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9 ゲーム>命の廃人「神様、介錯たのむわ」

※本エピソードの後半に、一部ショッキングで残酷な描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。

――ビーーーッ、ビーーーッ、ビーーーッ


 生命兆候の異常を知らせるアラートが鳴り響き、警告メッセージが出ている。すぐにゲームを切断して、医療機関にかかれと訴えられる。


「それどころじゃねえんだよッ!」


 死力を尽くして戦うだけでなく、生命を燃料として激しく燃え上がり死へと落下していく。

 生の臨界点を超えたときに見せる生命の輝き。

 宇宙のはじまりがビックバンというのであれば、人間が生命の終わりに見せる刹那の爆発はなんと言おう。


 二十年の歳月を積み重ねた『ディア・カルディア』での人生を捧げて挑む、頂への挑戦。

 始まりであり終わり。創世と終焉を司る女神との闘いに挑んで七十二時間が経過していた。


 『創世の女神』『終焉の女神』『混沌の女神』と、女神の顔が三度も変わる。

 純白の女神は慈愛を持って俺を迎えた。

 漆黒の女神は憎悪と破壊をもって俺を試した。

 混沌の女神は地獄の底から死を呼び込み、生への激しい執着を示した。


 光と闇が入り乱れる神様の様相は、生と死と破壊と再生を繰り返しながらもプレイヤーを拒む。

 ワールドに一つしかない強力な装備である「オリジン武器」を、戦闘中に二つ壊していた。俺が持つ最後のオリジン武器である「七星剣」を片手に、神が振るう魔法を切り裂き肉薄する。


 神が片手間に放つ魔法の矢。光と闇の属性を合わせ持ち、三十二本の矢が亜音速の勢いで飛来する。「七星剣」の固有能力は魔法を斬ること。一振りで三本の矢を断ち切りながらも体をひねり、飛んでくる矢をすべて避けながら遠距離の切断スキル「飛燕斬」を繰り出し、神の足を止める。


 「縮地」のスキルを用いて距離を詰めた後、魔力壁を展開しようとする神に向かって技の起こりと重心によるフェイントを入れた後に「スラッシュ」を放とうとする。神が防御姿勢を取ったところで武器の左右持ち替えを行う。スキルをキャンセルし、背中に生えた翼で剣を受けようとした防御をかいくぐり、刃を通す。神が防御姿勢を取るときに必ず伸ばされていた左手首を狙い、切断した。


 ぽとり。手首が落ちる。


 神は翼を羽ばたかせながら距離を取りながら、すぐに左手を生やす。後ろに下がることを予見していた俺は「二段ジャンプ」のスキルですでに空中に飛び上がっており、頭から地面に落下しながらも、神とすれ違う一瞬で首を切り落とそうと刃を振るう。


――キンッ


 首を切断しようとした刃がはじかれた。その反動を利用し親指をスライドさせ、刃を寝かせる。小さく円を描きながら神のアキレス腱を切断するも再生は一瞬だった。

 背後から魔力の高まりを感じた。地面に着地したと同時に「縮地」を発動し魔力源である女神へと七星剣を向けながら再び切迫する。


――ビーーーッ、ビーーーッ、ビーーーッ


「うるせえ! もう少しだけ持ちやがれ!」


 生命兆候の異常を知らせるアラートを無視する。

 いまここで『ディア・カルディア』の神を討てるのであれば『現実』の命を失ってもいいとさえ思う。

 なんとしても負けられない理由が、いくつもある。


『神様を殺したら、結婚してあげてもいいわよ』


 在りし日に交わした、神殺しの約束。ふたりでラスボスである「創世의 女神」を倒す目標を掲げながら東奔西走した日々。「七星剣」を俺に託し、ある日突然いなくなってしまった彼女の面影を追って俺はずっと女神を追い続けた。


 それだけじゃない。

 神に挑むため最愛のNPCを殺した。代わりに、すべてを投げうって神を殺すために修羅に堕ちた。


 飛来する魔法弾と魔法の矢を避けながら、天から迫りくるメテオや落雷、大地から湧き出る津津波や炎海。予告なく起こる地割れを超え、間合いに入るタイミングでのみわずかなダメージを入れることを繰り返す。

