9話
マギ管の医療スタッフと香坂さんに案内され、俺は血液検査、身長、体重、血圧といった一般的な検査項目を受けていく。
途中、”魔力波長検査“という聞き覚えのない検査を受けることになった。
腕輪型の計測器をはめ、モニターを睨みながらスタッフが端末に何やら情報を打ち込んでいく。
採血の痛みはあったが、特に不快感もなく淡々と検査は進んでいった。
すべての検査が終わると、香坂さんに促されて再び応接室へ向かう。
――またあの重たい空気を吸わないといけないのか。
足が重くなるが、それは杞憂だった。
ドアを開けると、九重さんの表情は相変わらずだが、両親の顔はかなり柔らかくなっていた。
「あら、優おかえりなさい」
「検査は終わったのか?」
母の声には、はっきりと安堵が滲んでいる。
その後、九重さんは検査結果に”異常がない“ことを、数値を交えて淡々と説明する。
それに対して両親はほっと息をつき、肩の力を抜いた。
「魔力値は、男性の時に計測した数値と変化はありません」
説明を終えると、九重さんは魔力適性検査結果の用紙の上に、もう一枚紙を置いた。
「本題ですが……魔力適応特別身分制度をご存じでしょうか?」
何やら知らないワードが出てきたので、父の顔を伺う。
父も首を傾げ、母を見ている。
「それは、どういった制度なんですか?」
母が尋ねてくれた。
九重さん、話しかけ難いんだよな……
「では、二年前に導入された民間魔法少女制度をご存じでしょうか」
「……自衛隊で魔法少女の募集をかけたけど定員割れを起こして、EUのギルド制度を手本に導入した制度、でしたか?」
父も母も首を傾げていたので、勇気を出して口を開く。
――五点だ、とか言われたらどうしようと、恐る恐る九重さんを見る。
その瞬間、九重さんの背後で香坂さんが「かわっ……」と何かを呟き、顔を真っ赤にしてむせた。
「ゴホン、ええ、その通りです。民間魔法少女制度の制定に合わせて、導入された制度でして……」
五点ではなかったようだ。
心の中で講師の晴香と翔太に感謝する。
魔法に適応する過程で体に変化が起こる事象が報告された。
その現象の研究の過程で、性別や容姿が大きく変わってしまう可能性も否定できなかった。
そこで魔力の影響で重大な変化が発生した場合に備え、新たな身分を用意する制度。
――魔力適応特別身分制度、略して特身制度というのがあるそうだ。
「……つまり、”魔力で姿が変わった者のために新たな身分を与える制度”です」
また登録に関しても、「戦闘能力が皆無な能力に覚醒する人もいるし、”憲法上も戦う事は強制していない“、データベースに能力を登録するだけです」――とのことだった。
「それと健康状態の継続的なモニタリングが必要です。加えて、魔力暴走時に何が発生するかは未知であり、事前のデータ蓄積が不可欠です」
九重さんはメガネを指で押し上げた。
「……ですので登録をお願いしたい」
戸籍やマイナンバーの問題を一気に解決できる制度が、すでにあったなんて……
どうするの?と両親を見ようとした時――
「わかりました、九重さんになら安心して息子を任せられます」
「そうね、よろしくお願いします」
即決だった。
俺が血液を抜かれている間に、何があったんだろう。
――まさか洗脳?そんな不安が頭をよぎる。
「では、息子さんの能力の確認の間に、書類を用意させます」
能力の確認という実験が始まるのでは?
俺の不安をよそに九重さんが立ち上がり、香坂さんに目配せをする。
両親も特に引き止める様子はない。
俺はまだ状況が飲み込めないまま、次の部屋へと案内されることになった。




