第3話 その男、霊長類最強種につき
「はい、今日のホームルームはこれで終わりだ。気をつけて帰れよー」
担任の田中先生がそう言って教室を出て行くと同時に、クラスの空気が一気に緩んだ。
俺もカバンを手に取り、席を立とうとした、その時だ。
「おーい! 転校生!」
教室の空気をビリビリと震わせる大声が響いた。
声の主は、クラス委員であり陽キャの筆頭、黄金井輝だ。彼が満面の笑みで赤羽の席へと歩み寄る。
「ひっ……!」
赤羽が短く悲鳴を上げたかと思うと、次の瞬間、彼女の姿が掻き消えた。
彼女が座っていた席には、またしても「身代わり人形」がポツンと置かれていた。逃げ足だけは神速だ。彼女はすでに教室の後ろの扉へ――
「おっと! 逃がさねーぞ!」
ドォン!
凄まじい風切り音とともに、黄金井は教室の扉の前に立ちはだかっていた。
速い。速すぎる。さっきまで机の横にいたはずなのに、まるで縮地法だ。
「おう、忍術か? すげーな転校生!」
黄金井は目を輝かせているが、赤羽は違う。彼女は扉の前で腰を抜かし、ガタガタと震えながら俺の方を見た。その目は「助けて」と訴えている。
(……はぁ。見捨てるわけにもいかないか)
俺はため息をつくと、二人の間に入った。
「おい輝。怖がってるだろ、どいてやれ」
「あ? 怖がってる? なんでだよ。俺はただ歓迎の挨拶をだな」
「お前の挨拶は声がデカすぎて、威嚇にしか聞こえないんだよ」
黄金井がショックを受けている隙に、赤羽に声をかける。
「大丈夫か、赤羽さん。こいつ、声と図体がデカいだけで、悪気はないんで」
「そ、そうなんですか……? 私を捕食しようと……」
「しねーよ! ……あー、悪いな転校生。ビビらせるつもりはなかったんだ。お詫びに、いいとこ連れてってやるよ」
黄金井はニカッと笑い、親指で廊下を指した。
赤羽は俺の制服の裾をギュッと掴んで、首を横に振る。
「……青柳くんも、一緒なら……」
「え、俺も?」
上目遣いで懇願され、俺は観念した。
こうして俺たちは、猛獣・黄金井に連行されることになった。
***
黄金井の言う「いいとこ」へ向かう道中、俺と赤羽は驚くべき光景を目にすることになった。
廊下を歩いていると、大量のプリントを抱えてよろめく女子生徒がいた。
「おっ、大丈夫か? 俺が持つわ!」
黄金井はひょいとその山を奪い取ると、職員室まで猛ダッシュし、十秒とかからず戻ってきた。
階段に差し掛かると、男子生徒が足を踏み外した。
「あぶねっ!」
黄金井は目にも止まらぬ反射神経で腕を伸ばし、落下する生徒を空中でキャッチしてのけた。
さらに校庭を横切ろうとした時、サッカー部のボールが俺たちめがけて飛んできた。
「ふんッ!」
黄金井はノールックでボールを蹴り返し、ゴールネットに突き刺した。
「……相変わらず、無駄にハイスペックだなあいつは」
「……人間離れしています。霊長類最強種……」
赤羽がポツリと呟く。
だが、その表情からは恐怖が消え、代わりに好奇心のような色が浮かんでいた。
「でも……悪い人じゃ、なさそうです」
「まあな。中身は単純なバカだから」
そうこうしているうちに、目的地に到着した。校舎裏にあるウサギ小屋だ。
「ほーら、飯だぞー。こがね丸、元気だったかー?」
さっきまでの野性味はどこへやら。黄金井はデレデレの顔で、ウサギたちにキャベツを差し出していた。
そのギャップに、赤羽が目を丸くする。
「転校生。初日で不安だったろ? 俺もバカだから難しいこと言えねーけどよ、早くクラスに馴染めるように仲良くしたかったんだ」
ウサギを撫でながら、黄金井が照れくさそうに言う。その真っ直ぐな言葉を聞いて、赤羽は俺の背中から一歩踏み出した。
「ご、ごめんなさい……私、食べられるかと……」
「だから食わねーって! 俺の好物はカツ丼だ!」
「……ふふっ」
赤羽が小さく笑った。そして、恐る恐る白いウサギに手を伸ばす。
「ふわふわです……。やっぱり哺乳類の体毛は、魚類の鱗とは違いますね……温かい」
「だろ? こいつ可愛いんだよ」
巨漢の黄金井と、小柄な赤羽。
凸凹な二人がウサギを囲む光景は、なんだかんだで平和そのものだった。
「こらー! お前たち、もう下校時刻だぞー!」
そこへ、見回り中の田中先生が顔を出した。
「げっ、田中ちゃん! 逃げるぞ!」
「あ、はい……!」
赤羽はカバンを持ち直すと、俺と黄金井に向かって深々と頭を下げた。
「今日は……ありがとうございました」
そう言って彼女は、今度は逃げるようにではなく、しっかりとした足取りで校門の方へと歩いていった。
***
夕暮れの帰り道。
俺と黄金井は並んで歩いていた。
「へへっ、いいやつじゃん転校生。ちょっと変わってるけどよ」
「ああ、まあな」
黄金井がニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んでくる。
「……それにしても湊が自分から動くなんて珍しいな。なんか、昔の湊みたいだったわ」
その言葉に、俺の心臓がトクリと跳ねた。
「……よせよ」
俺は努めて冷静な声を出す。
「俺は平穏に暮らしたいんだ。クラスで揉め事が起きると面倒だから、芽を摘んだだけだ」
「へいへい、そういうことにしておいてやるよ」
黄金井はあっけらかんと笑い、また明日な、と手を振って曲がり角を曲がっていった。
俺は一人残された道で、大きく息を吐く。
(昔の俺、か……)
かぶりを振って、俺は平穏な日常に戻るべく、家路を急いだ。
お読みいただきありがとうございます!
第3話はクラスの猛獣こと、黄金井くんの回でした。
声はデカイし動きは人間離れしていますが、ウサギには優しい男です。
ちなみに赤羽さんの身代わり人形(グソちゃん2号)がどこから出てきているのかは、永遠の謎です。
黄金井のハイスペックさに笑っていただけたら、ぜひブックマークや評価をお願いします!




