1 29歳、今さら入学式なんて聞いてない
魔王が女神を殺す、たったひとつの冴えた方法。
『神様を殺したら結婚してあげてもいいわよ』
在りし日の約束は情熱となって、永久を駆ける動力となり、やがて世界を滅ぼした。
終焉を迎えた世界。神が祝宴の鐘を鳴らすと再び創世を迎える。
その世界に神はいない。
女神は自らの心臓を自分を殺した男へと分け与えた。
神殺しの願いを成就させんと天と地は再び乖離する。
「……は?」
目が覚めると、知らない場所に立っていた。
ここがどこかもわからない。なぜ自分がここにいるかも理解が追いつかない。
世界からひとりだけはじき出されてしまっているかのような孤独感と焦燥感にさいなまれる。
あまりの現実感の無さは、夢から覚醒したばかりの自分が持つ違和感なのだろうか。そのくせに前後の記憶があるものだから混濁が激しい。
今いるこの場所が夢なのかゲームなのか、あるいは死後の世界なのだろうか、まさか現実なのか……どれも確証が得られず、どれも可能性が捨てきれない。
深く息を吐くと強張っていた肩からわずかに力が抜ける。
落ち着いて現状を整理しよう。
「俺の名前は柳楽 大和。二十九歳なのに、なぜか制服を着ている。……正直きつい」
皺の刻まれていない若々しく瑞々しい手はどうやら自分のもののよう。
見覚えのない白く上品な制服を着せられていた。
「職業は会社員。最後の記憶は自室でI.R.I.S.を起動して『ディア・カルディア』をプレイしていた」
スターズ社が発売している没入型現実インターフェースシステム『I.R.I.S.』に入った記憶はある。VRMMOを世に知らしめた『ディア・カルディア』を起動したことも覚えている。
そうなれば、俺の現実の体は自宅にあるマシンのなかにあるはずだ。
しかし、ゲームではありえない解像度を持った世界が目の前に広がっている。スターズ社が誇るシステムを用いても、ここまでの解像度は出せないはずだ。
「どうなってんだ……いったい」
入学式と書かれた看板には「エンタープライズ・アカデミー」という学校名が書かれている。いったいなんの学校なのだろうか。日本で暮らしていて聞いたことのない名前だった。
脳内で増え続けるクエスチョンマーク。
いっそ記憶も失っていればいいものの下手に記憶があるから混乱する。
明らかに若くなっている体には制服を着ていることから、もしや俺はこの学園に入学しにきたのだろうか。周りを見ると同じ制服を着ているフレッシュな顔ぶれが目を輝かせながら看板と写真を撮っている。
もしこのまま足を前に動かすとアカデミーに入学してしまうというのであれば、踵を返してしまいたくなる。
「お兄様。行って参ります」
「いってらっしゃい、咲耶。あとでおじい様も登壇されます。気を抜かないように」
「はいっ!」
雑踏のなかでも良く響く少女の声は、透明な鈴が奏でる清々しさを持っていた。
あまりに呆然とし過ぎていたのかもしれない。
いましがた入学式の会場へと迷わず歩みを進めていた少女のローファーが止まった。
触れると切れてしまいそうなほど特徴的な切れ長の瞳は、じっと俺の顔を覗き込む。
光をはじき返す艶やかな髪はきれいに結い上げられており、薄桃色の百日紅のかんざしで飾られている。
「はじめまして。入学生だろう? よければ、一緒に行ってくれないだろうか」
「ああ、えっと……はじめまして」
たどたどしい返事になってしまった。
同じ制服を着ている。それだけでなぜか安心する。
「……どうやら迷子になっているみたいで。助かる。一緒に行ってほしい」
「失礼を承知のうえで話をさせてもらう。じつは、あなたを見たときに迷っているように感じたんだ。自分も迷うことがあるから、よくわかる。ほら、一緒に行こう!」
まぶしい。
光の中にいるような明るさと凛とした強さを合わせ持ち、困っているひとに手を差し伸べることをためらわない。
意識せずに差し出された手を握り返していた。
手が触れた瞬間に自分のなかのモヤが消えうせるのを感じた。闇が晴れたかのように清々しく、自分がこの学園に入学することが当然なことのように思える。
繋がれた手が導く先がどこであろうと悠々と進んでいける気さえした。
――というのに。
「むう。……どうやら、きみに謝らなければいけないことができたようだ」
「奇遇だな。ちょうど俺もそう思っていたところだ。ところで、ここはどこだ?」
華々しく彩られているはずの入学式会場とは異なり、人気のない校舎のはずれに出てしまっていた。
眼を泳がせながら、人差し指を付けあわせる少女は口をすぼめている。
「……わかんない」
「わかんないよな。あっはっは、ミイラ取りがミイラになるってやつだ。よし、戻ろう。ええっと……咲耶?」
