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粉雪 〜君が蘇る白いスクリーン〜

この作品は12月の企画【雪小説】です。


エントリー作品群は 雪小説 とサーチをかけることで、全てヒットします。


様々な先生方による、様々な作品をお楽しみ頂けます。

『蘇ってくれ

この白いスクリーンの中に

もう一度君に会いたいから


蘇ってくれ

この白いスクリーンの中に

たった一言

伝えたいことがあるから』




【粉雪】




俺は、小野学人。

プロ野球団、沖縄シュバルツのクローザー、つまり、終盤三点差以内でリードしている試合の八回、九回に投げて試合を締め括るための投手として働いている。

だが、それだけが俺の仕事ではない。


オフには、ミュージシャンとして活動しているのだ。


今は2007年1月18日。

ミュージシャンの時間だ。


俺は、自分の曲は、自分で作っている。


世にも珍しい、被せ型の作曲スタイルだ。

まず歌詞有りきなのである。

歌詞を先に書いて、その上から、主旋律を被せるのだ。


現在主流の填め込み型のスタイルも挑戦してみたが、曲先行ではどうしても微妙なニュアンスが表現できなくなってしまっていた。


どうも、根本的なレベルで填め込みには向かないらしい。


まずは、作詞をしなければならない。

俺の人生を、俺の思い出を一つひとつ、拾っていく。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




『君と別れた夜

静かに粉雪が降り注いでいた


僕等の別れを嘆くかのように』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




その電話が入った日、外にはヒラヒラと粉雪が舞っていた。

突然に訪れた俺達の別れを、暫くその場に呆然と佇んでいる俺の代わりに……、空が嘆いてくれているかのように。


「ガクトくん、すぐ病院に来て!

早苗が……、バイクでコケちゃたの!

意識が戻って来ないのよォ!」


赤松早苗。

出会って5年、交際を始めて2年目になる俺の彼女の名だ。


俺が教えた単車。


雪道は走るなと何度も繰り返し言った筈なのに……、走らせてしまった単車。


その結果訪れたもの、それは、全身打撲による意識不明の重体。


一秒でも早く病院に行きたい。

両親でも呼び戻すことが出来なかった早苗の魂を俺ごときにどうにか出来るとも思えないが、もしかすれば、相乗効果が生まれてくれるかもしれない。


必死に単車を飛ばす。

それが原因で早苗がそんなことになってしまったのだろうことも省みず、ただひたすらに単車を飛ばして病院に向かう。


俺が病院に着いたとき、早苗はもう、【赤松早苗】という名を冠しているだけの、蛋白質とカルシウムの複合物質へと変わっていた……。


外は雪。

俺達の別れを嘆いているかのように、天空は、大地に白い涙を注ぎ込んでいる。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




『君と別れた夜

粉雪が降り注いでいた


君の形の赤い穴を

もみ消しているかのように』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




古郷である北海道の雪道は、決して柔らかい雪が積もっているだけではない。

見た目は柔らかそうでも、その奥深くには、除雪車が削り取って、掻き分けた圧雪アイスバーンの欠片が眠っているのである。


その硬度は、野球の硬球で130キロ級のストレートをぶつけてもびくともしない。

人を撲殺するための凶器として、充分に使えるレベルなのだ。


その撲殺凶器への、70km/h+アルファーの速度に運動エネルギーを加えたエネルギーを帯びてのダイブ。

……、か細い女の子の体など、ひとたまりも無い。


俺は、病室に置いてあった花束を失敬して、事故現場へと向かった。


現場に残っていたもの。

それは、所々に赤い染みが点在する、小柄な人形の穴だった。


空は俺の心を写すようにドス黒いグレーに染まり、人前で涙を流せないでいる俺の代わりに白い涙を溢し続けている。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




『君と出会ったあの時

粉雪が降り注いでいた


僕等の出会いを祝うかのように』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




初めて早苗と出会った時も、確か、こんな空模様だった。

あの時は確か、学校へ行くバスの中で偶々隣合わせになったのだ。


学校こそ違っていたが、どちらも同じ方向にある私立中学校に通っている。

俺は野球部で、早苗はソフトボール部だったらしく、うまく話が噛み合ってその後にちょくちょく会うようになっていった。


会ってすることといえば練習ばかりだったのだが、それでも、俺にとっては充分デートに値する時間であったし、早苗の笑顔を中心とした表情から彼女の方も同じ考えであることが窺い知れる。


この合同練習デートが俺達にもたらした効果は絶大だった。

野球部員やソフトボール部員としてなんら利害関係の無い二人である。

互いに、非常に客観的に自分のモーションを見た上でのアドバイスを受けることができ、そしてそれを、善意のアドバイスであるとして、素直に受け止めることができたのである。

