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10 三千万課金ソードは裏切らない



「俺、ゲームのしすぎで死んでね? VRMMOの機械を装着したまま死んでる俺を発見してしまった救急隊のひとと、警察のひとには申し訳ないな」


 死んでいる以上、謝ることもできないのだが。

 一段高いところ、御簾の後ろに座る女神様は静かに頷く。


「二度目の人生おめでとう。柳楽大和」


「ありがとう、神様。ところで、ここは一体どこだ?」


「私の世界へようこそ。ここは、あなたがいたところではゲームのなかの世界。じつは、ほかに存在したどこかの世界がモチーフになっていて、私はそこの管理者。つけ加えるならば、ここは私が保有する、数ある世界のうちのひとつ。おわかり?」


「俺がゲームの世界に来たことが間違いないってわかった」


 神様は「それでいい」とつぶやいた。


「好きに生きなさい。もう、私には挑まないでしょう? 世界をつくる根本は属人的で、私がここに座っていなければならないの。座っているというのは名目で、実在しているわけではない。存在することが必須なのよ」


 雨竜さんが、御簾をすこしだけあげてみせる。

 御簾を通して見える神様の姿。だが、御簾を上げると座っている場所にはなにもない。


 存在が希薄であり、消え入りそうな気配さえあるのはそういうことだったのか。

 まるで御簾に投影された神様の偶像。


「プロジェクションマッピング神様」


「……だーれがプロジェクションマッピング神様よ!? あ、いけない。やっちゃった。てへっ。もういいわね。あー、ダルーい。三日徹夜で戦い続けるなんてバカげたプレイヤーがいるとは思わなかったわ。ぶーっ、大和あやまって」


 突然崩れた神様の像。凛と座していた影も、あぐらをかいて肘をついている。


「ごめん」


「いいよっ」


 音符がつくほど調子のいい声で許される。これが神様の本性か。


「この世界の住人の一部は、あなたを覚えてる。といっても、あなたに殺された女は全員あなたのことを覚えてるって言ったほうがいいかなーっ? いまどんな気持ち? 最初に殺した女と最後に首を斬られた女が目の前にいるわけだけどー? やだあ。冗談じゃないわ」


「……ぐっ」


 俺はきっと、苦虫をかみつぶしたような表情をしている。


「贖罪はいらない。謝罪もいらない。ただ、あなたがこの世界で生きてくれればいい。それだけ。あなたの前世で『ディア・カルディア』のエンディングは決まった。大勢が参加するゲームの命運は、頂に到達したひとりのプレイヤーによって決められた。それも私たちが望んだ形でね。あなたはもう観測できないだろうけど感謝してる。たったひとりで神に挑み、打ち勝つ英雄さん」


「光栄だ」


 互いに尊敬を忘れずに、神は言葉をくれる。


「それは過去の話。あなたは現在を生きている。すっぱり割り切ることができなくても、もう一度、初心にもどってやり直してみたら? 素敵な学園にも入学したことだしー?」


「あの学園って、なんなんだ?」


「……えっ? 『ディア・カルディア』のストーリーモードやってないわけ?」


「やってないな」


「なんでやってないのよーーーっ!? がんばって作ったのにーーっ!!」


 怒る神様を雨竜さんが笑いながらたしなめてくれた。


「ぶーーっ」


 まだ拗ねている。じつは子供っぽい神様だ。


「初見なら初見の楽しみがあるか。既存のストーリーに捉われない進行も、また趣深い。そうそう、あなたにプレゼントがあるの。気づいてるかもしれないけど、あなたの前に居た世界と、この世界はあまり違いがない」


 神様は指を鳴らす。


「ゲームならステータス画面や体力バーがあなたを助けてくれたし、ワープ魔法や移動スキルのおかげでストレス無く、さくさくと勧められた。それはもちろん、ゲームだから。現実はダンジョンに入るのに三十分はかかるし、公共交通機関の時間と金銭的なコストもかかるでしょう。めんどうくさくない?」


「面倒くさい」


「じゃじゃーん。そんなあなたに特別待遇。課金アイテム一式をプレゼントーっ! 『スフィアミューズ』をあげる。ゲームと同じユーザーインターフェイスを使えたり、装備品を無料で鑑定できたり、課金マップに入れたり、インベントリが無限になったりー? 至れりつくせりの便利アイテム! 前世ではたくさんの課金、ありがとうございました!」


「そういうこと!? 課金者を優遇していいのかよ!? いや、ゲームならいいんだよ。こっちでも?」


 俺の課金額は、たしか……。

 精神衛生上、気にしないことにしていた金額を計算してみる。


「サラリーマンの平均的な年収の十年分ぐらいか」


 学生のころから常に節制し食費を削り、余剰資金はすべてつぎ込んできた。全米一の称号である『ザ・ワン』やドイツの『ジークフリート』を獲得するため、海外に駐在した実績もある。


