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エレメント・フォース  作者: 雨空花火/サプリメント
三幕『黒き異空の使者』
17/60

『稀有な訪問者』



今一度確認しておこう。

木葉詠真の自宅に居座る二人の居候について。

一人は、遥々南欧の国、聖皇国ルーンからやってきた魔法少女。

もう一人は、大口径対物(アンチマテリアル)ライフルとゴスロリドレスを愛用する超能力少女。

前者は、舞川鈴奈。

後者は、サフィール・プランタン。

何故この二人が年頃の少年の家に居候する事になったのか、それは家主である詠真が一番知りたい事である。

とは言っても、詠真自身この生活が嫌と言うわけでもなかった。二人が居るからと言って困る事もなく、むしろ助かっているくらい。毎日に会話が絶えず、食卓も賑やかで、まるで一つの家族の様。もしこの二人が居なければ、今頃木葉詠真は死んだ目で一人暮らしを送っていただろう。それは自分自身でも感じている。

ーー英奈が居れば最高だな。

どんな幸せでも妹の事は忘れない。それが詠真の決意であり、誓いであり、生きていく上での必須事項だ。必ず生きている。だから必ず助ける、取り戻す。

だがまだ動く事は出来ない。

故に、詠真は今の時間に身を委ねている。


「あ、おはようございますー」


詠真が自室から出ると、隣の部屋ー元は英奈の部屋で今は居候二人の部屋ーから、ゴシック調のパジャマに黒いウサギのぬいぐるみを抱えたサフィールが目を擦りながら顔を出した。


「おはようサフィール。もう昼だぞ」


「昨夜は銃のメンテをしていたので……」


「そうか。まぁ夏休みだからいいけど、くせになると休み明けキツイぞ」


「はーい」


七月も下旬。天宮島の学生達は中間テストを終え、待望の長期休暇である夏休みに突入していた。詠真にとっては英奈が居ない初めての長期休暇であり、居候と過ごす初めての長期休暇でもある。

ここ二ヶ月半で二回もの戦闘を経験した詠真は、この夏休みくらいは静かに過ごしたいと切に願いつつ、サフィールと一緒にリビングへ下りる。

キッチンにはエプロン姿の鈴奈が鼻歌を歌いながら昼ご飯の用意をしていた。

サフィールに椅子を引いてあげながら、詠真が尋ねる。


「昼は何すか舞川シェフ」


「夏のお昼はやっぱり素麺でしょ」


鈴奈の言葉にサフィールが首を傾げる。


「ラーメン?」


「ラーメンじゃない、ソーメンだ」


詠真が訂正してもイマイチピンときていない様子なので、補足を加える。


「ソーメンってのは、日本や東アジアの麺の一つでな、ラーメンと違って麺とつゆが分けられていて、冷やした麺を冷やしたつゆに付けて食べるんだ。清涼感があるから、夏に食うと美味いぞ」


「ハラショー! 鈴奈さん、はやくソーメン食べたいです!」


サフィールは目をキラキラさせて鈴奈の元に駆け寄る。

日本語がペラペラだから忘れかけていたが、そう言えばサフィールはロシアの生まれだったな、と詠真は思い起こす。

彼女がこの家に来たその日。詠真はサフィールの過去を聞かされていた。



七区の学生寮から木葉宅へ荷物の運搬を終え一息ついた頃、サフィールは話し始めた。


「私が天宮島へ来たのは二年前です。それまでは、出身のロシアでヒットマンをやっていました」


「ヒットマンってつまり、殺し屋か?」


「はい。私の家、プランタン家は代々ヒットマンを営む家系で、超能力を宿した私は重宝されてきました」


「『衝撃絶零(インパクトデスペラート)』」


言ったのは鈴奈。

彼女はサフィールの代わりに説明する。


「体にかかるあらゆる衝撃をゼロ、つまり無にする事が出来る超能力ね」


詠真はなるほどね、と首を二回ほど縦に振った。体にかかる衝撃、銃の反動を無に出来るのなら、あの大口径対物ライフルを使用できていたのも納得できる。

サフィールは鈴奈の説明に補足する。


「厳密には、衝撃を超能力で相殺する、みたいな感じです。例えば、トラックに衝突されても私は動きませんし、トラックもピタリと停止します。自分でも曖昧な認識ですが、そんな能力です」