その結果、俺は今でも続けている非常にソフト投げに近いサブマリン投法と抜群な制球力を、早苗は軸が前のめりにならない正確な打撃フォームを身に付けることができたのだ。


沖縄シュバルツ クローザー、小野学人が存在するのは、全て早苗のお陰であると言っていい。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




『特別な日にはいつもかかっていた

君との思い出を映す

白いスクリーン』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




2003年12月24日


出会って三年目のクリスマスイブ。

その日、俺はクリスマスプレゼントにルイヴィトンのボストンバッグを用意していた。


足腰を鍛えるために解禁される中学一年生の時から始めて、高校二年生の段階でまだ続けていた新聞配達の給料。

部活が長引くため貯まりに貯まっていたその給料を全てつぎ込んで購入したものだ。


ヴィトンのボストンバッグは海難事故に遭った際に、救命具としても使えるように水に浮くように設計されている。

このプレゼントには、もしもの時は、必ず助けになってみせるという意味を込めていた。



そして、俺としては長い人生の中で一回か二回有るかどうかのイベントを忍ばせていた。


ラブレター?


手紙?


否、多分どちらでもない。


【告白文】


強いて言うなら、これであろうか。

入れておいた。

バッグの中に。


俺と早苗が向き合っているレストランの窓の向こうには、粉雪。

俺の心の不安定さを代弁するかのようにそれは、雄叫びをあげる風に烈しく舞っている。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




『蘇ってくれ

この白いスクリーンの中に


もう一度君に会いたいから』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




俺にいろいろなものを与えてくれた筈の粉雪は、突然俺から全てを奪ってしまった。

早苗と別れて二年経った今も、まだ、他の女性を心から愛することが出来ないでいる。


どうすれば普通に戻れるのだろう?

