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エレメント・フォース  作者: 雨空花火/サプリメント
二幕『人間を否定する人間』
14/60

『《人間》を否定する《人間》』



心地の悪い倦怠感と頭痛、腹部に感じる痛みで詠真は目を覚ました。視界には青い空が、後頭部には柔らかい感触が広がっていた。まだ頭が回り切らない詠真の視界に少女の顔が映り込む。


「あら、目を覚ましたのね」


舞川鈴奈だ。

今はどういう状況なのか、詠真は記憶を辿ってみる。


「……あぁ、そうか。俺、背後から撃たれて……」


"エグザクター"から照射された赤いレーザー光線に脇腹を貫かれ、朦朧とした意識の中、海の中へ沈んで行った。

詠真の記憶はそこで途切れている。

しかし。


「舞川が……助けてくれたのか……」


「……ほんと、ギリギリだったのよ」


「……手間かけさせたな」


「いいのよ、生きてればそれで……いいの」


よく見れば鈴奈の目元が少し腫れているが、詠真はそれ見なかった事にし、心の中だけに留めておく。

それでもついつい笑みが零れる。


「……何ニヤニヤしてるの」


「いいや……何でもないさ」


詠真は空をじっと見つめる。

『外』の連中の宣戦布告、そして開戦。迫り来たのは大量の破壊兵器。挙句の果てには不意打ちを喰らい、本当に死にかけた。正直言って、頭にキてるなんてレベルじゃない。

今すぐにでも感情を、憎悪を剥き出しにして戦場を蹂躙してやりたい。

だが、今はもういいや、そう思った。

潮風と波の音しか聞こえないこの静けさが、戦争が終わった事を教えてくれる。


(それに、舞川の珍しい顔も見れたしな)


詠真はとりあえず体を起こそうとするが、どうも上手く力が入らない。


「まだじっとしてなさい、回復魔法の治癒が終わってないの。それか、私の膝枕がそんなに嫌かしら?」


そうか、後頭部に感じる柔らかさは舞川の膝枕か……と考えてから、詠真は急に恥ずかしくなり顔を赤くする。詠真の分かりやすい反応に、「あら可愛い」と口元に手をあてて微笑んだ鈴奈は、視線を別の方向に向けた。


「氷漬けのロボットは全部沈めたからもう追撃はないわ。にしても、君も『氷』を使えたのね」


「元々は使えなかったんだ。でもアーロン・サナトエルと戦って以来、『水』の温度をマイナスに下げる事で『氷』を操れるようになった」


「……戦闘により能力が成長する、か。それってなんだか、"超能力は戦うために生まれた力"みたいじゃない?」


「何と戦うんだよ……」


「さぁ? でも、もしかしたら超能力って……魔法使いや陰陽師を倒すための力かも?」


詠真は嘆息する。


「悪い冗談はやめてくれ。舞川と敵同士になるなんて死んでもゴメンだ……」


「あらそう?……って、まだじっと」


詠真は鈴奈が作ったであろう冷たくない氷の床に手をつき、無理矢理体を起こす。変な叫び声で体に気合いを入れ、大きく深呼吸をした。


「戦闘の音が聞こえないってことは、この戦争は俺達が勝ったんだ。逃したロボもサフィールが片付けてくれてるだろうし、戻ろうぜ」


言いつつ、たたらを踏んで転げそうになる詠真を鈴奈が支える。

次は鈴奈が嘆息した。


「全く……仕方ないから、今回は私が運んであげるわよ」


鈴奈の体を二重の魔法陣がなぞり、何かと思えば詠真をお姫様抱っこし始めた。軽々しく持ち上げたのは魔法による補助だろうが、詠真にとってはそんな事よりもこの状況に困惑する。