「まぁ曖昧ってのは分かる。超能力は物心ついた頃からイメージとしては分かるんだけど、自分で手探りしていかないと全容を理解出来ないからなぁ」


「そういうものなの?」


「そういうものだ」


サフィールは二人のやり取りに小さな笑みを浮かべ、「ですが」と言い表情を曇らせた。


「ある日気付いたんです。私の存在理由は、両親が求めているのは私の超能力だけなんだって。殺しに便利な超能力があれば誰でも良かったんです」


「サフィール……」


詠真は何と言っていいのか分からなかった。親に自分の存在を求められた事などなく、あったのは蔑みと暴力だ。普通の子供が欲しいと願って産んだ二人目の子供まで超能力者だった彼らの気持ちは、今でも理解する事はできない。

サフィールは壁に凭れかかる大型の四角いケースを見て、冷淡にこう言った。


「私は絶望しました。超能力者である娘を受け入れたのでなく、超能力のみを利用した両親に、心底絶望しました。だから私は私自身に依頼しました。ーー両親を殺せ……と」


既にそれを知っていた鈴奈は目を閉じて黙っているが、詠真もまた、静かに目を閉じて黙っていた。

やがて、ゆっくり目蓋をあげて安堵させるような口軽な言いぶりでこう言った。


「いいんじゃね。俺だってもし両親と再会したらーー殺してるね。まぁ、顔すら覚えてねぇから会っても分っかんねぇけど」


詠真は暗い話を笑って茶化した、という訳ではなく本心で笑っていた。事実、殺してやりたいという憎悪はあるが、両親の顔など覚えていない。思い出そうとしても、蘇るのは自分に対して腕を振り上げる二つの大きな影だけだ。


詠真の思考はキッチンでじゃれ合う二人の少女へ。

多分、両親が求めていた家族の光景は、まさにこれなんだろう。詠真はほんの少しだけ理解すると同時に、両親の傲慢さに怒りが込み上げる。

今頃どんな顔で暮らしているのか。俺たちの事など死んだと思ってケラケラ笑っているのか、もしかして捨てた事を後悔していたりするのか。

どちらでもいい。どちらでも、詠真の憎悪に変化はない。増えもしなければ、減りもしない。憎悪のメーターがあるのなら、既に限界を振り切っている。

そうでなければ、戦争で大量の軍人を惨殺する事など出来はしなかっただろう。

詠真は首を振って思考を払う。せっかくの平和な日常なのに、こんな事を考えていては時間の無駄だ。

暫くして、テーブルに素麺がやってきた。



☆☆☆☆



「そういえば詠真さんと鈴奈さんって……」


器用に麺を啜っていたサフィールが一旦箸を置き、えらく真剣な顔で言い出した。二人も一度手を置き、サフィールの声に耳を傾ける。


「ーーどうしてお二人はお互いを名前で呼び合わないんですか?」


詠真と鈴奈は何度か瞬きを繰り返す。

反応はそれぞれで別だった。


「や、べ、別に舞川は舞川だろ……」


「私は呼んでるわよ〜? 学校では詠真君詠真君って♪」


取り繕う詠真と企み顔でニヤつく鈴奈。

サフィールは続ける。


「舞川さんは舞川さんでも、鈴奈さんも舞川さんですよ? 学校で呼ぶならどうして家では呼ばないんですか?」


「ま、まぁそうだけど」


「え、特に呼ぶ必要は」


サフィールはテーブルに身を乗り出した。


「一緒に暮らしてるんですよ?」


「別にそれは関係なくない……?」


「名前で呼ぶのは気分でも」


サフィールは更にぐいっと詰め寄る。


「じゃどうして私はプランタンではなくサフィールなんですか? それにお二人は死闘を一緒に乗り越えたんですよね? もしかして"超能力者"と"魔法使い"だからですか?」


詠真と鈴奈なサフィールの過去を聞くと共に、『能力暴走事件』に際する事に"魔法使い"の事、『宮殿』の存在についてを彼女に教えていた。

一緒に暮らす上で、隠すより教えてしまった方が気が楽と判断したからだ。

しかし。


「お二人はお互いの事が嫌いなんですか?」


「そういう訳じゃないが……」


詠真は鈴奈に目を見やる。彼女は困った顔で笑っているが、実際のとこはどうなんだろうと詠真は思う。

名前で呼び合った事は一度だけある。

アーロン・サナトエルとの死闘の最後、二人は自然に互いの名前を呼んでいた。その後は、鈴奈の手紙で詠真と書かれていた以来、二人は名前で呼び合う事は無くなっていた。詠真としては、なんだかこっ恥ずかしいというのが理由だが、学校では詠真君と連呼する彼女が、学校外では"君"という呼び方をする理由は分からない。


(もしかして舞川も恥ずかしいとか思ってんのか……?)