雪の季節が来る度に、早苗との思い出や、彼女に対する恩義の数々が、他の女性との恋愛の進展に対して足枷を填めてしまう。


粉雪という名の白いスクリーンは、今はまだ、過去の、在りし日の早苗の姿しか映してくれない。

だが、いずれはまだ見たことのない彼女の姿を映してくれるものと信じている。

いや、無理矢理信じ込もうとしている。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




『蘇ってくれ

この白いスクリーンの中に


たった一言

伝えたいことがあるから』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




あれから何年が経っただろう。


早苗の命日、11月30日。

今年も俺は、恋人との約束を断わって、早苗を喪った現場へと赴く。

彼女が好きだったアネモネの切花を携えて。



花言葉は

《あなたを愛します》



未だに早苗の死をふっきれないでいる、俺の気持ちの現れなのかもしれない。

今付き合っている彼女の誕生日を断わって、俺は今、ここに居るのだから。


早苗がもう、居なくなってしまったことを全く理解出来ていない訳ではない。

まして、何かの儀式を行うことによって呼び戻すことが出来るなどという、非常識極まる期待をもっている訳でもない。


俺はただ、早苗に一言言いたいだけだった。


たった一度で、いや、一瞬だけでもいいから俺の前に戻って来て欲しい。

時間にして、……、ほんの10秒でもいいから、幻でも何でもいいから、はっきりと目に見える形で還って来て欲しい。


目に見える形で早苗にどうしても聞いてもらいたい話がある。

止まってしまった俺の時間をまた動かすための、



魔法の呪文が。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




『時はまた動き出す


新しい春に向かって……』




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




もう……、駄目だと思っていた。

もう、早苗には会えないと諦めていた。


そして実際に、今まで会えることはなかった。

ある筈もない。

早苗はもう、この世に生きていないのだから。

そんな事は、ちゃんと解っている。


俺の方が間違っている、それは、歴然とした真実だ。

でも俺は、



早苗に会いたい。



誰も本気で愛することが出来ない、軽い気持ちの、普通の恋愛程度なら出来るが、どうしても一線を越えることが出来ない。


肉体関係、そして、結婚……。


俺の時間は、この時、いや、あの時に、止まってしまっていた。









隣には美里。

今付き合っている恋人が居る。


彼女の方から告白してきた。

付き合い始めたとき、全てを打ち明けた。

早苗のことも含めて、俺を取り巻く全ての環境を。

そしてそれを、俺の全てを受け入れることを最低条件として提示する。

勿論、取り下げてもらうためだ。

それを心から期待した。

ところが美里は、受け入れた。

全てを受け入れてくれた。




そんなこと、無理に決まっているのに……。



案の定、俺達の関係は徐々に破碇し始めている。

俺は美里に早苗の面影を重ね始め、美里は俺に、ガクトは誰と付き合っているのかと、問うて来るようになった。

どれもこれも、時折俺が、【美里】のことを【早苗】と呼んでしまうことにある。


俺の彼女は日野美里。

決して赤松早苗ではない。


時々哭き喚き、当たり散らしてくる美里。

今でこそ怒鳴り付けてくるようになってしまったが、ここ数年、ずっと我慢し続けてくれた美里のためにも、どうしても俺は……、



早苗に会いたい。



美里の部屋の窓から見る外には粉雪。

11月30日。

俺は美里と会っている。

いつもは彼女に失礼すぎるために頭から会うことを断っているのだが、今年は違った。


早苗への想いを断ち切るために、敢えて現場へ赴く前に彼女に会っておいたのだ。


事故現場に向かうため出た外には、先程の粉雪に、哭き喚き出した風によって舞い上がった既に積もっている雪も加わった猛吹雪となっていた。

それでも俺は、早苗を喪った場所へ向かう。


早苗に対して、全てをぶつけるため、そう、決着を着けるために……。









美里のアパートの前に呼びつけたハイヤーで事故現場に向かう。


地吹雪も交えた猛吹雪は、止むことなく降り続いている。

俺の心の中も、一人の女性に対する感情のブリザードが吹き荒れていた。


現場にたどり着き、携えたアネモネの切花を早苗がダイブしたポイントに手向ける。


吹きかかる雪から顔をかばいながら見回す周りには、【壁】。


1m先も見えないその白い壁の中に俺は見たのだ。


それは、なにか良からぬ事の前ぶれだったのか、それとも、俺の狂った恋愛感情が生み出した、ただの幻だったのだろうか。


逝ってしまった君、赤松早苗が……、




目の前で微笑んでいた。




この道は、天下の往来。

しかも人通りの多い幹線道路だ。


奇跡的な神の計らいによって早苗との再会を果たした俺は、おそらく大勢行き交っているだろう往来へ向かい、ありったけの力を振り絞り、彼女に向かって声を絞り出した。




「ありがとう!

さよなら!!」







2006年11月30日。

この日、俺は二人の娘を一度に授かった。

それを産み落とした女の名は、【小野美里】。


11月30日。


その日は、【赤松早苗】が天に召された日であり、【小野深幸】【小野真幸】の誕生日だ。


そして、【日野美里】が、【小野美里】となった日でもある。


俺の時間を動かしてくれた早苗に向かい、もう一度心の中で叫ぶ。



《ありがとう!

さよなら!!》




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




小野 学人

3edシングル

『粉雪』

Waers全文掲載



蘇ってくれ

この白いスクリーンの中に

もう一度君に合いたいから

蘇ってくれ

この白いスクリーンの中に

たった一言

伝えたいことがあるから



君と出会ったあのとき

粉雪が降り注いでいた

僕等の出会いを祝うかのように



君と別れた夜

静かに粉雪が降り注いでいた

僕等の別れを嘆くかのように



特別な日には

いつもかかっていた


君との思い出を映す

白いスクリーン



蘇ってくれ

この白いスクリーンの中に

もう一度君に会いたいから

蘇ってくれ

この白いスクリーンの中に

どうしても君に

言いたいことがあるから




君と別れた夜

粉雪が降り注いでいた

君の形の赤い穴をもみ消しているかのように



どうしても振り払うことのできない


君との思い出を押し付ける

白いスクリーン



蘇ってくれ

この白いスクリーンの中に

もう一度君に会いたいから

蘇ってくれ

この白いスクリーンの中に

どうしても話を聞いてほしいから




蘇ってくれ

この白いスクリーンの中に

もう一度君に会いたいから

蘇ってくれ

この白いスクリーンの中に

幻でもいい

もう一度



道を行き交う

この人の群れの中に

君の姿が見えた気がした

人の群れの中佇む君に

力一杯強く叫んだ


「ありがとう さよなら」




時はまた動き出す

新しい春に向かって……



END

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― 新着の感想 ―
[一言] 良かったです。 凄く切なく、素晴らしい作品だったと思います。 ただ残念なのは、高い文章力をお持ちなのに基礎が出来ていなかったこと。 基礎さえしっかりしていれば、天下無敵と思います。 展開が早…
[一言] 僕が好きな小説でした。 何回もでてくる歌詞が良かったです! ‘切ない感じがする’小説なら誰でも書けますが“本当に切ない小説”は簡単に書けるモノじゃないと思いますね。この小説の続きが気になっ…
[一言] 私は北海道民ですが、圧雪アイスバーンはそんなに危険なシロモノだったんですね……(汗) 早苗との思い出を振り返りながら歌詞を作っていく、という書き方が良かったです。完成版に「ありがとう さよな…
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