「ばっ、自分で行けるって」


「つべこべ言わないの。前に私をお姫様扱いした報いよ、ほら捕まって」


鈴奈の背に一対の氷翼が生え、強く空気を叩く。振り落とされないように鈴奈の首に手を回した詠真の顔は、降ろされるまで終始真っ赤に染まっていた。



☆☆☆☆



サフィール・プランタン。

中学二年生の少女にして、三基内部防衛を任された超能力者だ。扱う武器は、天宮島製の六十口径対物(アンチマテリアル)ライフル。普通であれば到底扱える銃ではないのだが、サフィールが持つ経歴、超能力がそれを可能にしていた。


「弾、足りるかな……」


サフィールは残りの弾丸を確認しながら、"始まり"を待っていた。

そこに、背中に氷翼を生やした少女と、その少女に抱えられた少年の二人が舞い降りる。サフィールは氷翼が起こす風に揺れる髪を押さえ、軽くお辞儀をした。


「お疲れ様です、鈴奈さん、詠真さん」


鈴奈は屋上の床に着地すると、顔を赤くした詠真を降ろし、氷翼を消す。


「サフィールちゃんお疲れ様。五機のロボットはどうだった?」


「特に。強いて言うなら、遅かったです」


「さすがねぇ」


えらく仲良さげに話す少女二人を、詠真は目を細めて眺めていた。

先日のブリーフィング後、詠真は集まっていたメンバー全員に声をかけていた。中には知った顔もいたが、殆どが初対面。特に、自分達の背中に控えるサフィールに関しては、後日三人で食事にも行っていた。

「互いの力の情報を交換し合いましょ 」と言う鈴奈の提案ではあったが、それがあったからこそ、鈴奈は彼女の力を信用して"エグザクター"五機を素通りさせたのだ。

だがどうやら、


「なぁ舞川。お前、サフィールの事を『書庫』で調べたな?」


食事の際に知った事以上の情報を有しているのは間違いない。鈴奈には前科もある。案の定、


「ええ、調べたけど」


「別に私は問題ありませんよ? 何でしたら、詠真さんにも伝えてもらっても構いません」


鈴奈が「どうする? 聞く?」と表情で尋ねてくるが、詠真は首を横に振る。


「今はいいよ。また今度ゆっくり話そうぜ」


「そうですか」


サフィールは表情を崩さずに言うと、愛銃のボルトハンドルを引き次弾を装填。詠真はその行動の意味が理解できないと言った様子で首を傾げ、鈴奈は眉間にしわを寄せた。

サフィールが蒼穹を指差す。


「上から来ますよ」


「……来るって、何がだよ」


「何って、敵ですよ?」


詠真はサフィールの指の先、広大な蒼穹を見上げた。特に変わった様子もなく、戦争の終結を告げるかの様に平和で静かな青空だ。

詠真が視線を下げようとした、その時。

ーー影があった。

島の上空360度から迫る、小さく、無数の影。鳥の大群ーーなどではない。

直感が告げる。

ーー戦争は終わっていない。


「確かに、私も戦争が終わったと思いました。でも、この肌がピリつく感じ……むしろ、戦争はこれから始まるんです」


「……ったく……折角いい気分で矛を収めてやったってのに……」


吐き捨てた詠真はーー笑っていた。

裂けるほどに上がった口角。今にも凶悪な笑い声が聞こえて来そうな顔を浮かべ、詠真は前髪をかきあげた。


「ーーもう無理だ、超えた。……テメェら『外』の連中に対する許容限界がさぁ……超えてんだよーー



ーー何千人来ようが、全員ブッ殺す」


鈴奈とサフィールは思わず一歩たじろいだ。それは純粋な恐怖。木葉詠真という人間に対して、本能が感じ取った命の危険に匹敵する恐怖だ。

いつの間にか鈴奈の手には一本の剣『氷薔薇乃剣』が握られていた。本能が詠真を敵だと勘違いしたのか、無意識下で呼び出していたのだ。

それほどに、危険。今の詠真には睨まれただけで殺されてしまいそうな、底知れぬ"憎悪"が溢れていた。


「さぁ、来いよ」


詠真の瞳の色が黒から緑へ。


「テメェらが俺の射程圏内に入った時、まとめてブッ殺してやる。……邪魔すんなよ、由罪」


無論、その言葉が由罪に聞こえるはずもない。が、二基の国会議事堂の側を歩いていた由罪は空を見上げて呟いた。


「まだ来んのかよ糞雑魚共。まぁ空は俺の領分だが、めんどくせぇしあの糞餓鬼に任せときゃいいか。あぁ腹減った」


迫る無数の影は次第に大きくなっていく。言うまでもなく、あれは空軍だろう。機影の数が半端ではないため、戦闘機だけではなく空挺部隊も含まれていそうだ。だがそれも詠真には関係ない。

