第5話 同胞《イルカ》を救出します
「悪りぃ! 今日はサッカー部から助っ人頼まれてんだわ! 先帰っててくれ!」
ホームルームが終わるや否や、黄金井輝はカバンをひっつかみ、嵐のように教室を飛び出していった。
あいつは本当に元気だ。俺は呆れつつも、帰り支度を整える。
「……黄金井くんは、回遊魚のようですね。止まると呼吸ができなくなるのでしょうか」
「当たらずとも遠からず、だな」
隣の席で、赤羽が不思議そうに呟く。
さて、今日の「嵐」は去った。これで平穏に帰れる――そう思った俺が甘かった。
「あ、いたいた!ねーねーしずくっち、この後ヒマっしょ?」
背後から甘ったるい香水の匂いが漂ってきたかと思うと、派手なメイクの女子生徒――クラスのカースト上位に君臨するギャル、桃井マリンが、赤羽の背中に抱きついた。
「……!? ひっ……」
「今からアタシと遊ぼーよ! 駅前に新しいプリ機入ったんだって!」
「プ、プリ……? なんですかそれは……甲殻類の一種ですか……?」
「あはは! ホント面白いねしずくっちは! ほら行くよー!」
マリンは赤羽の腕を強引に引く。赤羽が助けを求めるように俺を見た。その目は、網にかかった小魚のように怯えている。
(…………)
「俺はパスで」
「えー、青柳も来なよ! 荷物持ち兼カメラマン!」
「扱いが雑すぎるだろ」
文句を言いつつも、俺は結局、保護者として同行することになった。
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駅前のゲームセンター。
そこは、深海から来た少女にとって過酷な環境だった。
「……目が、痛いです。ここは深海の発光生物が密集しているエリアですか?」
「ただのゲーセンだよ。ほら、まずはプリ撮ろ!」
マリンに押し込まれたのは、狭い撮影ブースだった。
定員オーバー気味の空間に、俺と赤羽、そしてマリンが密着する。
「はいポーズ! ピース!」
「ぴ、ぴーす……?」
カッ!
強烈なフラッシュが焚かれる。赤羽がビクッと体を震わせた。
「はい次落書きタイムー!」
撮影ブースを出て、画面に映し出された写真を見た瞬間、赤羽が息を呑んだ。
「……あ、青柳くん……大変です」
「どうした」
「私とあなたの眼球が……異常に肥大化しています……!急激な水圧の変化に耐えられず、組織が膨張を……」
「違う。そういう機能なんだ。最近の機種は自動で加工されて、目がデカくなるんだよ」
画面の中の俺たちは、少女漫画もビックリのデカ目になり、肌は陶器のように白く、顎は尖っていた。特に元々色が白く、目が大きい赤羽への加工のかかり具合は凄まじかった。もはや可愛いを通り越して、伝統的なグレイ(宇宙人)に近い。
「きゃはは! マジ盛れる~! しずくっち超宇宙人っぽくて可愛いー!」
「か、可愛い……? これが地上の美的感覚……?」
マリンは爆笑しながらペンツールでスタンプを押しまくっている。
赤羽は自分の顔をペタペタと触り、目が飛び出していないか確認していた。
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プリクラコーナーを出て、クレーンゲームのエリアへ。
「あー! あのイルカのぬいぐるみ欲しー! 超可愛くない?」
マリンが指差したのは、パステルカラーのイルカのぬいぐるみだ。
それを見た赤羽の表情が変わる。
「……同胞が」
「え?」
「同胞が、硝子の向こうに囚われています……」
「いや商品だから」
赤羽がガラスに手を当てる。その目には慈愛のような色が浮かんでいた。
「ねー青柳、取ってよー。男子でしょー?」
「……一回だけな」
俺は百円玉を投入し、アームを操作する。狙いは完璧だったはずだが、持ち上がった瞬間にアームが弱々しく開き、イルカはポロリと落ちた。
「あー惜しい! もうちょいなのに!」
「……この機械のアームは、筋力が著しく低下しています」
赤羽が真剣な顔で筐体を睨みつけた。
「私が……救出します」
「え、しずくっちできんの?」
「座標、固定。落下予測地点、修正……」
赤羽が操作ボタンに手を置く。 ウィーン、とアームが動く。位置取りは完璧だ。ボタンを押す。アームが下がり、イルカを掴む。ここまでは俺と同じだ。
だが、景品が取り出し口の穴の上に運ばれ、離された瞬間だった。
シュバッ!!