 神が距離を取れば安堵する心の隙。最後の一撃をそこに合わせるため、秘めてきた奥義を解き放つ。


「神楽一刀流『雷』が崩し『次元斬』合わせ」


 神を殺す。そのために極限まで磨き上げた刃を示す。


「神殺し・連理断ち」


――刃は走らず。されど、神が人体の中心を走る正中線を境に半分に切り裂かれる。

 神は何が起きたか理解してはいない。ここを逃すわけにはいかない。


――神が堕ちる。


 神が誇る六枚の羽が一枚ずつ欠けてゆく。

 二枚欠けると羽で隠れていた顔があらわになる。次に飛翔能力を失い、最後に鉄壁を誇る防御が砕けた。

 羽をもぎ取られた神は地面に座る。透き通る瞳でこちらを睨みながら、かぼそい声で問いかける。


「……いいの? 終わるわよ」


「なにがだ」


「あなたも終わるし、私も終わる。そして、私を殺せば……世界が終わるわよ」


「冗談だろう?」


「私がダンジョンを創った。私を殺せば世界の崩壊は道理。この世からダンジョンがなくなって、プレイヤーは全員現実に返ることになる。『ディア・カルディア』は即時サービスを終了する。あなたに、その覚悟はおあり?」


 そういう設定なのだろう。ためらいなく、七星剣をかかげ振りおろす。

 神の首にあたるとやわらかく今度は斬れる気がした。途端に手が止まる。

 七星剣が「やめろ」と語りかけるように重く感じたからだ。


――雨竜さんを斬ったとき、もう止まらないと誓ったのに


 刃が迷い、振り切れない。


「……くっそ」


 七星剣を振るう。神の真横に一直線にひかれた剣の跡が残る。


――斬れない


 斬るとまずい。斬ってはいけないと嫌でも感じる。

 神は本当のことを言っている。俺が神を殺せば『ディア・カルディア』は終わるかもしれない。世界が崩壊するというニュアンスは、現実でのサービスの終了を意味する。


 神は語らない。裁定者である俺の選択を目を閉じながら待っている。

 重くなった七星剣が警告してくる。

 俺に死兆星が出てもう止められない。

 神を殺してゲームを終わらせてはいけない。


『神様を殺したら、結婚してあげてもいいわよ』


 もう二度と会うことのない大事な友人との約束だった。

 あいつから譲られた七星剣が、まさか神様への特攻武器だったとは思わなかった。大事にしていた剣が最後に輝くことになるとは。


「なあ『Mirasky』。おまえがいたら笑ってるだろうな」


 笑ってるだけならいい。

『神様を倒したらゲームが終了する? 倒しちゃいけないラスボスなんて用意すんな! 代わりにエンドコンテンツを開放しておいて。それで勘弁してあげる。あ、ついでに願いを叶えてくれない? 神様でしょう。はい、決まり! 倒しちゃったNPCと戦争で破壊しちゃった街をなおしておいて。じゃあねーっ』


 これくらい言って、本当に興味をなくして次に行ってしまうだろう。

 自分で想像した親友の言葉。たどり着いた極致で、はっと我を取り戻す感覚があった。

 神様を倒したゲームの終点。到達するまで俺は後ろ向きに生きて、過去にすがり、愛を憎悪に変えて進んできた。


「間違えてたか?」


 神様を殺す寸前でようやく親友である『Mirasky』に出会えた気がした。

 約束にこだわり、いつしか呪いとしてしまったのは俺かもしれない。

 俺を大切にしてくれたNPCを殺し、手にしたかったものがゲームの終了か?


 これがyamato46としての最高到達地点で柳楽大和としての死か?

