第4話 深海少女にとって、この教室は過酷すぎる
――――翌朝。俺が教室に入ると、そこには既に「嵐」が吹き荒れていた。
「おーい! おはよう転校生! 今日もいい天気だな!」
朝一番から、クラス委員・黄金井輝の爆音が響いている。彼は赤羽の席の前に立ち、無駄に白い歯を見せて笑っていた。
「あ、おはよう……ございます……」
赤羽は小動物のように肩を震わせているが、昨日の今日だけあって、逃げ出さずに挨拶を返している。えらい。少しはクラスに馴染んだか――と俺が安心したのも束の間だった。
「じゃあな! 俺、今週末はサッカー部の助っ人で呼ばれてっからよ! 今から朝練行ってくるわ!」
黄金井はそう言って、カバンを置くや否や、風のように教室を飛び出していった。
黄金井輝。彼は特定の部活には所属していない。しかし、その無駄に高い身体能力を見込まれ、野球、サッカー、柔道と、あらゆる運動部から「助っ人」として引っ張りだこなのだ。まさに校内最強のフリー素材である。
嵐のような男が去り、入れ替わるようにして「別の影」が赤羽の机に忍び寄った。
「……おい転校生」
ぬるり、と現れたのは眼鏡の男子生徒。薮下茂だ。黄金井が「陽」の極致なら、こいつは「陰」のスペシャリスト。
「昨日の筆箱だが、あれはバンダイの『いきもの大図鑑』シリーズか?それとも海洋堂の『カプセルQ』か?スケール的に1/1スケールに見えたが、あの光沢感はソフビというよりはABS樹脂の……」
薮下は赤羽の顔の近くまで身を乗り出し、マシンガンのような早口で知識を浴びせかけている。
「あ、あ、えと……」
対する赤羽は、完全にショートしていた。目は白黒し、口からはエクトプラズムが出そうだ。黄金井の「物理的な圧」の次は、情報の暴力。休まる暇がない。
「答えろ転校生。俺は同志としての確認作業を行っているだけであり、決して怪しい者では……」
「ひぃッ……呪文……死の宣告……」
限界だ。俺がカバンを置いて、助け舟を出そうと腰を浮かせた、その時だった。
バシィーン!
教室に乾いた音が響いた。誰かが、薮下の背中を容赦なくひっぱたいたのだ。
「ちょーっと薮下ぁ!朝からキモいって!新入生イジメてんじゃないよ!」
場を一変させる、明るく通る声。現れたのは、派手なメイクに、少し着崩した制服。クラスのカースト上位に君臨するギャル、桃井マリンだ。
「い、イジメてない!俺はただ、深海生物という深淵なる趣味について高尚な議論を……」
「あーはいはい、顔が近い!怖がってんじゃん。ほら、あっち行けし!」
マリンがシッシッと手を振ると、薮下は「くっ、リア充め……これだから三次元は……」とブツブツ言いながら、蜘蛛の子を散らすように自分の席へ逃げていった。 第二の嵐が去り、赤羽がガクリと項垂れる。
「た、助かった……?」
「ごめんねー? 大丈夫だった? あのメガネ、悪気はないんだけどオタク特有の早口がウザくてさー」
マリンは屈託のない笑顔で、赤羽の顔を覗き込んだ。その距離、ゼロ距離。
「ひぃッ!?」
赤羽が再び悲鳴を上げる。彼女にとっては、オタクも怖いがギャルも怖い。なにせスクールカーストの頂点、深海生物にとっては最も遠い「地上の太陽」みたいな存在だ。
「……あ、捕食者2……」
「ん? なになに?」
マリンは赤羽の怯え顔を見て、なぜか目を輝かせた。
「え、ていうかマジで見ると超ちっちゃくない? 肌しろっ! えー、なんかマスコットみたいで超ウケるんだけど!」
「へ……?」
「可愛いー!ねえ名前なんて言うの?アタシは桃井マリン!マリンって呼んでいいよ!」
嵐のようなポジティブシンキング。マリンはポケットから何かを取り出すと、赤羽の手のひらに乗せた。
「ほら、飴ちゃんあげる。いちご味」
「あ、ありがとうございます……」
「困ったことあったらアタシに言いなよ!薮下がまたキモいこと言ってきたら、アタシがシメとくからさ!」
そう言ってマリンは、赤羽の頭をよしよしと撫で回し、甘い香水を漂わせて自分のグループの方へ戻っていった。
手の中には、ピンク色の包み紙の飴玉。赤羽は呆然とそれを見つめ、それから俺の方を見た。
「……青柳くん。ここの環境……深海生物には、過酷すぎませんか……?」
赤羽の瞳は、深海魚のように死んでいた。俺は苦笑するしかない。
「まあ、悪いやつらじゃないよ。……たぶん」
スポーツ万能の助っ人・黄金井、早口オタクの薮下、そして世話焼きギャルの桃井マリン。 俺の求めていた「平穏」とは真逆の連中ばかりが、なぜか赤羽の周りには集まってくる。(……先が思いやられるな)
俺は小さくため息をつき、一時間目の教科書を開いた。
お読みいただきありがとうございます! 第4話は、オタクの洗礼と、新キャラのギャル登場回でした。
・薮下茂……早口オタク。悪気はない。 ・桃井マリン……世話焼きギャル。名前は海っぽいですが、生息域は浅瀬(リア充)です。 ・黄金井輝……全部活の助っ人エース(帰宅部)。
これでメインのクラスメイトが出揃いました。 次回もドタバタな日常をお届けします。
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