考えてから、それはないと一刀両断する。

日頃から、いたいけな少年をからかうために様々な演技を繰り広げる鈴奈が、名前で呼ぶという簡単な事に恥ずかしさを感じるはずがない。

一方、鈴奈は、


(普段から名前で呼んだら……あの時とか手紙の事とか思い出して、死にたくなるのよねぇ……恥ずかしすぎて)


あの時とは、アーロン・サナトエルとの死闘の最後の事だ。

鈴奈自身、冷静になって思い返してみると、なんて寒い事を言っていたのかと"氷帝"でありながら凍えそうになる。

サフィールは乗り出した身を引くと、姿勢を正して箸を持つ。


「お箸は、二本あってこそ意味があるんです。どちらが欠けてもだめなんです。二人と一緒です。私はどちらにも欠けてほしくないです。大切な人です。お二人は、お互いの事を大切な人だと思ってませんか?」


どうして箸で例えたのかツッコミたい気もしたが、二人は目を合わせて、声を合わせた。


「「もちろん、大切」」


サフィールは屈託のない笑顔を浮かべた。


「なら、尚更です。大切な人の名前を呼び合う事は、とても大切な事です」


まさか三つも年下の少女に諭されると思っていなかった二人は、再度顔を合わせて小さなため息を吐いた。


「んじゃまぁ……鈴奈」


「何照れてんのよ気持ち悪い。仕方ないから呼んであげるわよ、詠真」


微笑ましい光景を見て、サフィールは一つの心配事を抱いていた。


(お二人……色恋沙汰に関してはかなり厄介ですね。私も詳しい訳ではないですけど、これは先が長そう……)



☆☆☆☆



物事は突然やってくる。

世界とはそういうモノだ。

故に詠真は言うのだ。

『この世は儘ならない』と。

そして今日もそれはやってくる。


素麺を食べ終わり、冷房で涼みながら三人で談笑していた時、ピンポーンと軽快な電子音が家に響いた。

鈴奈が立ち上がろうとしたのを「俺が出るよ」と詠真が制し、恐らく輝辺りのクラスメイトだろうと予想しながら玄関の扉を開放した。


「……誰?」


前にもこんな事があったぞ、とデジャヴを感じるが、その時のように美少女が立っていた訳でなかった。

そこに居たのは、知らない青年だった。

左目を隠した肩まで伸びる紅蓮の長髪に緋瞳の三白眼、長身に詰襟の赤外套(レッドコート)を纏い、全体的に赤で統一されたシルエットだが、情熱的よりも陰気さが目立つ青年だ。

詠真は身長的に少し見上げる形になりながら、もう一度尋ねた。


「誰、ですかね?」


『お前が木葉詠真か』


何処かの国の言語で話されたため、詠真は即座に脳内で翻訳する。

導き出されたのは、ドイツ語だ。


『日本語分からないなら合わせてやるよ。誰だって聞いてるんだけど』


『お前の質問は許していない。俺の質問に答えろ』


『その台詞、そっくりそのまま返させてもらうけど』


詠真と赤外套と青年の間で視線の火花が迸る。このままでは腕っぷしの喧嘩になりかねない。そこに介入してきたのは、綺麗で透き通った女性の声だった。


「おやめなさい」


その日本語は赤外套の青年の背後から。優し気な声色だが、そこには有無を言わせぬ響きがあった。


「も、申し訳ありません」


「日本語喋れんのかよ……」


「黙れ」


「おやめなさいと言っているでしょう」


赤外套の青年は一瞬詠真を睨みながら、一歩左にズレる。空いた詠真の正面に現れたのは、長い白髪に純白のドレス、強い芯の周りに儚さを塗り固めたような、神々しさを纏う女性だった。

詠真は別世界を覗き込んでいる様な感覚に陥り、ハッとして我に返る。


「えっと、どちら様で?」


純白の女性は、詠真の目をじっと見つめる。そこで詠真は気付いた。女性の瞳の中に浮かぶ青い十字架に。そして何故か、何故だかそれに見覚えがある気がして、嫌な頭痛が詠真を襲う。