「わっひゃい! なぜ私の名前を知っているんだ!? ええっと、きみは……?」
「柳楽 大和だ。さっきお兄さんが咲耶って言ってたのが耳に残ってた。きれいな名前だからかな」
やぎらという字が当てられないらしく「柳に楽でやぎらだ」とつけ加える。
「ありがとう。大和も良い名前だぞ。日本男子として、このうえなかろう」
学園を一回りして、ようやく入り口へと戻ってきた。
どうやら入学式会場は校舎内ではなく、となりの建物でやるらしい。
校門前には漆黒のなかに神秘的な輝きを放つセダンタイプの車が停まっていた。
左ハンドルの運転席に座っていた赤髪の女性が後部座席の扉を開ける。
金よりもさらに明るいプラチナの髪色をした線の細い少女が下りてくる。
耳に入ってきた言語は、ドイツ語だった。
「ドイツの方も入学してくるんだな」
「……英語ではないのか? 大和は、よくわかったな」
言い終わった後はっと口を押えていた。
「すまない。親しくもないのに下の名前で呼んでしまった」
「どっちでもいいぞ。俺も咲耶って呼ぼうか?」
「どちらでもよい。神楽でも咲耶でも、好きなほうで呼んでもらって構わない」
神楽という苗字なのかと、いまさらながら知る。
どこかで聞いたことのある気がする苗字だ。
「スミマセン」
後ろのほうから、緊張している声が聞こえてきた。
「会場は、こっち……どちらですか?」
さきほど車から降りてきた可憐な少女だった。
明るくエネルギッシュな雰囲気で、拳を握りながら一生懸命に聞いてくる様子は微笑ましい。咲耶は言葉選びに迷っているようだった。
「たぶん会場はあっち。一緒に行きますか?」
うんうんと一心に頷く少女のふんいきは和やかな気持ちになれるほど可愛らしい。となりでは咲耶がうんうんと頷いている。仕草がつられてるぞ。
「フロイト ミッヒ、ジー ケネンツーレルネン」
ドイツから来てくれている少女に「お会いできてうれしいです」と伝えた。
初対面の方なのにフランクに「ドゥー」と言いかけながら「ジー」ときっちりした言葉を選ぶ。
ゲームで使っていたために、すこしだけならドイツ語を話すことができる。ついでに仕事にも使わされた。
「へっ~~~~~っっ!?!?」
言葉にならない喜びを全身で伝えてくる少女は、俺の目をしっかりと見据えながら握手してきてくれる。
『なんでドイツ語ができるの!? うれしい。とってもうれしい。ありがとう。安心したーっ。日本に来たばかりで日本語もじょうずじゃないから、ずっと不安だったんだよ。あなたに会えてうれしいよ』
『仕事でちょっとね。あなたの日本語は良いよ。自信を持って!』
『あなたのドイツ語は完璧だね!? ドイツに行ったことがあるのかい?』
『ありがとう。ドイツ語はまだ勉強中。B1レベルもないんだ。就労ビザで……すこしだけ留学していたことがあるよ』
中身がおっさんなせいでどうも学生と話すことに違和感があるし、まだ自分の見た目に慣れることができない。こんな若い女性たちと口を聞いていいものかさえ悩む。
『すばらしいね! よければ自分と仲良くしてほしい。アルベルタ・フォン・ヒルデブラントが自分の名前だ。すこしだけ古いしきたりのある名前なんだよ』
『フォンがついているってことは貴族様? お会いするのは始めてです。柳楽 大和と申します』
『ふふっ、やめてよ。フランクに話して? 失礼でなければ、ヤマトでいいかい?』
『かまわないよ。それじゃあアルヴィって呼んでもいいかな?』
『うん、喜んで! えへへ、良い友人に出会えた。最高のスタートだよ』
すっかり置いていかれてしまった咲耶は俺に避難の目を向けてくる。
「ずるい。私のことも紹介してくれぬか」
「はじめまして。アルベルタです。よろしくお願いします」
「わっ、わっ……ナイス トゥ ミート ユー」
「Hey, great to meet you!」
「や、大和。笑ってないで通訳してくれ」
『彼女の名前は、神楽 咲耶だ。もっと仲良くなりたいそうだ』
『サクヤ! 日本の美を集めたような、きれいな方だね。それにとても強そうだ。カグラ? カグラって、まさか?』
強そうという表現に違和感を覚えた。顔はたしかに、強いな。
咲耶が日本語で話していいと気づくまで、なぜか英語で頑張っていたのを見ていたら肩にパンチをくらった。入学式の会場とはぜんぜん違うところへ行こうとする咲耶の手をあわてて引いて歩く。
「大和! アルヴィ! 三人とも同じクラスだったぞ!」
入学式の席はクラスごとに座るらしく、咲耶が確認しに行ってくれていた。
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