこに一番近いのはーー


「先手必勝ォ!!」


背に接続した四つの竜巻が一気に膨張、詠真はビルの屋上を蹴ると同時に、竜巻は収縮。爆発的に生まれたエネルギーが、詠真を弾丸の如く空へ跳ねあげた。

五基に最も近いのは、三基と五基を繋ぐアズゥールゲートに待機する詠真。

一撃で決めるくらいの覚悟で、詠真の体は黒竜へと距離を詰めて行く。

詠真の周囲に更に炎を纏った四本の火炎竜巻が発生。それらを前方へ集合させ、形成されたのは、巨大な竜巻の槍だ。

北欧神話の主神、オーディーンが投擲した神槍"グングニル"を彷彿とさせる、黒竜の体躯に負けず劣らずの巨大な火炎を纏った風の槍。

そのまま"グングニル"と呼称しても遜色はないだろう風の槍を前方に携えた詠真は、全身全霊を込め、一切躊躇する事なく、自分諸共黒竜の懐へ"グングニル"を突き立てた。


「ギャオオオオオオオオオオオ‼︎‼︎」


轟音。そして咆哮。

"グングニル"の直撃を受けた黒竜は悲痛な咆哮を上げ、勢いが衰えない風の槍と共に後方へ吹き飛ばされる。

黒竜の三本の首が蠢めき、槍を携える矮小な人間の姿を捉えた。

三つの顎が大きく開かれる。

キュィィン! と甲高い音が鳴り、黒竜の口に漆黒のエネルギーが収束していく。

事態に気付いた詠真は"グングニル"を前方に投擲する様に放棄し、ありったけの力を込めてその場を緊急離脱した。

次の瞬間。

先程まで詠真が居た場所を、黒竜の口から放たれた漆黒のエネルギー光線が、凄まじい熱波を伴って通過した。

もし躱していなれば、一瞬にして詠真の体は消し飛んでいただろう。

エネルギー光線は"グングニル"を霧散させ、黒竜は地鳴りを起こしながら滑走路を太い二足で踏みつけた。


「あっっっぶねぇ……」


詠真の鼓動は高速で脈を打っている。

それを落ち着かせる暇がない事は分かっているが、一歩間違えれば死んでいた事実に少し足が竦みそうだった。

黒竜に視線を向ける。

"グングニル"が直撃した黒竜の腹に当たる部分、そこには表皮を削り取る様な傷が形成されているが、体を貫くには到底至りはしなかった。

一撃で決めるくらいの覚悟はあったが、一撃で決めれるとも思っていなかった。それでも大ダメージは与えられるだろう踏んでいたが、どうやらそこまでのダメージは被っていない様子だ。

むしろ、


「怒らせちまったか……」


「ギギャアアアアアアア‼︎‼︎」


黒竜の表皮に走る深紅の輝線が強く輝く。まるで怒りのメーターだ。不意打ち先手必勝を食らった黒竜は、初っ端から怒りが最高潮に達している様に見えた。

三つの顎が開かれ、口に漆黒のエネルギーが収束していく。

標的は当然、詠真である。

ーーマズイ!

そう思った矢先。

漆黒の闇から二つの輝き。

詠真の背後から飛来した無数の氷の矢が黒竜の首に突き刺さり、爆発。更に黒竜の右手方向から、三つの首を斬り落とそうと超巨大な炎剣が横薙ぎに振るわれた。

だが首を斬り落とす事は叶わず、炎剣は振り抜かれ、黒竜は態勢を崩して地に倒れこむ。それにより黒竜の頭部は空を仰ぐ形となり、三本の漆黒のエネルギー光線が夜空を邪悪に切り取った。


