第6話 さらば、屋上の安全地帯《セーフティーゾーン》
「……青柳くん。……日差しが、痛いです」
翌日の昼休み。俺と赤羽は、校舎の屋上にいた。教室の喧騒から逃れるためにここへ来たのだが、彼女にとって、直射日光が降り注ぐ屋上は別の意味で地獄らしい。
赤羽は屋上の出入り口の建屋が作る、わずかな日陰にへばりついていた。俺は購買で勝ち取った、学校名物『落花生バターパン』の袋を開ける。
「文句言うなよ。教室より静かでいいだろ」
「ですが……またあの台風が接近してくる予兆を感じます……」
バーン!!
赤羽の予言通り、鉄製の重いドアが勢いよく開け放たれた。
「よっ!しずくっち、青柳!やっぱここにいたー!」
金髪ギャルの桃井マリンが、嵐のような元気さで屋上に飛び出してきた。赤羽が「ひぃっ」と小さく悲鳴を上げ、日陰の隅っこでダンゴムシのように丸まる。
だが、俺は違和感を覚えていた。ズカズカと歩いてくるマリンの背後に、「影」がある。
「……ん」
ひょこっと顔を出した小さな影。黒髪のマッシュボブに、眠そうなジト目。この炎天下にダボダボのパーカーを被り、手が完全に隠れている。身長は赤羽よりもさらに低い。その影が、首から下げた一眼レフカメラを構えた。
カシャッ。 青空の下、乾いたシャッター音が響いた。
「うおっ!?」
「え、あかり!? いつの間にいたの!?」
俺とマリンが同時に驚くが、影の主――黒川あかりは、悪びれもせずボソッと呟いた。
「……最初から。マリンの影、尾行しやすい」
「アタシを日傘代わりにすんな!」
あかりはマリンの抗議を無視し、レンズを日陰で震える赤羽に向けた。
「……ターゲット、発見」
「あ、あなたは……!?」
涙目の赤羽に、あかりはパーカーの袖から指先だけを出して、胸元の『新聞部記者証』を指差した。
「……新聞部、黒川あかり。スクープの匂いがした」
「す、スクープ……?」
「……転校生。挙動不審。巨大ダンゴムシ所持。……『校内七不思議』に認定する」
あかりは聞く耳を持たず、赤羽の潜む日陰にジリジリと詰め寄る。無表情な顔と、無機質なカメラレンズ。追い詰められた赤羽が、俺の制服の袖をギュッと掴んだ。
「あ、青柳くん……! 逃げてください……!」
「落ち着け赤羽」
「無理です……!桃井さんが『台風』なら、彼女はその渦の中に隠れて接近する、自律型無人潜水機です……!」
赤羽にとって、強風と共にやってくるマリンよりも、気配なく忍び寄るあかりの方が「得体の知れない恐怖」があるらしい。あかりは興味深そうにメモ帳を取り出した。
「……AUV。面白い例え」
カシャッ、カシャッ! 容赦なくシャッターが切られる。見かねた俺が割って入り、手でレンズを塞いだ。
「取材なら許可を取れ。赤羽が嫌がってるだろ」
「……邪魔。背景が見切れるな」
「誰が背景だ」
俺が強めに睨むと、あかりは「……ちっ」と小さく舌打ちした。見た目は小動物系マスコットなのに、中身はかなりふてぶてしい。あかりはカメラを下ろし、気だるげに空を見上げた。
「……ここ、暑い。撤収」
言うが早いか、あかりはトテトテと鉄のドアへ向かう。その背中はダボダボのパーカーに埋もれていて、確かに深海の底を這う謎の生物のようにも見えた。
去り際に一度だけ振り返り、あかりはボソッと言い残した。
「……逃げても無駄。私のレンズからは逃れられない」
バタンッ、とドアが閉まる。後に残されたのは、日陰で干からびそうな赤羽と、困惑するマリン、そして頭を抱える俺だった。
「……ごめんねーしずくっち。あいつ、神出鬼没っていうか」
「青柳くん……屋上もまた、安全地帯ではありませんでした……」
赤羽が涙目でダイオウグソクムシを抱きしめる。
「……強烈な日差しと、台風……そして音もなく忍び寄る探査機……。私の生態が、白日の下に晒されてしまいます……」
こうして、赤羽の「平穏な高校生活」を脅かす天敵リストに、新たな名前が刻まれた。 『静かなる追跡者・黒川あかり』。彼女がこれから、事あるごとに赤羽のスクープ(奇行)を狙って出没するようになるのは、確定した未来だった。
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第5話のギャルに続き、第6話では新聞部も乱入。 主人公・青柳が求めていた「平穏」と「安全地帯」は、ついに屋上からも失われてしまいました……
これから青柳は平穏な日々を手に入れることはできるのか?!それとも周りのメンバーのごたごたにさらに巻き込まれてしまうのか、、、
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