 生命異常を伝える緊急アラートが自動で通報してから、だいぶ時間が経っていた。平均では十分ほどで救急車が到着し、俺が借りているアパートの部屋に入ってきて、まずVRMMOからログアウトさせ病院へと連れて行くはずだ。それがされないということは、部屋に入ってきた時点で俺は……もしかして。

 都市伝説では、VRMMO中に逝去されたプレイヤーは、死亡推定時刻よりもログアウト時間のほうが遅いとされていた。


『あんたみたいなバカ、死んでも治んないわよ』


 Miraskyの言葉が脳裏をよぎる。

 ひとの走走馬灯でもうるさいやつめ。

 ああ、そうだよ。思い出したよ。

 俺はバカだし、死んでも治らない。

 死んで確かめてやるよ。


「よし、神様。お願いをひとつ聞いてくれ。介錯たのむわ」


「……は?」


「愛するものが多すぎる。この世界を壊すなんてとんでもない。あいつとの思い出もあるし、俺のいままでの人生の半分以上だぞ? おまえを殺したら世界が壊れるなら、俺はおまえを殺さない。おまえを殺すぐらいなら、ほかのプレイヤーを全員殺す。現時点で俺が神様の首に手をかけた最初の人間だろう? ジョブチェンジするわ。ガーディアンエンジェル・ヤマトにしてくれ」


 なんだか久しぶりに息をしたような気がする。

 肩から力が抜け神様の顔をようやく見つめた。


「そんな顔してたんだ」


「……殺さないの?」


「殺さない」


「……ここまで、たくさんのものを失ってきて? いまも、あなたは大事なものを失うのに? 最後に爪痕を残そうとは思わないの?」


「ないっ! 十分に得た。とりあえず、死んで戻ってログアウトして終わる」


「死ぬわよ? ……いいえ、もう」


「だろうな」


 命がこぼれ落ちて抜け殻になってしまっている。生きていると言えない状態らしい。


「終わらない後悔しても仕方ねえ。Mirasky、雨竜さん、ジジイ、すまん! 神に勝てたけど、殺せなかった。お前らのせいだ。この世界には愛したものが多すぎる。得たものが多すぎる。俺の人生だった。俺が壊したくはない」


 神の住まう世界で膝をつき深々と頭を下げた。


「それがあなたの……プレイヤーの選択でいいのね?」


「俺じゃなくても、あんたは殺せねえよ。みんな引き返せないほどダンジョンに――ディア・カルディアにどっぷり浸かっちまってる。頂に来るプレイヤーなんて、みんなそうだろ」


 VRMMOの世界で視界がぼやけはじめた。

 こりゃ本当に死ぬな。


「……なにか願いはない?」


 俺が殺したNPCを蘇生してあげたいのと……影の国と妖精郷を滅ぼしちまったから、もとに戻せないかなあ。あとジジイの稽古はコンテンツ復活させてあげてくれ。カルディアはそれで元通りにはいかないけれど、いまより良くなるはずだ。なんて言いそうになる口をつぐむ。

 神はすべてを理解したように目を伏せて頷いた。


 死人に口なし。自分のしたことを許されようとは思わなかった。殺したものや壊したもの、罪を抱えて死に行く。

 取り戻せなくなる前に自分の決着は自分でつける。

 座して、七星剣を自らに向ける。


「もしも死を迎え、現実を離れたとしても、この世界で生きられるとしたら生きたい?」


「それは死ぬより本望。ぜひとも願いたい。ただ、時間切れだな。もうすぐ死ぬわ」


「救ってあげる。必ず」


 介錯のことだろうか。

 両手で剣の柄を持ち、腹に突き刺した。


「……痛み、キッツいな」


 死を迎えるならば潔く。自らの手で自らを屠り、崇高であると信じた自らを残す。自分自分を殺すなんて狂気の沙汰ではある。しかし、死が避けられないのであれば待つのではなく、すべての責任を自らに課す通過儀礼として死を歓迎しよう。


 腹を切る。刃を通せるわけもなく、のこぎりで腹を切り開くようにギコギコと動かす。燃えるように痛む臓物。冷たい刃で生命を物に変えてゆく。俺という人が体という物だけを残して消えてゆく。名前も数字も思考も、すべての記号を捨て去って自分ではないなにかになるような感覚を最後にプツリと途切れた。


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