『圧倒的な力』
五基外部防衛担当であるロゼッタ・リリエルとヨハネス・シェイトの二人は、クルーザーを離れ優雅に空を翔けていた。より詳しく言えば、ロゼッタを抱えたヨハネスが自由自在に空を翔けている状態だ。ロゼッタが風ではためくドレスを押さえながら叱咤する。
「もっと速く動きなさい! 爆風に巻き込まれてよ!」
「これでもかなり速度出してるんだけどなぁ」
ヨハネスは苦笑を漏らしながらも、空を翔ける速度を上げて行く。彼らに襲いかかっているのは、四隻の軍艦から放たれるミサイル、砲弾、更に黒い駆動兵器"エグザクター"が照射するマシンガンの弾雨ではなく、それが爆発する際に起こる爆風である。
「そろそろ完了しますわ」
ロゼッタが迫り来る弾雨に忙しなく視線を動かしながら言う。ヨハネスは上空で弧を描いて降下、軍艦の周囲を旋回し始め、確認するように呟く。
「『超振機壊』。物体に超振動波をぶつけることで、対象を爆破させる能力かぁ」
ロゼッタが遺憾と言った表情で訂正する。
「厳密には、超振動そのものを操る能力ですわ。その気になれば地震やレーザーを生み出す事も可能。勝手に限定的にしないでもらえるかしら。馬鹿なんですの? 死にますの? 教師なんて辞める事をお勧めしますわ」
どうしてか、ヨハネスはロゼッタの罵りに快感を覚え始め、少し頬を赤らめ、だらしなく口角を緩める。
まぁでも、とロゼッタが続ける。
「あまり使いたくないという点で言えば、限定的と思って頂いても結構ですわ。……さぁ、そろそろ全ての計算が終わります。この場を離れてくださいな」
分っかりましたー! と言いヨハネスは風を切って軍艦から距離を取る。海面ギリギリで浮遊する二人へ"エグザクター"は近付いて来ないが、軍艦の射程圏内であるためミサイルの雨が迫り来る。
ロゼッタは紫紺の瞳で"視界"を睨みつけた。
刹那。
ミサイルは上空で全て爆発。軍艦の主砲による砲撃は、放たれた瞬間に砲弾が爆発。"エグザクター"によるマシンガン照射の実弾も全て、放たれたその瞬間に前触れもなく爆発し、塵へ還る。
ロゼッタは退屈そうに告げた。
「ジ・エンドですわ」
四隻の軍艦が、内部から膨張し破裂するかの様に大爆発。十機の"エグザクター"にも同じ現象が起こった。
凄まじい爆風が巻き起こり、ロゼッタはドレスと髪を押さえる。ヨハネスは感嘆の声を漏らし、景色に見入っていた。燃え上がる海、数秒前まではそこにあった兵器軍は鉄屑の欠片もなく、人間の欠片さえ残っていない。
完全な殲滅。
「終わりましたわね」
「僕、役に立ったのかな……」
「そうですわね、役に立った……と言っておきましょうか。貴方のおかげで、比較的楽に計算が出来た事は事実なのですから。『上天美舞』と言いましたか、とても良い飛行能力でした」
「そっか、それは良かった」
☆☆☆☆
二基の外部防衛を担当する灰爽由罪は、クルーザーの甲板に設けられたビーチパラソルの下でカクテルジュースを飲んでいた。
「ったく、糞だな彼奴ら」
彼奴らとは、由罪の視線の先。遠く離れた海上で、巻き起こる複数の大竜巻、激しい豪雨、轟く雷、これでもかと荒れに荒れ狂う海に翻弄されている四隻の軍艦の事だ。大嵐に見舞われているのはその一部分の海上のみで、由罪の周囲は気持ちが良い程に快晴。
由罪はカクテルジュースを飲み干し、嵐に背を向け甲板の柵にもたれかかった。
「んじゃ次、これだな」
由罪が軽く腕を振り下ろした。
荒れ狂う海の上空に広がる黒雲に巨大な穴が空き、凄まじい風速を持った下降気流が軍艦を襲う。その威力は一瞬海に穴を穿つほどで、続いて三回の下降気流が発生。
四隻の軍艦は無残にも転覆し、緊急脱出しているであろう軍人に追い打ちかける様に、五つの大竜巻が海を巻き上げ、大津波を引き起こした。
由罪はその光景を見ようともせず、欠伸で滲む涙を指で拭う。制服のポケットに手を突っ込み、呟いた。
「糞雑魚が俺の『自由気象』に勝てる訳ねぇだろ。糞は糞らしく死んでろ、糞が」
由罪の遥か背後の荒れ狂う海に無数の雷が立て続けに落ち、空に出現した超巨大な四つの氷柱が転覆した軍艦を貫き爆発を引き起こす。大竜巻、大津波、無数の落雷、氷柱、下降気流、あらゆる異常現象を前に、米露連合軍北西部隊は為す術なく殲滅された。
☆☆☆☆
