第7話 毒に太陽光を
「……青柳くん。……お願いがあります」
翌日の昼休み。予鈴が鳴るやいなや、赤羽が俺の席にやってきて、切迫した表情で訴えた。
「今日も、一緒にお昼を食べていただけませんか。……護衛として」
「護衛って、あの新聞部のことか?」
「はい。屋上が陥落した今、彼女の探知音は校内全域に響き渡っています。一人になれば、即座に捕獲され、生態記録を撮られてしまいます……」
昨日の屋上での一件以来、新聞部の黒川あかりは、赤羽を「学校の七不思議」ならぬ「珍獣」としてターゲットに定めてしまったらしい。
「わかった。俺もあいつに勝手に写真を撮られるのは御免だからな」
「ありがとうございます……。では、場所を移動しましょう。屋上はもう危険です」
俺たちは教室を出て、ひとまず中庭へ向かうことにした。中庭なら人の目もあるし、ベンチの数も多い。あの神出鬼没な「探査機」も、そう簡単には近づけないはずだ。
俺たちは植え込みの近くにあるベンチに腰を下ろした。木漏れ日が揺れる、穏やかなランチタイム……のはずだった。
「……青柳くん」
「どうした」
「……3時の方向。ツツジの植え込みの隙間です」
赤羽が箸を持ったまま、凍りついている。俺が視線を向けると――
緑の葉の隙間から、黒く無機質なカメラレンズが、ヌッと突き出していた。
「うおっ!?」
「……います。完全に気配を消して、海底にへばりついています……!」
レンズの奥で、ジト目が光った気がした。黒川だ。いつの間に先回りしていたのか、完全に迷彩柄のパーカーを着て草むらに同化している。
「……しつこいな、あいつ」
「ダメです……。物理的な障害物では、あの高性能ソナーを防げません……」
「なら、別の手を使うか」
俺はため息をつき、ポケットからスマホを取り出した。毒には毒を。――いや「影」には、圧倒的な「光」を。俺は連絡先を開き、短いメッセージを送信した送信相手は、このクラスで最も輝度が高い男だ。
――数分後。
「おーい! 湊ー!!」
中庭に、突き抜けるような明るい声が響いた。校舎の方から、一人の男子生徒が手を振りながら駆けてくる。爽やかな短髪に、人懐っこい笑顔。歩くだけで背景に効果音の星が飛びそうな、クラスの中心人物――黄金井ヒカルだ。
「うっ……!?」赤羽が手で目を覆い、呻き声を上げる。
「ま、眩しい……! 急激な光量の変化に、網膜が……!」
ヒカルは俺たちの前まで来ると、ニカッと笑った。
「珍しいな、湊からメシ誘ってくれるなんて! ここ、気持ちいい場所じゃん!」
「悪いなヒカル、急に呼び出して」
「いいっていいって!赤羽さんうまそうな弁当だな!」
ヒカルは赤羽にも分け隔てなく挨拶をする。その笑顔には一点の曇りもない。そして、ヒカルは「おっ?」と何かに気づいたように鼻を鳴らした。
「なんか、視線を感じるな……こっちかな!」
野生の勘なのか、ヒカルは迷うことなく、あかりが潜むツツジの植え込みにズカズカと近づいていく。
そして、ガサッと枝をかき分けた。
「みーっけ! こんなとこで何してんの?」
「……っ!?」
隠れていたあかりが、ビクッと体を跳ねさせた。完璧な擬態だったはずなのに、ヒカルの「陽キャ特有の距離感のなさ」にあっさり発見されてしまったようだ。
「……見つかった。なぜ」
「え、なんとなく! そんなとこにいたら服汚れるよ。ほら、出てこいよ!」
ヒカルはあかりの返事も待たず、その手を取ってグイッと日向に引きずり出した。
「君、新聞部の子だろ?俺、新聞部の記事すげー好きなんだよ!」
ヒカルはあかりの至近距離まで顔を近づけ、キラキラした目で褒めちぎる。悪意など微塵もない。純度100%の善意と称賛だ。
「……っ、ちか、近い」
「あ、そうだ!今週末、サッカー部の助っ人で試合出るから写真撮ってくれよ!!」
「……は?」
マシンガントークと共に放たれる、強烈な太陽光線。日陰と静寂を愛するあかりにとって、それは致死量の「眩しさ」だった。
「……あ、う……」
あかりの顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。レンズ越しに世界を見てきた彼女は、真正面から向けられた太陽に免疫がなかった。その目は完全に泳いでいる。
「…無理。……光量オーバー。今日は、調子狂う。撤収」
「えっ、もう行っちゃうの!? 一緒に食べようよ!」
「……来るな! 眩しい!」
あかりはヒカルの手を振りほどくと、カメラを抱えてよろめいた。あかりは悲鳴のような声を上げると、脱兎のごとく中庭から走り去っていった。その背中は、太陽から逃げる夜行性動物そのものだった。
「あれー? 怖がられちゃったかなあ」
ヒカルはきょとんとして、自分の頬をかいた。俺はその様子を見て、深く息を吐いた。やはり、黄金井ヒカルは最強の「対・陰キャ兵器」だ。悪気がない分、あかりのようなタイプには特効薬になる。
「……すごい」
ベンチの陰で、一部始終を見ていた赤羽が震える声で呟いた。
「……黄金井くんは、深海まで届くほどの強烈な太陽光……。闇に紛れる無人探査機の光学センサーを、光量オーバーで焼き切りました……!」
「まあ、あいつの前じゃ隠し事はできないからな」
「……はい。おかげで、追跡からは逃れられました」赤羽はホッとしたように息をつく。だが、すぐにまた青ざめて、ベンチのさらに隅っこへ縮こまった。
「……ですが、青柳くん……探査機はいなくなりましたが……今度は太陽が近すぎます……」
「おーい、二人とも! パン食べようぜ!」
あかりを撃退したヒカルが、満面の笑みで戻ってくる。
「……水温が急上昇しています……。このままでは、私は茹で魚になってしまいます……」
天敵の探査機は去ったが、その代わりに灼熱の太陽が鎮座する。赤羽雫にとっての「安全地帯」は、この学校のどこにも存在しないのかもしれない。
第7話、ご覧いただきありがとうございました!
今回は「陰」のあかりを、「陽」のヒカルで強制排除するお話でした。 無口なストーカーも、天然のキラキラ笑顔には勝てなかったようです。これで黒川からの追跡はひと段落?しました。! 次回は休日イベント!ぜひブックマークに保存して次回もご覧ください!
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