4 ギルド受付嬢との秘密の契約
ダンジョンに入るためには、ギルドを通っていかなければいけないようになっていた。
学園から地下鉄で十分ほど移動すると、ギルドの本部がある。
城壁を思わせるほど強固な造りの施設は、まるで要塞だった。
なかに入ってみると様子は一変し、商業施設の賑わいを見せていた。
「やっべえな。ワクワクするぞ」
ダンジョンから得られたアイテムや装備を売るショップ。
武器や防具の工房、フードコートやドラッグストアに至るまで、ありとあらゆる物が集まっている。
フロアマップをよく見ると、会社のオフィスやホテルまで併設されている。
紋章の入った「仁勇会」や「ワルキューレ」といったすごそうな組織が、フロアの一角を借りあげているようだった。
「広すぎて、どこに行けばいいかわかんねえ」
すぐに迷子になりそうな咲耶の気持ちがよくわかる。
ショッピングモールや温泉なんかの施設に寄り道してしまったら、一日過ごしてしまいそうなほど広かった。
いまだ実感が湧かない。
しかし、この世界は『ディア・カルディア』の世界だ。
ダンジョン内の街や施設で暮らしていた俺にとって、ダンジョン外なんて知らない場所だった。
ダンジョンよりも勝手がわからない。
はやくダンジョンに帰りたいという気持ちまである。
「ダンジョン・カウンター……? ダンジョンに入るのに受付が必要なのかな」
「お困りでしょうか?」
「はいっ! お困りです」
後ろから声をかけられ、とっさに裏返った声で返事をする。
「はじめまして。たしか……柳楽さんで間違いないですか?」
ワックスで固められた黒髪。
シルエットの良い仕立てのよさそうなスーツを着た大人の男性。
完璧を表に出すきっちりとした固い雰囲気を持っている。
金融業や法曹にいそうな風貌だった。
「もしかして、入学式でお見かけしましたか?」
なにせ入学式からの短い時間でしか生きてないのだ。
接点があるならそこしかなかった。
「すばらしい記憶能力をお持ちなようだ。冒険者ギルドのクラン『仁勇会』事務局でスカウトをやっている、乾と申します。どうぞお見知りおきください」
マークの入った名刺を両手でいただく。
「神楽 咲耶さまと同じクラスでしたね」
「そうです」
咲耶のことを内心でお嬢と言い始めそうになる。
あのお嬢、もしやとんでもない人脈を持っているのでは?
「仁勇会は数あるクランのなかでもっとも大きなクランです。仁勇会の会長が咲耶さまの祖父にあたる一刀さまなのですよ」
咲耶は本当のお嬢様なようだ。
「大手クラン『ワルキューレ』に所属する選手もアカデミーに入学したとうかがっております。トップクランのユースに選ばれている選手をはじめ、今年のアカデミーは才能の原石が集う時代と言われているなか……一刀さまが名前を出されたのが柳楽さんです。ぜひお話をしたいと思っていたところ、お会いできて光栄です」
「恐縮です。孫娘さまのとなりにいて名前を憶えていただけたようです」
視線を合わせて会話をしていると、相手からみなぎる情熱が感じられた。
「差し支えなければ、ダンジョンに入るための入場ゲートまでご一緒してもよろしいでしょうか」
困っている俺の行き先はひとつしかないとわかっていた。
乾さんのことがすでに好きになりつつある。
立ち振る舞いや、さりげない言葉遣いまで含めて美しく尊敬の念を覚える。
「はじめて来た施設に戸惑ってました。助かります」
乾さんの手入れされた革靴がカツンと音を立てながら床を蹴っている。
「よろしければ本日、ダンジョンに入るために仁勇会のゲートを使われますか? 冒険者協会が一般の冒険者に開放しているゲートは、いまの時間ですとダンジョンに入るまで三十分は待ちます。朝一や夕方ならば、もう少しはやく入れそうですが」
ダンジョンに入るために待ち時間があるなんて、とんでもない。
「あまりわかっていないので、ご負担にならないか心配です。お願いしてもいいですか?」
「もちろんです」
ギルドの受付カウンターにつくと、乾さんは職員さんに声をかける。
「恐れ入ります。葵さんはご在席でしょうか」
カウンターの内側に入っていく乾さんの背中を見送る。
すこし待つと「仁勇会」の職員さんと一緒に戻ってきた。
乾さんと職員さんが、あまりに美男美女すぎる。
ふたりから放たれるオーラのようなものが、俺のような人間とは異なっていた。
「柳楽さま、はじめまして。仁勇会の葵と申します。いわゆる受付嬢です。今回ダンジョンの入場と退場および注意点について説明さしあげた後に、ダンジョンの入り口までご案内いたします。お時間を五分ほどいただいてもよろしいでしょうか」
「柳楽さん、以降は葵に引き継がせていただきます。よければ今後、どのようなご用件でも構いません。乾までお気軽にお申しつけください。失礼いたします」
深々と頭を下げあうと、乾さんは笑顔で歩いていく。
股下が長く、とても速足だった。
一緒に仕事をしたいと思うほど心地の良い人だった。
「はあーっ、乾くんってば……ごめんなさいね。いきなり連れてこられてビックリしてないかな?」
「大丈夫です!」
「よかったらリラックスしててね。お姉さん、すぐに受付を済ませちゃうんだから」
優しげな女性は常に口元の笑みを浮かべながら、学生証を読み取り、端末を操作していく。
「へえ、珍しいね。乾くんがレベル1の子を連れてくるのは、はじめてかも。ダンジョンへの入場歴もなしっと。うん、問題なし。仁勇会のゲート使用許可がおりましたーっ! おめでとーっ! うふふっ、これで柳楽くんも仁勇会の仲間だねっ?」
内心ではぜんぜん喜べない。俺のレベルが1?