「すっげぇなおい……」


「感嘆してる場合じゃないでしょ! 止まってないで動く!」


背後から浴びせられる鈴奈の怒号に、詠真は再度気を引き締める。

地に倒れている今はチャンスだ。無防備な黒竜に攻撃を叩き込む。

詠真は黒竜の真上に移動すると、もう一度"グングニル"を発動させる。周囲に火炎竜巻が四本、いや、八本作り出し、真下に向けて重ね合わせる。先程より大きさを増した風の槍を、黒竜に投擲にした。

それに合わせて、鈴奈による弓矢の氷属性魔法『光輝矛閃乃矢(ウル・イチイバル)』、フェルドによる超巨大な炎剣の火属性魔法『炎神剣(レーヴァテイン)灼罪(ムスペルヘイム)』が放たれた。

莫大なエネルギーの合算、衝突。核兵器が投下されたと見紛う程の轟音に、闇夜を照らし視界を埋め尽くす光。

この世のありとあらゆる生物、非生物において。今の攻撃を受けて生きていられるモノ、壊れず形を守り抜けるモノはあるだろうか。

恐らくーー否だろう。

人間など一瞬の内に蒸発し、戦艦程度欠片も残さず破壊するだろう。

だがその攻撃を受けても、『天宮島』の全構造物は全くの無傷。ソフィアによる防御結界魔法の恩恵だ。

次第に光は収まり、滑走路に倒れこむ巨大な黒竜の姿が顕になった。

三つの首の内、一つが消し飛び、腹には穴が穿たれている。自慢の黒翼は両翼とも捥がれ、黒竜はピクリともせず沈黙している。


「…………勝った、のか……」


詠真が確かめる様に呟いた。

黒竜は一向に動く気配を見せない。

ーー意外に呆気ないものだな。

そう感じはしたが、放った二撃の槍には全身全霊を込めていたため、体力的精神的な消耗は激しかった。

それでも、予想よりも随分呆気ない。

そう、詠真が一息吐いた時だった。


「……なに、あれ」


言ったのは鈴奈だ。

彼女たちの視界、下方の地面から、闇よりも更に漆黒の煙が噴き出していた。煙と言うよりかは、漆黒のエネルギー。黒竜が吐き出していた光線に似た、それでいて全く別のエネルギーだ。

そのエネルギーは黒竜の遺骸へ吸い寄せられ、そして吸収されて行く。

ーー何が起こってやがる。

その疑問を解決する答えが、頭の中に流れ込んでくる。遠隔伝達魔法『遠話』によるソフィアの声だ。


『三人共、聞いてください。現在黒竜が吸収している黒いエネルギーは、天宮島を支える龍脈の力のようです』


「龍脈……」


詠真はそれをよく知っている。龍脈は地中を流れる"気"の事で、この島を支えるに際して最も重要なファクターだ。龍脈の上だからこそ、これほどの超巨大建造物は"島"になり得る。天宮島に住む者にとっては常識中の常識。

