『消失』
とある実験室。
カプセルベッドの中で仰向けになる少女は、特殊な強化ガラスで作られた蓋越しに白い天井を眺めていた。
ベッドから伸びる無数のコードは、隣にある大きな機材へと繋げられている。
「ねぇ先生。ほんとに痛くない?」
少女は不安と緊張を感じさせる少し震えた声で呟いた。
「あぁ、痛くないよ」
それに答えたのは、機材に取り付けられたパソコンを操作している白衣の男。
男はパソコンの画面から視線を動かしはしなかったが、優しい声色で答えた。
「君の力を詳しく調べさせてもらうだけだからね」
「力って、私の超能力のこと?」
「あぁ、天宮島の記録上初の超能力『空間転移』についてのね」
「でも全然使えないよ? たまーに、ちっちゃい物を動かせるくらいだし……」
「大丈夫、それでもすごいよ」
男は「完了だ」と呟くと、まだ不安な表情を浮かべる少女に人差し指を立てて見せた。
「これが終わったら、君のお願いをなんでも一つだけ聞いてやろう」
「ほんと! じゃあねじゃあね、うーん……ケーキ食べ放題は!?」
「あぁ、構わないよ」
「やったー! ケーキっ……いてて」
少女は喜びの余りベッドの中で万歳してしまい、ゴンッと腕を打つ。
その微笑ましい光景に男は顔を綻ばせると、ゴホンッと咳払いを一つ。
「それじゃそろそろ始めるよ」
「はーい!」
実験室を見下ろせる部屋へ移動した男は一枚のホロディスプレイを呼び出し、『START』と書かれた箇所タッチ。セットしていた機材が起動し、少女の"力"のスキャンが始まった。
──だが数分後。
カプセルベッドの中で、少女がもがくように酷く苦しみだした。
「なっ! 一体何が……とにかく一旦中止しなくては!」
実験を中止しカプセルベッドを開放するため、男はホロキーボードを呼び出し停止コマンドを入力した。
しかし表示されたのは停止の報せではなく、赤い文字──『エラー』だった。
焦ってコードを打ち間違えたのか、そう思い再度入力してみるが──表示されたのは『エラー』の文字だった。
予想外の事態に更なる焦りを見せた男は急いで実験室へ戻り、機材のパソコンへ直接停止コマンドを打ち込んだ。
『エラー。無効なコマンドです』
「一体なぜだ……」
困惑し呆然とする男は、少女がカプセルベッドを叩く音で我に返る。
「い、今助けるからな‼︎」
だが停止コマンドは使い物にならないためどうすることも──いや、コマンドを受け付けないのであれば、根本的なとこを遮断してしまえばいい。
「これでッ!」
男は機材とベッドを繋いでいたコードを強引に全て引き抜いた。電源を落とさずにコード抜くことは危険な行為ではあるが、これならば停止せざるを得ないだろう。
──しかし。
「先……せ……」
少女は依然苦しんでいる。
「なぜだ……」
男の顔がみるみる青ざめていく。
今この瞬間にも、少女を中から出してあげなくてはならない。
──蓋さえ割ることができれば。
そう考えたところで男は絶望した。
このカプセルベッドに使われているのは、全てが対超能力用の特殊強化素材。重火器による破壊はおろか、ヒビを入れることさえ叶わない。
「せ……ん……せ……にげ……」
「なんだって⁉︎」
男はベッドにへばりつき、少女の掠れる声に耳を澄ます。
「に……げ……て……」
「逃げるわけないだろう‼︎」
感情のままに叫ぶ。
意味がないと知りながら、男は特殊強化ガラスを拳で殴りつけた。
──刹那。
男と少女を隔てていた絶対防御の壁が消え去った。
それだけではない。
男の片腕が、肩口から綺麗さっぱり消え失せていた。
一瞬遅れて、大量の血が噴き出す。痛みはない。
脳が状況についていけてなかった。
「何が……起こって……」
「ごめん……なさい……」
男の肩口から噴き出す血を浴びた少女は、抱え込むか様にうずくまる。
「お願い────だけは」
そして、それは起こった。