四隻の軍艦を目の前にした朱雀は、肌をなぞる高揚感に身を震わせた。その高揚感を表すように、彼女を中心に闇の如き黒炎が海面を覆った。
朱雀が海面を一歩踏み出す。
海面に広がった黒炎が朱雀の足元へ収束、黒炎の柱が空に伸びた。黒炎の柱の中で、朱雀は妖しい笑みを浮かべながら喉を鳴らす。
「ククク……あぁ、この感じ。妾と黒炎が一体となり、空間を全てを支配しせしめる程に強大な力。これだ、妾が最高に楽しめる娯楽はこれだ。……そうは思わんか、妾に宿る……ーー『闇禍黒炎』よッ!!」
黒炎の柱が増幅し、次第にその形を変えていく。
それはまさに、黒炎の巨人だった。
深き海底を踏み締める脚、筋肉が盛り上がった雄々しい胴体に、如何なる物も握り潰す荒々しい腕。悪魔を彷彿とさせる禍々しい頭部は雲を掠める程の高さにある。
"死"の権化たる黒炎の悪魔。朱雀がその身に宿す超能力、黒き炎を操る『闇禍黒炎』の一端に過ぎない姿だ。
この悪魔を見て、米露連合軍の兵士達は何を思ったのだろうか。
悪魔だ、化物だ、人間じゃない、これは夢か、現実とは何だ、目の前に立ちはだかる"これ"は、一体何だ。
ーー勝てるわけがない。
ーー死ぬ。
そう感じた事だろう。
現に、四隻の軍艦から攻撃が放たれる事も"エグザクター"が離艦する事もなく、ただ沈黙していた。
黒炎の悪魔が腕を振り上げた。
誰かが我に返り、ミサイルのスイッチを押した。悪魔と比べると米粒程のミサイルは放物線を描き、黒炎の胴体へ着弾。
ーー兵士は真に絶望した。
戦場で"絶望"した瞬間、それが意味するのは"死"だ。
黒炎の悪魔の腕が振り下ろされた。
「ーーーー」
誰もが非情の叫びすら発する事なく、全ては黒炎の下、燃え尽きた。
☆☆☆☆
商業区にある高層オフィスビルの屋上から、黒炎の光景を眺めていたネコが焼き鳥を頬張りながらケラケラと笑う。
「ヤリすぎだろ、あのババァ。夜はパコパコヤッてるくせに」
☆☆☆☆
白蛇は国会議事堂を象徴する十字塔の上で、残念そうに肩を落としていた。徐に眼鏡を取り、丁寧にレンズを拭く。眼鏡を掛け直すと人差し指で位置を調整し、楽しみを取られた子供の様にぼやいた。
「朱雀はずるいですねぇ……」
☆☆☆☆
島の入り口である五基の港で、映画のワンシーンの様にビットに足を乗せ、ジャケットを肩にかけるエジエル・アイアンスは涙を浮かべていた。
「……太陽が眩しい……俺の出番は無いしぃ……」
☆☆☆☆
ベース内部の防衛を担当する四人の中で唯一戦闘があったのは、三基を担当するブロンドの長い髪にゴスロリ調のミニスカドレスに身を包んだ少女、サフィール・プランタンだ。
彼女はとある学校の屋上で、身を低くし六十口径対物ライフルのスコープを覗き込んでいた。
「……全部で五機ですか」
スコープに映り込んでいるは、漆黒の四脚駆動兵器"エグザクター"だ。"エグザクター"は警戒態勢を取りつつ、街中をあれやこれやと物色していた。
サフィールは先頭を進む一機に狙いを定めると、自身の超能力を発動。躊躇なくトリガーを引いた。
轟音。弾丸は四脚駆動兵器を貫き、爆発。即座に状況を判断した四機がマシンガンを構えるが、サフィールの居場所はまだバレていない。
サフィールはあたかも射撃による反動が無かったかのように、慣れた手付きでボルトハンドルを引く。次弾が装填された金属音を聞くと再度スコープを覗き、トリガーを絞る。
再び轟音。
二機目が撃破され、残り三機が焦りを見せる。
「遅いですね」
サフィールの間髪入れない四連弾により"エグザクター"四機は的確に撃ち抜かれ、中の兵士を巻き込み爆炎を巻き上げている。
少女がボルトハンドルを引き、五発目の装填を確認しスコープを覗き込んだ時、ラスト一機の"エグザクター"が狙撃手の居場所にようやく気付いた。
しかし。
「だから遅いですって」
無情にもトリガーは引かれ、轟音と共に放たれた六十口径の弾丸が、有人型四脚駆動兵器"エグザクター"を、搭乗するロシア兵士の命をあっさりと奪い去った。
スコープから目を離したサフィールは、三基外部防衛を担当する二人が居る方向を見やる。
「あちらも既に終わってそうですね」
僅かに微笑むと、足元に転がった空薬莢を回収。愛銃を大型のケースに仕舞おうとした時、サフィールは静かに空を仰いだ。
「……まさか」
空薬莢を捨て、愛銃に弾丸を装填する。