だが今は、その龍脈を黒竜に利用されている。

と言うことか。


「聖皇様、黒竜が龍脈の力を吸収したとして、起こりえる事態とは一体……」


『傷の再生、と言った所でしょうか。私にも詳しい事は分かりませんが、「宮殿」の言う限りでは、黒いエネルギーは龍脈の力で間違いありません』


詠真は軽く絶望を掴みかけた。

それは眼前に広がる光景。

地に倒れて動く気配を見せなかった黒竜が、その体をゆっくりと持ち上げた。

腹に穿たれた穴、消し飛んだ首、捥がれた一対の黒翼が再生を始めていた。

地中から噴き出す龍脈のエネルギーを吸収し、黒竜の傷は瞬く間に完治する。

ソフィアの悲痛な声が届く。


『あらゆる物理、非物理干渉を遮断する"聖盾守天神領域"をすり抜けるとは……』


「大丈夫です」


鈴奈が言い切った。

何を根拠に大丈夫なのか。それは詠真にも理解しかねる事だった。

しかし。

鈴奈は毅然に立ち振る舞う。


「私達は勝ちますよ。例え無限に再生されようと、私達は必ず勝ちますよ」


ソフィアが何かを言う前に、復活した黒竜の咆哮が天を貫いた。

悠長に話をしている場合ではない。

『ご武運を……』とソフィアの言葉を残して『遠話』は途切れる。


「さて、どうするよ」


詠真の額には汗が滲んでいる。

掌もぐっしょりだ。

夏の夜は暑い。

なんて冗談を言ってる余裕も無く、詠真は二人の魔法使いを一瞥した。

表情までは確認できないが、やはり"プロ"でも言うべきだろうか。復活した黒竜に対して微塵も怯みを見せない。

どうする、どうする。

自分に問いかける。

体力も精神もかなり消耗している。大技を連発していては、すぐに限界が来るだろう。超能力者は、魔法使いの"魔力"に当たるエネルギーは持ち合わせていないが、無尽蔵に超能力を振り回せる訳でもない。言うなれば、気力と体力。

『風』で竜巻を起こすにしても、様々な計算があってこその具象化。火炎竜巻、"グングニル"ともなれば、緻密な計算とそれを支える気力、更に能力を最大限に引き出すために体力を消耗する。

火炎竜巻程度ならさして問題はなかっただろうが、初めて使用した"グングニル"と呼ぶべき風の槍は、人生で一番キツイ大技に認定をしても良いレベルだ。

それをそう何度も発動してられない。

一つだけ、光明があるとすればーー


「"ゾーン"しかないかッ……!」


動き出した黒竜を警戒し、詠真は黒竜の周囲を大きく旋回する。

"ゾーン"。それは『四大元素』を三つ、四つの同時発動が出来る状態の事。一昨日からそう呼ぶことにしたのだ。

その"ゾーン"に入りさえすれば、応用力も高まり、全体的な火力が増す。体力的気力的な面も緩和される事だろう。

だが黒竜を相手に、悠長に"ゾーン"へ入る準備なんてしてられない。

最低でも二分か三分程度、攻撃を受けずに集中する時間が必要だ。

しかし。


「"ゾーン"に入ったからと言って、必ずしも黒竜に通用する保証はねぇ……」


黒竜の上空に超巨大な青い魔法陣が展開。現れたの"氷山"と見紛う程の超巨大な氷塊だ。

黒竜は氷塊に向けて二つの口を開く。放たれた漆黒のエネルギー光線が氷塊を融解させ、跡形も無く溶かし尽くす。

更に残る一つの口が詠真の方向に向けられ、漆黒のエネルギー光線が襲いかかる。

エネルギー光線に背中を追われる構図で空を疾走する詠真は、自分が時間を稼ぎ、二人にド派手な魔法をぶつけてもらう方が効率的ではないかと考えた。

エネルギー光線が消え、詠真は方向転換、黒竜へと肉薄する。



☆☆★★



メラメラと燃える炎翼を背に生やした青年、フェルドは強く舌打ちをした。


「アイツは馬鹿なのか」


それは木葉詠真に対する言葉だ。詠真に無謀にも黒竜へと肉薄し、紙一重で黒竜の近接攻撃を躱している。わざと紙一重のタイミングを狙っているのではない、本当にギリギリなんだろう。

故にこそ無謀。

だがフェルドにはその意図も伝わっていた。


「時間稼ぎ……つまり、俺と鈴奈に賭けたという事か」


と言っても、フェルドに思い付くのはたった一つの方法だけだ。

その手に握る紅い剣。魔聖剣『真紅蓮御剣』。そこに封じ込まれた聖皇の魔力を解放し、己が身に纏う魔法『封解顕現』による、魔聖獣の顕現。使用にはリスクが付き纏う一撃必殺の魔法。

その一つのみだ。


「ーーやるしか道はないか」



☆☆☆☆



鈴奈も同様の事を考えていた。

自らの危険を犯してまで、時間稼ぎに買って出て詠真の思惑は、"氷帝"と"炎帝"に大技を使うための時間を与えるため。"破棄発動"の存在を知っている以上、彼が望むのはーー


