表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

第10話 Dr.ギャルの診療所

挿絵(By みてみん)

 

 月曜日。

 それは憂鬱(ゆううつ)の代名詞だ。だが、今週の俺には、別の頭痛の種が加わっていた。


『青柳くん! おはようございます! 緊急報告です! 現在、昇降口(しょうこうぐち)にマリンさん(台風)を確認!』


 下駄箱で靴を履き替えていると、ポケットのスマホが震えた。画面には、切迫(せっぱく)した文章と共に、柱の(かげ)から(かく)()りしたようなブレブレの写真が添付(てんぷ)されている。


 一昨日(おととい)、連絡先を交換してから、赤羽との距離は妙に縮まった。

 彼女は俺を「友達」と認定したようだが、慣れていないせいか、その内容は会話というよりひたすらな「報連相(ほうれんそう)」だ。

 誰か他にも友達を作って、早くこの矛先(ほこさき)分散(ぶんさん)させてほしいものだ。


『そのまま直進(ちょくしん)して「おはよう」と言え。お前が思ってるほど、向こうは怖くない』


 俺はため息交じりに返信し、そのまま教室へと向かった。

 少し遅れて、背後からロボットのように直角に曲がり、マリンに向かって「オ、オハヨウゴザイマス!」と叫んで逃走(とうそう)する赤羽の姿が見えた。


 マリンは「あ、おはよー! 今日も元気だねー!」と笑って手を振り返している。

 ……やはり、赤羽が勝手に気圧(けお)されているだけだ。


          *


 その10分後、事件は起きた。HR前にトイレへ向かおうと、廊下を歩いていた時のことだ。


「あ、ごめん!」

「ひゃぅっ!?」


 前方で、男子生徒と赤羽がすれ違いざまに軽く衝突(しょうとつ)した。赤羽がよろめき、スクールバッグが壁に(こす)れる。

 その拍子(ひょうし)に、カバンにぶら下がっていた「黄金の物体」が何かに引っかかり――。


 パキッ。


 乾いた音が、廊下に響いた。

 床に転がる、小さな黄金色のパーツ。


「あ……」


 赤羽が凍りついた。

 彼女が拾い上げたのは、昨日俺がガチャで当てた『黄金のダイオウイカ』――彼女が烏賊王(イカおう)と名付けた守り神(まもりがみ)の、一番長い足(触腕(しょくわん))だった。


「あ……あぁ……烏賊王(イカおう)……私の神様が……」


 赤羽の顔から血の気が引いていく。

 この世の終わりだ。深海の底で、最後の酸素ボンベが破裂(はれつ)したような絶望(ぜつぼう)の表情。ぶつかった男子生徒も「え、あ、ごめん。大丈夫?」と声をかけているが、ショック状態の赤羽の耳には届いていないようだった。


(……マズいな)


 俺は少し離れた場所で足を止めた。

 どうする。LIMEで指示を出すか?

 俺がスマホを取り出そうとした、その時だった。


「あー! 雫ちゃんじゃん! どしたの、そんなお通夜みたいな顔して」


 通路の向こうから、派手な金髪が揺れた。桃井(ももい)マリンだ。

 赤羽にとっての苦手な台風。直視(ちょくし)できない太陽のような存在。


「ひっ……!?」


 赤羽がビクッと身を縮める。

 壊れたイカを見られれば、「何それ変なのー」と笑われると思ったのだろうか。彼女は必死に手を後ろに隠そうとした。


「ん? あーっ! それ、一昨日(おととい)発売の新作ガチャじゃん! しかもシークレット!」


 マリンは赤羽の手元を(のぞ)き込み、一瞬で状況を理解したらしい。

 そして、意外な言葉を口にした。


「うわ、折れてんじゃん! マジかー、これショックだわー。テンション下がるやつだわー」


 そこには嘲笑(ちょうしょう)はなかった。

 あるのは、純粋な共感(きょうかん)同情(どうじょう)


「ちょっと貸してみ? 私、リペア道具持ってるからさ」


「り、りぺあ……?」


 ポカンとする赤羽から烏賊王(イカおう)をひったくると、マリンは自分のポーチを取り出した。

 中から出てきたのは、ネイルアート用の瞬間接着剤と、精密なピンセット。


「ここ、断面(だんめん)綺麗だからイケるっしょ。動かないでねー」


 マリンはその場でしゃがみ込むと、慣れた手つきで作業を始めた。

 長い付け爪をしているのに、その指先は魔法のように器用だった。

 接着剤を極少量塗布(とふ)し、折れた足をピンセットで正確に接合(せつごう)する。


「……す、すごい……」


「んしょ……はい、くっついた! ついでにトップコート塗って補強(ほきょう)しとくねー。これで前より頑丈(がんじょう)っしょ!」


 所要時間、わずか三分。

 マリンの手によって、烏賊王(イカおう)は完全復活を遂げていた。接合部はツヤツヤと輝き、傷跡すら見えない。


「はい、大事にしなよー」

「あ……」

「HR遅れないようにねー!」


 マリンはニカっと笑い、赤羽の背中をバシッと叩いて、嵐のように去っていった。


 廊下に残されたのは、復活した烏賊王(イカおう)を握りしめた赤羽だけ。

 彼女はしばらく、マリンが消えた角を呆然(ぼうぜん)と見つめていた。


          *


 昼休み。

 俺はいつものように、誰とも()れずにパンを食べていた。

 すると、スマホが震えた。赤羽からの定期報告だ。


『青柳くん。報告があります』


 俺はパックの野菜ジュースを飲みながら、画面をタップした。


『マリンさんは、ただの台風ではありませんでした』

『彼女はたぶん、ホンソメワケベラ(他の魚をクリーニングしてくれるお医者さん)です』


 添付(てんぷ)された写真には、以前より輝きを増した烏賊王(イカおう)が写っていた。


(……お医者さんではないと思うが)


 俺は小さく苦笑した。

 赤羽のマリンに対する「怖い」という認識。それが、この一件で少し変化したようだ。

 俺が遠隔操作で守らなくても、あいつは自分の力で(あるいは周りの力で)この生態系に馴染(なじ)み始めているのかもしれない。


『よかったな。少しは仲良くできそうか?』


 そう返信すると、すぐに既読がついた。


『まずは……今度、お礼にメンダコグミを渡してみようと思います』


 俺はスマホを閉じた。

 教室の向こうを見ると、赤羽が自分の席で、烏賊王(イカおう)を愛おしそうに()でているのが見えた。

 その横顔は、朝よりも少しだけリラックスしているように見えた。


 俺は残りのパンを口に放り込み、午後の授業への英気(えいき)(やしな)った。

ご覧いただきありがとうございます!


第10話、いかがでしたでしょうか。 赤羽さんの守り神「烏賊王」が折れるという大惨事でしたが、救世主はまさかのマリンでした。 ギャルは優しいんです。ただ声とリアクションがデカいだけなんです。


これで赤羽さんの「対マリン用警戒レベル」が少し下がりました。 平和な生態系への第一歩です。


そして、相変わらず青柳くんをラジコンの操縦士扱いする赤羽さん。 このズレた距離感を「可愛い」と思っていただけた方は、ぜひブクマ・★評価で応援をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