「大丈夫ですか?」


「……大丈夫なんで、えと、とりあえず名前を伺っても……?」


純白の女性は両手でドレスの裾を摘み上げ、片足を斜め後ろの内側へ引く。もう片方の足と腰と頭を深く下げて、丁寧にお辞儀をし、名前を告げた。


「私は、ソフィア・ルル・ホーリーロードと申します。ひょうてーー」


ソフィアと名乗った女性が何か言おうとした時、詠真の背後、リビングの方から叫び声に似た大きな声が響いてきた。


「聖皇様!!???」


声の主は鈴奈。

詠真はソフィアと鈴奈を交互に見やる。

聖皇って確かーー点が繋がった。


「もしかして……魔法使いの、あの聖皇……ですか?」


「その通りでございます。木葉詠真さん、ウチの"氷帝"がいつもお世話になっております」



☆☆☆☆



異様な空気、とでも言えばいいだろうか。木葉宅のリビングには、家主の詠真、居候の鈴奈とサフィール、そして一国の王にして魔法使いの王である聖皇ソフィアが顔を突き合わせていた。

詠真とサフィールがソフィアに向かい合う形でテーブルにつき、鈴奈はソフィアの隣で直立している。

最初に口を開いたのはソフィアだった。


「改めまして、聖皇国ルーンの統治者、聖皇ソフィア・ルル・ホーリーロードと申します」


「こ、木葉詠真です……」


「サフィール・プランタン……です」


二人は完全に萎縮してしまっていた。

それも当然だろう。魔法使いを知らない者なら兎も角、知っている二人は聖皇がどの地位に属する魔法使いなのかも理解しているつもりだ。

聖皇国ルーンの統治者。異能集団である魔法使いを束ねる王。詰まる所、最強の魔法使いと思ってもいいのだろう。

そんな二人を気遣ってか、ソフィアは柔かく微笑む。


「そうですね、私は鈴のお母さんと思って頂いて大丈夫です」


「鈴……あぁ、鈴奈の事か」


「まぁ! 名前で呼び合っているのですね!」


ソフィアは両手を合わせて目を輝かせる。

鈴奈が恥ずかしそうにソフィアをたしなめる。


「せ、聖皇様……お願いですから、王としての振る舞いを……」


「私は王ではありませんよ、聖皇です」


「や、そういう事ではなくてですね……」


詠真は鈴奈の新しい一面を見た気がした。いつもはマイペースで振り回す鈴奈が、マイペースーだと思うーなソフィアに振り回されている。これが本来の鈴奈の姿なのかと思ったが、それもイマイチ分からない。


(演技派すぎて本音が分からんなぁ。からかったり、偶にしおらしさを見せたり、こうして困ったり……)


そんな事を考えていると、鈴奈がソフィアに尋ねた。


「そんな事より、なぜ聖皇様が天宮島に居るんですか……」


ソフィアはコホンッと軽く咳払いをし、真面目な表情で答えた。


「既に存在を知っていると仮定して話しますが、私は『宮殿』との会談を開くために招待されたのです」


「なッ!?」


その声は鈴奈。


「なぜそんな罠」


「とは限らないでしょう?」


ソフィアが言葉を被せる。


「会談の目的として、天宮島側が聖皇国ルーンとの関係に一歩踏み出したい、つまりは外交です。そのための首脳会議。『宮殿』にここまで思わせたのも、鈴、貴女の活躍があってこそです」