「『封解顕現』を使えって事ね……」


鈴奈は黒竜を見据える。

龍脈のエネルギーを吸収する事で、傷の再生し続ける擬似的な不死身竜。

だがーー必ずあるはずだ。

再生を停止させ、確実に黒竜を死滅させるための弱点がーー(コア)と呼ぶべき明確な弱点があるはずだ。

鈴奈はそう踏み、そこに賭ける事を決めた。

携えた氷翼が強く空気を叩き、


「……さっさと幕引きにしましょう」



☆☆☆☆



「ごっ……はッ……‼︎」


詠真の体は、木樹の如く太い黒竜の腕によって地面に叩きつけられた。

『風』で衝撃を相殺ーしきれなかったがーしていなければ、今頃立ち上がる事すら出来なかっただろう。

それでもかなりのダメージを被り、口から粘ついた赤黒い血を吐いた。

ーー肋骨何本か逝ってんだろ。

弱音を吐いてる暇はない。

時間を稼ぐためには、黒竜の意識を自分一人に集め続ける必要がある。そのためには動き続けなければならない。

詠真の頭上に、馬鹿ほど巨大な黒竜の脚が覆いかぶさる。

竜巻を膨張、収縮させ生まれたエネルギーでその場を緊急離脱。空に舞い上がり、黒竜の周囲を旋回し、生み出した八本の竜巻を黒竜にぶつける。

表皮を削ろうが、地中から溢れる龍脈のエネルギーで瞬く間に完治する。

まさしく"化け物"だ。

それでも。


「もう……少しだ……化け物め」



☆☆☆☆



黒竜の右手方向。

"氷帝"舞川鈴奈が発動させた。

彼女の足元に青い魔法陣が展開し、魔聖剣『氷薔薇乃剣(グラキエスロッサ)』を突き立てた。



黒竜左手方向。

"炎帝"フェルド・シュトライトが発動させた。

彼の足元に赤い魔法陣が展開し、魔聖剣『真紅蓮御剣(エリュテイアロータス)』を突き立てた。



鈴奈は、フェルドは、己が授かった"誓いの剣"の柄を両手で強く握り締める。

"帝"は朗々と唱え始めた。


「我が誓いは永遠の薔薇 氷が魅せる美の献上

 皇へ詠いし我が心、穢す輩へ聖なる罰を

 誓いの剣よ、其が姿を現し賜へ」


「我が誓いは泥中の紅蓮 焔と駆ける守護の星

 皇へ詠いし我が心、穢す輩へ聖なる罰を

 誓いの剣よ、其が姿を現し賜へ」


二本の魔聖剣が神々しい光を放つ。それは闇を照らす神光の如し。


「凍て尽く巨躯、慈悲を裂きし鋭爪凶牙、絶対零度の猛き咆哮

 美麗なる彫刻に命の息吹を

《氷帝》の名のもとに告げる。封じられし獣、此処へ顕現せよ」


「燃え盛る霊炎、秩序を嘲笑う鋭嘴灼眼、極越焔鎖の眩い咆鳴

 光輝なる陽炎に命の息吹を

《炎帝》の名のもとに告げる。封じられし獣、此処へ顕現せよ」


『氷薔薇乃剣』が、『真紅蓮御剣』が、魔法陣に溶け込むように消えていく。

全ての覚悟は此処で決める。

後には退けない。見据えるのは"先"のみ。

二人は、紡ぐ。


「――極光・招来――」


「――霊光・招来――」


闇夜に七色のオーロラが輝き、闇夜に煌めく太陽が出現する。二柱の"帝"は、魔法陣から昇った光の柱に包まれた。

黒竜が警戒しようとーーもう遅い。

詠真は最後の力を振り絞り、八本の火炎竜巻による"グングニル"を形成。黒竜の土手っ腹に叩き込んだ。

不意を突かれた黒竜の体が浮き、"グングニル"の勢いを持って天に舞い上がる。