『水』を操る詠真に海は最高のステージ、そして『風』を操る詠真には全てが最高のステージであり、風の影響をモロに受ける航空機など仁王立ちしているだけで撃墜可能。ロボットと戦っている方が幾分か苦労する。


「はやく……」


詠真の脳裏に過るのは苦しい過去。

全ての生物から嫌悪され、幾度となく死にかけ、妹を殺されかけた。

全て『外』の人間による偏見と暴力。

だからやり返した。邪魔する人間は殺して、自分達を傷付ける人間は殺して、生きるために殺して、死にたくないから殺して、"憎悪"に従って殺した。

殺したいから、殺した。

『外』の人間に対する"憎悪"。超能力者なら誰しもが持つ感情だが、詠真のそれは常軌を逸していた。

彼自身、気付いていない。

これほどまでの"憎悪"を表に出さず温和な人間として成り立っていたのは、愛すべき、守るべき妹が居たからだと。抑止力が居なくなってしまった今、彼の"憎悪"を止められる者はいない。


「はやく……」


詠真を中心に突風が吹き荒れる。"憎悪"を剥き出しにした少年は、空に向かって吠えた。


「はやく来いよォッ!!」


その時、遥か上空で。

一つの合図が出された。


『アンチサイキック装置を起動せよ』


『アンチサイキック装置、起動』


僅かに、大気が波を打った。

人間の感覚では捉える事が出来ないレベルでの、僅か。但しそれは明確な事象を持って、"彼ら"を地面へと叩きつける事になる。

次の瞬間、天宮島に絶叫が響き渡った。

鈴奈は突然の事態に困惑する。巻き起こっていた突風は止み、"憎悪"を剥き出しにしていた詠真とサフィールが突如苦痛の叫びをあげて倒れ込んだ。酷く表情を歪め、頭を抱え込むようにしてうずくまってしまう。

それだけではない。ロゼッタ、ヨハネス、エジエル、由罪、更には『宮殿』メンバーまでもが、苦痛に顔を歪め、頭を押さえて地に膝をついていた。


「ち、ちょっと! 一体どうしたのよ!?」


「……まに……」


聞き取るのが困難なほど掠れる声を出す詠真の様子から、彼らの身に何かが起こっているのは間違いない。

鈴奈は自分の身に何も起こっていない事から、恐らく"超能力者"にのみ干渉する"何か"が働いているのだと推測する。

状況を把握するため、鈴奈は詠真の口元に耳を近付けた。


「頭の中を……甲高い音が……ぐっ……脳が焼き切れそうだ……がぁッ……」


「甲高い音……ですって……」


鈴奈には何も聞こえない。

やはり、詠真の言う甲高い音は"超能力者"にのみ干渉している。"魔法使い"の鈴奈には効力がないと言う事か。詠真の瞳の色が黒へ戻っている事から、脳へ甚大な負荷をかけることで能力使用を阻害しているのだろう。