ドガンッ!!!
「「え?」」
凄まじい音が響き、筐体そのものが揺れた。
赤羽が、景品が落ちてくる取り出し口に腕を突っ込んでいた。その速度、まさに捕食。落ちてくるぬいぐるみを、底板に触れる前に空中でひったくったのだ。
「……救出完了」
赤羽の手には、無傷のイルカ。
俺とマリンは顔を見合わせた。
「す、凄っ!? 今の手の動き見えなかったんだけど!」
「……反射神経です」
赤羽は何食わぬ顔でイルカをマリンに手渡した。
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遊び疲れた俺たちは、近くのクレープ屋で休憩することにした。
マリンの奢りで、「いちごチョコ生クリームスペシャル」を三つ注文する。
「……この円錐状の物体は、ドリルですか?」
「クレープだって! ほら、こうやってかぶりつくの!」
マリンが見本を見せる。赤羽は恐る恐る、クリームの山に口をつけた。
その瞬間。
「んぐっ……!」
赤羽の動きが止まった。
真っ白な肌が、耳まで一気に赤く染まっていく。
「あ、甘いです……!? 糖度が……致死量です……!」
「え、そんなに?」
「深海には……これほどの高カロリー体は存在しません……脳が……とろけます……」
赤羽は目を回し、ふにゃふにゃと椅子に崩れ落ちそうになった。
どうやら深海生物にとって、地上のスイーツは刺激が強すぎるらしい。
「あはは! リアクションでか! しずくっちホント面白いねー!」
マリンが嬉々《きき》としてスマホで写真を撮りまくる。
最初は警戒していた赤羽も、口元にクリームをつけたまま、されるがままになっている。
そこには、昨日のような「捕食者への恐怖」はなかった。マリンの強引さが、逆に壁を壊したのかもしれない。
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夕暮れの駅前。
「いやー楽しかった! しずくっち、また遊ぼーね!」
マリンは赤羽の頭をワシャワシャと撫でると、手を振って軽やかに去っていった。
嵐が過ぎ去り、俺と赤羽が残される。
「……疲れたな」
「はい。桃井さんは……台風のような人ですね」
「違いない」
俺たちは顔を見合わせて、小さく笑った。
赤羽の手には、先ほどのプリクラのシールが握られている。
宇宙人のような自分と、変顔のマリンと、死んだ目の俺。
「でも……悪くない記録データです」
赤羽はそう言って、シールを大切そうに生徒手帳に挟んだ。
その横顔は、教室にいた時よりもずっと人間らしく見えた。
そんな俺たちの様子を、少し離れた物陰から見つめる「小さな影」があることに、俺はまだ気づいていなかった。
「……マリンが妙に気に入ってると思ったら」
ボソリと呟く声。
黒髪のマッシュボブ。ダボダボのパーカー。
その少女は、手元のスマホで俺たちを撮影すると、興味なさそうに、けれど鋭い光を宿した瞳で呟いた。
「……ふうん。変な生き物」
新たな「観測者」が動き出すのは、翌日のことである。
第5話、お読みいただきありがとうございます!
初めてのゲームセンター、初めてのクレープ。 深海の常識で生きる赤羽にとって、地上のJK文化は刺激が強すぎたようです(笑)。 特にプリクラの「デカ目機能」を身体的異常と捉える感性は、書いていて楽しかったです。
そして最後に出てきた謎のパーカー少女。 彼女は一体何者なのか? 次話から物語がさらに加速していきます。
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感想もお待ちしております! それでは、また次回の更新でお会いしましょう。