戸惑いながら、お姉さんの優しさに喜びの声をあげる。
「やったーっ!」
「いぇーい!」
ほんわかしたお姉さんと話すと和やかな気持ちになれる。
「ダンジョンの入退場について、すこしだけ説明するね。この説明だけ受けておけばギルドの一般ゲートも使用できるよ」
ダンジョンの入退場についての説明を受ける。
厳しくなっているのは武器の取り扱いだ。
退場ゲートを超えて武器を所持する場合、すべての武器に個別の「所持許可証」を発行しなければならないこと。もしも不当に武器を所持していた場合、俺の学生証は剥奪されてしまうこと。
法律とルールによってできた事務的な手続きを、葵さんはわかりやすく教えてくれた。
「そんなこと冒険者さんがいちいちやってくれないでしょう? だから、お姉さんたちが代行してやってるんだよーっ。売りたいもの渡してくれたら、売ってライセンスカードに紐づいた口座にルート・ポイントっていう一ポイント一円にできるポイントを入れられるの。ギルドではルート・ポイントで買い物ができるんだよ。アカデミーなら学園内でも使えるよーっ」
「それとね、受付嬢も担当制になってるんだ。担当受付嬢じゃないと本人確認なしでお金のやりとりをやっちゃいけないんだあ。一般ゲートだったら武器の売り買いや登録、アイテム売買の手続きも、ぜーんぶ自分でやらないとなんだよーっ」
「大変そうだ」
葵さんは、目を輝かせてひとさし指を立てている。
「なんとっ! いま、お姉さんの持てる担当冒険者の空きがあります! これは『仁勇会』関係なく一般冒険者との個人契約って形でいいんだけど、どうかな?」
「いいんですか? ということは、アイテムの売買時に事務手数料がかかる?」
「そのとおり! 数%いただいてます。売買金額が小さいときはほぼゼロだよ。仁勇会のカウンターじゃなくて一般カウンターで申し込んでもお姉さんが処理できるようになるから、お待たせしないよっ。きみがダンジョン探索を頑張ればお姉さんもうれしい。お互いにメリットのある契約、どうかな?」
身を乗り出すお姉さんに小さな声で聞いた。
「葵さん、いいの? ここ仁勇会のカウンターだけど」
周りにいる仁勇会のスタッフに聞かれていい話なのか確認をする。
手招きされて顔を寄せると、耳元でささやかれる。
吐息が耳にあたってくすぐったい。
「お姉さんとの秘密だよ?」
甘い言葉に、内心「あはーーーっ」と叫んだ。
売買手続きがいらなくなる代わりに手数料がかかる。つまり、ダンジョンに潜れる時間が増える。
「ぜひお願いします!」
「契約成立。よろしくね大和ちゃん」
「葵ちゃん、お願いします」
「えーっ、お姉ちゃんにもちゃん付けしてくれるの? かわいいーっ。相場とか予算内で代理購入もできるよ。大和ちゃんの冒険はお姉さんがサポートしてあげるね」
「じゃあ、さっそく聞きたいことがいくつか」
「なんだろーっ?」
「エリスロストーンとリュコストーンって、ギルドで買えたりする?」
「……んふふっ」
葵ちゃんは、笑顔のまま首を振る。
「めったに出てこないよ。ギルドを通さず、トップクランがぜーんぶ買い取り争いしてる。武器を強化するレア素材の石は冒険者はみんな自分で使っちゃうもの。販売なんてめったにないよー」
「自炊するしかないか。ありがとう!」
どうやら素材収集からしなければいけないようだ。
「ダンジョンいくのに、なにか必要なものはない? お姉さん、融資もできるよ」
「必要なものは、ぜんぶダンジョンにある。葵ちゃん良い契約をありがとう。期待に応えるよ」
「んーんっ。こちらこそ。でも、ぜったいに無理は禁物だよ? お姉さん、大和ちゃんが来てくれるのをギルドで待ってるからね。よし、できました。大和ちゃんの学生証で仁勇会のゲートを通れるようになったよ。一緒に行こうーっ!」
「レッツゴー!」
ギルドの素敵な受付嬢さんとスキップしながら、ダンジョンに入るためのゲートに向かう。
さあ、冒険のはじまりだ!
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