鈴奈はPDAを取り出し、コールする。

相手は『宮殿』メンバーのネコだ。

数コールの後、通話は繋がる。


『ひょ……ていか……』


ネコの声は限りなく苦痛に満ちている。『宮殿』メンバーほどの"超能力者"であろうと効果は絶大な様だ。

鈴奈は舌打ちをする。


「そっちもやられてるのね……」


『あぁ……多分こいつは……超高周波音……しかも、超能力者用に調整された……敵の切り札ってやつか……』


「そんな装置の開発が可能なの? 音ならビル中にでも隠れたら」


『ネコさんは絶賛……ビルの中だっつの……それに、可能だから今やられてんだろ…… ! まぁ……完全に予想外だがな……』


鈴奈は奥歯を強く噛む。

話している間にも無数の機影は天宮島へ迫っており、あと数分もすれば島の上空は敵で埋め尽くされる。

その時、四基の方角で爆発が起きた。


「なッ!? ちょっと、そっちは大丈夫なの!?」


四基には通話相手のネコがいる場所だ。


『当たってりゃ、死んでるっつの……今のは、超射程の対艦ミサイルだろう……くそッ……』


つまり空だけではなく、海からも更なる援軍が迫っているという事になる。

現在動けるのは鈴奈のみ。地下シェルターに避難している超能力者達を戦場に出すわけには当然いかない。

鈴奈は考える。動けない全員を守りながら、この数と戦えるか。

導き出される結論は、


「いくら何でもきついでしょ……」


『……おい、"氷帝"……ッ!』


ネコが声を絞り出して叫ぶ。


『この音の発信源を……見つけて壊せ……ッ! じゃねぇと……ウチは全滅もありえるぞ……!』


「探せって言われても……」


鈴奈は空を仰ぐ。間も無く空は埋め尽くされる。海からは超射程のミサイル。

つまりーー真に戦争が開戦する。

そうなった時、能力を使えない超能力者はどうなるか。それは力の持たない人間が生身で戦争に参加する事と同義。

"死"だ。無駄死にだ。

自分が"魔法使い"であろうと、そんな惨劇を容認できる訳がない。何より、"彼"を失うなど考えられない。

鈴奈はPDAを強く握り締める。


「……分かったわ、音の発信源は私が何とかしてみせる」


『……頼んだ』


通話は切れる。

鈴奈は拡声魔法を発動し、天宮島全土に声を響かせた。


『今屈辱を味わわされてる超能力者、この声が聞こえてるわよね。一回しか言わないからよく聞いて。君達を苦しめてる超高周波音は私が何とかするから、君達は死なないように隠れてろ! 今はその屈辱に耐え、時が来たら思う存分ぶちまけろ! 以上!』


鈴奈は大きく息を吸い、吐く。

ーー始まった。

島の上空を無数の機影が飛び交い、多数の輸送機から空挺部隊(エアボーン)が投下される。

様々な装甲戦闘車両、いわゆる空挺戦車に、空挺兵までもがパラシュートを広げ次々と島の中へ降下し始めた。

鈴奈はあえてそれを無視。やるべき事にのみ集中する。

ーー"聴覚範囲拡大魔法"の発動。

ーー"可聴領域拡大魔法"の発動。

ーー"周波負荷軽減魔法"の発動。

音を聴きとる範囲、聴き取れる周波数帯の拡大、高周波による脳への負担軽減の三つの魔法を重ねがけ、鈴奈は音に全神経を注ぎ込む。

聴こえてくるのは範囲内全ての音。戦闘機のエンジン音、ヘリのローター音、戦車のキャタピラが地を擦る音、兵士の声、銃撃音、爆発音、破壊音。あらゆる音の中から、求めるたった一つの音を探し出す。要らない音は意識の中から取り除き、少しずつ絞っていく。

そして、見つけた。

ーー"聴覚範囲制限魔法"の発動。

鈴奈は一つの音のみを耳へ伝える。


「ぐッ……!」


襲うのは、脳を針で直接刺されているような鋭い高音。魔法による補助を持ってしてもこれほどなのだ、"超能力者"にとっては"死"を意識するほどの苦痛なのだろう。

鈴奈は意識を強く持つ。

ーー"広域探査魔法"の発動。

鈴奈の魔力が波の様に広がっていき、超高周波音の発信源を探し出す。


(地上にはない。と、なると……)


広域探査魔法の波は空へ広がる。

航空機一つ一つを的確に探査していき、音の発信源を辿っていく。


(……繋がった)


