人生損してた
「橘さんは、普段どんなウイスキーを呑んでいるんですか?」
いつものバーでカクテルを傾けていると、突然マスターに声をかけられた。
「あまり凝ったのは呑んでないですよ。安いスコッチのブレンデッドばっかりですね。」
「意外ですね。カクテルやリキュールに詳しいから、色々呑んでいるのかと。」
「いや実は元々ウイスキーが苦手なんですよ。会社の呑み会でスナックとかに連れていかれて、水割りという名の薄くて苦い液体ばっか呑まされましてね。それからウイスキーはどうも苦手で…… だからこそカクテルに走ったんですよ。ウイスキーを呑めるようになったのは、最近ですね。」
マスターは微笑んで、ボトルとブレンダーズグラス(この店ではストレートを頼むとこのグラス)を持ち出してきた。
「やはりお勧めするには、まず味見をしていただかないと。」
マスターはそう言って、ほんのわずか(深さ1cm)なウイスキーのストレートを俺に差し出した。俺は匂いを嗅ぎ、グラスを傾け、一嘗め……
「……」
口と鼻に広がる、油のような濃厚さ、煙の香り、ヨードの香り、潮風の塩辛さ……他にも色々な味と香りが、俺の中で爆発した。
「……俺、人生損してた?」
そんな言葉が、自然に口から出た。
そして俺は、ウイスキーの魅力に嵌ったのだった。




