鏡のまち
どんな事にでも必ず始まりはある。人がいるということの始まり、何かをやめようと思った時の始まり、何かを嫌いにになる時の始まり。そして・・・私が鏡のまちへ行ったときの始まり。
嫌なんだ。何もかも。
表向きは笑顔だけど本当は泣いてたり、悪態をついている世界とか。
本当は気づいているのにわざと気づかないフリをしている人々とか。
そんなことをわかっていてそれをしている自分とか。
でもどうしようもないから、どうしようもないから・・・飛び込んだ。
「鏡のまち」に。
そこはとてもいいところだ。今までと変わらない世界のように見えるけど、今までと同じじゃない。
だってここでは私が私でいられるんだもの。
皆私をわかってくれる。私が私のまま、自由なまま、何者にも縛られることがなく生きていける。そう思えた。
毎日が笑顔で、楽しくて、面白くて・・・「今まで」なんてわすれちゃうくらい、不思議な日々だった。
でもそんな日々にも、いつかは終わりが来る。
私が生きはじめてからだいぶ長い時間がたって、もうそろそろかなっていう頃のこと。
外を歩いているとき、ふいに自分の名前を呼ばれた気がして後ろを振り返った。
しかしそこにいたのは私が「活きている」世界の知り合いでも家族でもなくて、そこにいたのは私が「生きていた」世界の私だった。
元の私は独りだった。独りで、独りぼっちで、その世界の中に転がっていた。
私は怖くなって、逃げるように一歩後ろに下がった。
でも、もうひとりの私はまっすぐ私を見て、静かに手を差し伸べた。
その姿は寂しそうで、悲しそうで、辛そうで、いたたまれなくなった私は同じように手を差し出そうとした。
・・・違う。そうじゃない。
「いたたまれない」?
でもあれは私よ。紛れも無く、認めたくないとしても、あれは私。
それじゃあ私は自分で自分のことをいたたまれないって思ったの?
違う。
自分で自分に同情しちゃったの?
違う。
本当にそう思って手を差し出そうとしたの?
違う違う違う、そうじゃないんだって。
私はそんなことをしたかったんじゃなくて、もっと他のことがしたかったのよ。
もっと、大切な、こと。
ずっと前から、心の奥底にあったこと。
・・・そうよ。私は幸せだった。確かに、幸せだった。これは間違いない。
でも、本当に本当に完璧な人生だったって言い切れる?
・・・ああ、そうか。そういうことだったのね。
私はまだやりとげていない。
結局、昔も今も周りから目を背けてた。
考えたくないことから逃げてたのね。
でも、もう逃げない。これが最期なの。
私は今度こそ手を差し出そうとして・・・「私」をきつく抱きしめた。
「私」が驚いたのもわかった。
そして、小さくこう言った。
「ごめんね」
一緒になった涙と笑顔を初めて綺麗だと思った。
どんなことにでも必ず終わりはある。人が生きたことの終わり、子供であることの終わり、そして・・・もうひとりの自分の終わり。