やはりソフィアの言葉には、有無を言わせぬ響きがある。赤外套の青年しても、鈴奈にしても、ソフィアが"皇"たる威厳を間接的に示してくれる。

ソフィアが、そんな事よりと続ける。


「私がここに来たのは、木葉詠真さん、貴方に一言お礼を述べたいが為なのです」


「い、いや、俺は別に何も」


実際心当たりはない。いや、あるとしたら鈴奈の居候を黙認している事だろうか。

そんな謙遜に対して、ソフィアはチラリと鈴奈を見た。

鈴奈は直立不動のまま、こう話す。


「アーロン・サナトエルの件について、聖皇様は詠真の事を高く評価していたのよ。聖皇様自身、アーロン・サナトエルの実力が如何程のモノか熟知していた分、更にね」


「要約すると、鈴を守って頂いてありがとうございます、と言う事です。鈴一人では彼に勝利する事はおろか、生きて戻れてはいないでしょうから」


ソフィアの言葉に詠真は疑問を口にする。


「ならなんで鈴奈一人を天宮島に寄こしたんだ? 負けると知っていたなら戦力を増強するべきだろ」


ソフィアは静かに目を伏せて言う。


「『声』を聞きました」


「……『声』?」


詠真が怪訝そうに聞き返すと、ソフィアは目蓋を持ち上げる。

青い十字架の輝きが増していた。


「『世界の声』です。『声』は私にこう言いました。『選びばれし少年が齎すのは幸か不幸か。決断すべきは貴女』と。故に私は決断し、信じました。幸の結果に傾く事を」


詠真は終始、ソフィアの瞳に浮かぶ青い十字架を見つめていた。


ーーソフィアはその一瞬を見逃さなかった。


刹那に煌めいた十字架。

詠真の瞳の中に映る赤い十字架を。

ほんの少し、ソフィアは笑みを浮かべる。優しい笑みではなく、冷たい笑みではなく、恐ろしい笑みではなく、嘲る笑みではなく、怪しい笑みでもない。

ーーただの、笑み。

ソフィアは空気を切り替えるように、パチンッと掌を合わせた。


「故に、私は木葉詠真さんに感謝しきりなのです。どうかお礼を思い来たには良いのですが、何がいいでしょうか?」


またも変な感覚に陥っていた詠真は我に返り、お礼って言われてもなぁと鈴奈に助け舟を乞う。


「聖皇様がそう言ってるだから、とりあえず何でも言ってみなさい」


ーーって言われても。

なんて愚図っていては聖皇様に失礼だと感じ、とりあえず考える。

出てきたのは、


「な、なら……魔法について教えてもらうなんてどうですかね」


ソフィアと鈴奈は一瞬キョトンとして顔を見合わせると、同時に微笑んだ。

美人二人が微笑むとヤバイな、と詠真がサフィールに小声で言うと、どうしてそれを直接言ってあげないんですか、と足を踏んづけられる。

ソフィアが口元に手を当てながら言う。


「えぇ、よろしいですよ。ではどこから話しましょうか」


その時。

リビングの扉が勢いよく開け放たれた。

入ってきたのは、玄関で詠真と言い合った赤外套の青年だ。

ソフィアが少しびっくりした様子で青年に尋ねる。


「どうかしましたか、"炎帝"」


「そこの少年への魔法についての説明、俺に任せてもらえませんか」


炎帝は床に片膝をついて頼み込んだ。

鈴奈が目を細めて嘲るように笑う。


「アンタより聖皇様が説明した方が何千倍もイイに決まってるでしょ。暑苦しいから帰って」


「だ、だが」


「帰れ」


「まぁ、良いではないですか」


"氷帝"と"炎帝"の喧嘩ー氷帝の一方的ーを仲裁したのは、無論聖皇である。


「では"炎帝"、その意気に免じて任せる事にしましょう」


「はっ! でもその前に……」


炎帝はズカズカと詠真に近寄ってくる。

ずいっと顔を近付けると、眉間にシワを寄せて小声でこう言う。


(お前、鈴奈とはどういう関係なんだ? 一緒に住むとかおかしいだろ)


(そりゃ、鈴奈が勝手に居座ってるだけだが)


(名前呼び……だと……ゴホン、なら追い出せばよかろう)


(そういう訳にもいかねぇだろ……まぁ、追い出しても出ていかねぇと思うが……)


(……お前ら、本当にどういう関係なんだ! なんでも彼女は、お前に会うためこの島に戻り、滞在してるとか)


(ほー、そりゃ初耳だな。けどまぁ、それは現実的な思考じゃねぇなぁ。大方、学校が楽しかったとかじゃねぇの?)


(お前……ぶっ殺すぞ)


(意味が分からねぇんだけど)


(……いいだろう)


(なにが?)


"炎帝"は顔を離すと、赤外套を翻し両手を大きく広げた。

高らかに告げる。


「お前と俺、どちらが彼女にふさわしい男なのか決めようじゃないか!!」


状況を理解できていない鈴奈、サフィール、ソフィアは首を傾げ、詠真は思わず椅子から転げ落ちそうになった。


「いやいやいや、待て待て」


"炎帝"はビシィッ!という効果音が聞こえそうな勢いで、詠真を指差した。


「待たぬ!! 俺の魔法でお前を倒……ゴホン、魔法については実戦を行いつつ、丁寧に説明してやろう! その方は分かりやすいだろう!」


「いやお前いま倒すって」


『Halt die Klappe!』


ドイツ語で『黙れ』と叫ぶ"炎帝"。

詠真は辟易した様子で鈴奈とソフィアに視線を送るが、両者とも同じく辟易しており、サフィールはもはや眠たそうだ。

嘆息した詠真は、仕方ないと諦める。


「わーったわーった。この不肖木葉詠真、"炎帝"のお相手つかまつるー……ハァ……」


物事は突然やってくるもの。

世界はそういうモノだ。

故に木葉詠真はこう言う。

『世界は面倒だ……』と。

"炎帝"による魔法の実戦講義は翌々日となった。




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