最後の詠唱がーー


「『氷鈴鳴河』――魔聖獣『無慈悲氷狼(リモースレス・レド・ウォルフ)』‼︎‼︎‼︎」


「『火尊灰塵』――魔聖獣『無秩序鳳凰(ディスオーダー・ノヴァ・フェニックス)』‼︎‼︎‼︎」


ーー紡がれた。

青と赤の光の柱にヒビが入る。

直後。

轟く獣の咆哮が空間を、響めく大鳥の鳴声が大気を震わせ、二本の柱が光の破片を撒き散らし完全に砕け散った。

顕現したのは、全長十メートルに及ぶ猛々しい氷の神狼と、その三倍はあろうかという炎の霊鳥。

『無慈悲氷狼』と『無秩序鳳凰』。

そして『黒竜』。

さながら、神話世界から飛び出してきた神獣達の宴の様だ。

その宴もーー今に終わる。


「ギャオオオオオオオオオオ‼︎‼︎‼︎」


詠真の放った"グングニル"によって天空に舞い上げられた黒竜は、三つの竜顎を大きく開き、二体の魔聖獣に向けて漆黒のエネルギー光線を放たんとする。


「ヒュオオオオオオオオオ‼︎‼︎‼︎」


それに対するのは、"炎帝"フェルド・シュトライトが変化した炎の霊鳥だ。『無秩序鳳凰』は、竜顎と比べると頼りない(くちばし)を開き、体を構成する無尽蔵の魔力(ほのお)を練り上げ、天を覆い尽くす業炎を吐き出した。

黒竜も漆黒のエネルギー光線を放つ。

真紅と漆黒が衝突。

均衡はーー直ぐに崩れた。

『無秩序鳳凰』が吐いた天を覆い尽くすほどの炎が、黒竜の漆黒のエネルギー光線を打ち破り、取り込み、そして天諸共黒竜を飲み込んだ。

黒竜の形容し難い悲痛の咆哮。黒竜の体は炎に焼かれ、表皮、肉、骨と凄まじい速度で焼き尽くされて行く。

しかし、黒竜は龍脈のエネルギーを吸収し、焼き尽くされては再生し、焼き尽くされては再生を繰り返していく。

このままでは平行線ーーではない。

"氷帝"舞川鈴奈は、彼女が変化した『無慈悲氷狼』は、一点を見つめていた。

業々と燃ゆる炎獄の中、破壊と再生を繰り返す黒竜の三つ首の付け根に当たる部分。

そこには"あった"。

まるで宝石のような光沢を放つ、赤く丸いーー"(コア)"が。


「グォォォォォォォォオオオオ‼︎‼︎‼︎」


『無慈悲氷狼』は空を駆ける。四足の足元には魔法陣が展開されており、それを足場にして黒竜へ肉薄する。

業炎の中にその身を投げ入れた。

そして。

戦いの幕を引くために。


――慈悲を引き裂く牙で"核"を噛み砕いた。


硝子が割れるような、そんな音。


それが天宮島全土に響き、反響し。


黒竜は音もなく、叫びもなく、その身を炎によって焼き尽くされた。


地中から噴き出ていた龍脈のエネルギーは収まる。


『無秩序鳳凰』と『無慈悲氷狼』は光に包まれ、二人の青年と少女の姿へ。


木葉詠真は、激しい消耗による疲労で草臥れた体を地面に預け、静寂を取り戻した満天の星を見上げて、呟いた。


「……今度こそ、勝ったぞ」



異空より出でし黒き使者。

黒竜と呼称されたその化け物は、彼らによって無事討伐された。


詠真は安心感と倦怠感に身を委ね、夏空の下で目を閉じた。






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