例えるなら、あみだくじ。ゴール地点である"超高周波音"から枝を辿っていき、スタート地点の"発信源"へ戻っていく。鈴奈の探査魔法が、スタート地点へ戻る正規のルートの枝へ繋がったのだ。

つまり、これを辿った先にある。

そして。


「ーー見つけた!」


鈴奈の頭の中には、スタート地点の明確な映像が流れ込んでくる。それは、雲の上に浮かぶ四つの装置。黒い立方体で、大きさは三メートル四方。搭載されたスラスターで浮遊しており、その四つの装置から超高周波音は地上に向けて発せられていた。

更に、別の場所に待機している輸送機の中に同じ装置が積まれている事も確認できた。

鈴奈は大きく体を仰け反らせると、弓を構える様に左手を伸ばし、右手を引く。すると左手に氷弓が形成され、右手には一本の氷矢が握られていた。

矢の先端に青い魔方陣が展開。

鈴奈は紡ぎ始める。


「ーー彼は骨を船とし海を渡る。彼は王位に座し王の名を名乗る。彼は前なる全王に堕とされし弓の神なり。彼の名はウル。彼の名はオレルス。彼の真なる座は天空の神なり。故に我は穿つ。彼の弓を持ち、支配せし天空を穿つ光輝の矢をーー」


氷矢が神々しき光を放ち、最後の言葉と共に鈴奈は矢を射る。


「ーー『光輝矛閃乃矢(ウル・イチイバル)』‼︎」


放たれた氷矢は魔方陣を突き抜けると五本の矢へ変化し、計り知れない速度で標的(ターゲット)へと飛来する。途中で矢に接触した航空機は一瞬にして破壊され、矢の勢いは寸分も緩まない。

そして四本の矢は立方体の装置を、一本の矢は予備装置が積まれていた輸送機を的確に貫き、爆発を引き起こした。

鈴奈は不要になった氷弓を消し、倒れこむ詠真とサフィールに駆け寄る。


「発信源は壊したわ! 音はどう?」


二人は答えるより前に、地に手を付いてゆっくりと体を起こす。俯いたまま、未だ屈辱の余韻が残る頭を何度か振り、静かに顔をあげた。

二人は同時に答える。


「問題ない」「問題ありません」


直後。

二基の方角で連続して落雷が轟き、四基の方角で黒炎の巨人が立ち上がり、五基の方角では極大の青白いレーザービームが空を切り取った。

島の破壊活動を続けていた米露連合軍の動きが一瞬にして停止した。その顔に張り付いているの、動揺。

誰か呟いた。


「『アンチサイキック装置』が……破壊された……?」


瞬間。

呟いた兵士は腰の辺りが"ズレた"。

グチョッという嫌な音をたて、兵士の上半身は地面に落ち、片割れを失った下半身は静かに倒れこんだ。真っ二つに分かれた死体は一瞬にして血溜まりを作り、少年は死体を踏み付けた。


「『対超能力装置(アンチサイキック)』か。なるほどな、テメェ等は本気で"超能力者(おれたち)"を虐殺する気で此処に来たんだな」


周囲に居た兵士達は銃を構える事も忘れ、目の前に現れた少年に恐れ戦き、明確な"死"を感じた。

少年の周囲に風が巻き起こる。


「テメェ等はいつだってそうだ。気に食わねェモノは排除したがる。それも弱いモノに限ってだ。あの時だってそうだった、幼い英奈を虫を殺す様な目で痛めつけやがって……」


少年ーー木葉詠真は腕を軽く振るう。

たったそれだけで、数人の兵士が腰から真っ二つに切断された。

兵士達には何が起こっているのか理解する事が出来ず、しかしこの場から逃げる事も出来ない。彼らの首には、死神の鎌があてがわれていた。


「誰一人として殺らせねェ。殺られるのはーー『外』のテメェ等だけだ」


詠真が横薙ぎに大きく腕を振ろうとした時、兵士の一人が血走った眼で叫んだ。


「ば、化け物ぉ!! 死ねェ! お前らみたいな化け物は死んで死んで死に尽くせ! 俺たち人間の世界から出て行け!」


その兵士はアサルトライフルを構えた。それに呼応して、詠真を囲む兵士全員が殺しの道具を構え始める。馬鹿馬鹿しいほどに銃口は震え、ろくに照準など定まっていない。手も脚も震え、戦場に出る兵士としては終わりも言い所だ。