「逆よ、逆。ダンジョンを探索するための便利アイテムじゃないの。あなたは便利アイテムがないと、日常生活に戻れないから渡してるの。だってダンジョンの外に出ないじゃない。それあげるから、せめて学園は卒業すること。わかった?」


「ダンジョン適合者すぎるからか」


「……やっちゃん、せめて人間社会に適合してください」


 雨竜さんにまで呆れられてしまう。


「がんばって卒業します」


 雨竜さんに『スフィアミューズ』を渡される。小さな宝石のついたペンダントを首にかけてもらうと、ゲームと同じプレイヤー画面が広がった。

 アイテムを注視すればポップアップが出るし、システム画面から装備変更やアイテムの合成、強化まで行える。特定のユーザーのもとへワープすることも可能になるようだ。


 わくわくが止まらなくなり、気がはやる。


「んー? 雨竜、この子のお腹……抜いてあげなさい」


「かしこまりました。やっちゃん、少々失礼します」


 雨竜さんがそばに来たと思えば、いきなり腹を殴られた。殴られた、と思った。

 腹の奥へと手を突っ込まれ、臓物を掻き出すように手を動かしている。


――ズポッ。


「無事に生まれましたね。ねえ、あなた……抱いてあげてくださる?」


「よちよちよち。元気な剣でちゅねーっ」


「なにやってんの!? なに言ってんのこの人たち!? なんで俺の腹から剣出てくんの!? なになに!? こわいこわい」


 生まれてきたのは、見覚えのある剣だった。


「七星剣!? なんで!?」


「どうしてもついてきたかったみたいよ、あなたに。長年愛されて、自我が芽生えてる。世界を隔てても、ともに行きたい。どう? 命を吹き込んであげましょうか」


「えええ? い、いいけど」


 雨竜さんは御簾の奥へと下がり、七星剣は神の手に渡る。

 神が「ふうっ」と息を吹きかけると、神の祝福が渡った刃は、小さな人の形をしていた。


 羽が生えた、小さく可愛らしいシルエット。

 羽を生やし、腰まで伸びた麗しい銀髪の少女。深い青色のメッシュが入った容姿は、まるで夜の似合う天使だ。

 目の中に星雲が宿っているかのような、淡い光を放っている。


「……ご無事でなによりです。マスター」


 凛としながらも静かな口調。半生をともに生きた剣は、慇懃に頭を下げる。

 利き手にのる少女は袖口にしがみつき、目に涙をためながら微笑みかけてくる。


「これからも俺を支えてくれるか」


「もちろん。もう、あなたを斬らせないで」


「すみませんでした」


「……うんっ」


 七星剣だった少女は『七星宝のスティア』と表示されており、種族はエンジェルフェアリー。職業は俺と同じノービス。


――なんだこのステータスは。


 素のステータスはレベル相応であるものの、すべての値に『503』が加算されている。

 STRでさえステータス画面上は506。これはトッププレイヤーの素の値に近い。


「……あーーーっ! 武器の強化値って、そう反映されるの? へえーっ、知らなかった。てへっ、やっちゃった。あーっ、でも大和が悪い。ひとつの武器の強化としては、やりすぎでしょ」


 七星剣を強化した回数だけ、スティアが強化されるとは。

 成功率が一パーセント以下にまで下がる超低確率の強化を、俺は五百回以上も重ねていた。


 おかげで、スティアの能力は素のステータスがカンスト近くまである。

 おまけに武器の付与効果だった『高速詠唱』『同時詠唱』『スキルクールタイム減少』はすべて最高値で反映されている。


「スティア! おまえは、最強の魔法使いだ!」


 三千万ソードと仲間内から呼ばれていた七星剣。

 いま、人として生きてくれたとき、すべての能力がプレイヤーを超えている。


「なんでそんなに強化したわけ?」


「……この剣をくれたプレイヤーの誕生日が五月三日だった。だから、503回強化しておいた。忘れないように」


 神様は笑いをこらえながらも「すごすぎでしょ」と思いの丈をはかる。


「うれしい。マスターの役に立てる?」


 健気さを喜び、母性が刺激されてしまう。


「かみさ……ママ、ありがとう」


「ママやめて? まだ子供は生んでないからね? 命は生みだしてもお腹は痛めてないの。お願い。ママはやめて? 私に効く」


 スティアに目配せをすると、にやりと笑った。


「ママぁ」


「いやーーーっ。焦るからやめて、やめなさい。もーーっ、さっさと行きなさい! しずく、こいつら追い出して!」


「はいはい。ママはご機嫌ななめなので、お外で遊んでましょうねー」


 拝殿から去る俺たちに、神様は最後に一言かける。


「ヤマトーっ、せいぜい死ぬまで楽しんで。今度は、ひとりじゃなくて誰かと一緒に楽しむのもいいからねー」


 俺は心の底からの感謝を伝えるために叫んだ。


「ママーーーーーーーーッ」


「いやああああーーーーっ」



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