詠真は体の周囲に『纏球乱気流(リインフォース)』を形成し、僅かに浮遊。

心底呆れた表情で、言った。


「テメェらみたいな屑共を『人間』って呼ぶんなら、俺は『人間』になんぞなりたかねェな。化け物で結構。……だがな」


詠真は憎悪に満ちた目で兵士を睨みつけた。


「ーー『人間』を語る屑生物よりはよっぽどマシだッ!!」


詠真の緑眼の中に赤い十字架が浮かび、髪の毛先が僅かに白くなる。


「うわああああああああああ!!!」


兵士達は情けない叫び声をあげ、恐怖に縛られたまま少年に向けて銃を乱射した。数秒後、その場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。



☆☆☆★



二基。


「……そが……糞がッァァ!! 糞雑魚の分際で舐めたことしてんじゃねェぞォォォオ!!!! 潰すッ! 跡形もなくブッ潰すッ!!! テメェらなんざこの世界に必要ねェ糞の塊でしかねェんだからよォォォォォォッ!!!!」


味わわされた屈辱に、灰爽由罪はブチ切れていた。彼の周囲は、詠真の作り上げた地獄絵図よりも更に酷かった。

人間の四肢が千切れ、内臓を撒き散らし、顔面の半分が吹き飛び、眼球が転がり、首から下の体が()し潰され、全身黒焦げの炭と化し、骨が飛び出し、地面が血を啜り、脳漿をぶち撒け、原型を留めていない肉塊が散乱する。

此の世の終焉が如く、"終末戦争"さえも引き起こしかねないほどに、由罪の怒りは頂点を突き抜けていた。


同じく二基。


「まさか、この私まであの状態に陥るとは……」


鬼亀杜白蛇は、合掌した。

瞬間、形容し難い生々しく不快な音が響き、目の前にいた兵士の体が押し潰された。皮だけの人間、という表現が正しい姿に成り果てた兵士を踏み付けて、白蛇はブツブツと呟きながら歩を進める。


五基。


ロゼッタ・リリエルは銃を構える兵士を、見た。ただロゼッタが見ただけで、ロゼッタに見られただけで、あらゆるモノが破裂するかの様に破壊されていく。


「本当ならレーザーで薙ぎ払ってあげる所なのですが、あまり建築物を壊してしまうのは気が引けますので」


ロゼッタがドレスを翻しながらくるっと舞うように一回転すると、次の瞬間には辺りの兵士が臓物、皮、肉、骨、脳漿をぶち撒けて絶命する。

戦車から放たれた砲弾すら、ロゼッタの視界に入った瞬間に破壊。ロゼッタが戦車に掌を翳すと、青白いレーザービームが装甲を溶かし、破壊する。


「……もう安全ですわよ」


「いやぁ……ロゼッタちゃんが一番危ないって言うか……」


物陰に隠れていたヨハネスは、兵士に向けられる銃よりロゼッタの『超振機壊』に巻き込まれそうなのが一番怖かった。


同じく五基。


エジエル・アイアンスは主に戦車を破壊し回っていた。彼の手が戦車に触れると、戦車は立所に爆発していく。


「ふぅ。俺の『爆拳(ブラストフィスト)』が役に立つ時がやっときたな」


四基。


ここでは超巨大な黒炎の巨人が暴れ狂い、地上、そして上空にいる全ての敵を焼き払っていた。死体は跡形も残らず、黒炎は敵のみを焼き尽くし、葬って行く。



三基。


戦車の破壊に愛銃の全弾を使い切ったサフィールは、死んだ兵士の銃を奪い取り慣れた身のこなしで銃撃戦を繰り広げていた。そこに詠真が合流し、殲滅は加速する。


そして天宮島外部。


氷翼で空を舞う鈴奈の脚にぶら下がるネコ、という謎の状況。鈴奈は遊ばれている感じがして苛々していた。


「ねぇ、それなら抱える方がマシなんだけど。それか、猫みたいに首根っこ掴んであげましょうか?」


「えらく饒舌だなぁ"氷帝"。どうせだから教えといてやるよ。私は猫じゃねぇーー虎だよ」


ネコは鈴奈の脚を掴んでいた手を離し、足元に広がる敵戦艦の真っ只中へと落下していく。空中で膝を抱え込むようにして身を丸めると、彼女の体を白い光が包み込んだ。

聞こえてきたのは、彼女の力。


「『神月白虎(ルノティグリス)』!!」


白い光が膨張し弾ける。そこから姿を現したのは、全長十五メートルに及ぶ、神々しいほどに美しい白虎。鋭い爪と牙、黄金の瞳、穢れを知らない純白の毛並み。これがネコの持つ形態変化系の超能力『神月白虎』である。

『神月白虎』は戦艦の上に着地すると、咆哮を轟かせ破壊活動を始めた。

鈴奈は呆れて笑ってしまう。


「ーーなら、私も本気で行くしかないでしょう」


鈴奈の手には薔薇の装飾が成された美しい剣が握られていた。

剣銘『氷薔薇乃剣(グラキエスロッサ)』。

鈴奈は心の中で、聖皇様ごめんなさいと謝罪してから、『氷薔薇乃剣』を体の前で水平に構える。具象化への詠唱を紡ぎ、彼女の光の柱に包まれる。蒼穹には不自然なオーロラが輝き始め、一帯の海面が凍りつく。

()の獣が再び姿を現す。


「来たれーー魔聖獣『無慈悲氷狼(リモースレス・レド・ウォルフ)』‼︎‼︎」


海上より迫りし敵戦艦は、虎と狼によって噛み砕かれ、引き裂かれていくーー。



これが"力"。これが"憎悪"。

『人間』でありながら、『人間』に否定されて生きる『超能力者』。

『人間』でありながら、『人間』を否定して生きる『外』の人間。

『人間』が『人間』を否定する戦争。かくして、その戦争は一日で終結した。



★★★★



『天宮島侵攻作戦報告書』


米露連合軍天宮島侵攻部隊ーー全滅。


神の杖ーー宇宙空間にて崩壊。


戦時中、米国、露国内にて同時多発的に起きた兵士の大量虐殺、及び兵器の無差別破壊事件についてーー犯人は銀髪の男。それ以上の情報は皆無。


我々は再認識せざるを得ない。超能力者は人間ではなく、人間を殺すために生まれた悪魔であることを。人間は悪魔に大敗を喫したということを。


以上。




この戦争を後に、当然ながら『外』の世界では"超能力者"に対する憎悪、嫌悪が強まった。


そして天宮島は、いつも通りの平和を取り戻していた。



☆☆☆☆



とある国。

完全に照明が落とされ何も見えない暗い部屋に、四人の人物が居た。



『これまたこっ酷くやられたねぇ』



『所詮は人間だな』



『それは俺に向けての皮肉か?』



『お前は人間であり、人間を裏切った。故に僕らと同等だ』



『にしても、アンチサイキック装置まで貸してやったのに、やっぱ酷すぎるでしょぉ』



『所詮は匿名で送った品だ。勝とうが負けようが感謝などされぬ』



『そういう問題じゃなくってさぁ』



『まぁいいじゃないか。元々人間に勝てる訳などなかったんだ』



『そうだな』



『気にする事はない。だって天宮島を沈めるのは僕らだからね』



『所詮は余興にすぎない』



『だねぇ。最後に立っているのは我ら……』



『『『『四大絶征郷(ワールドクラティア)なのだから』』』』



彼らは音もなく散って行く。

彼らは音もなく動き出そうしている。


彼らは世界支配を目論んでいる。




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