79話
その後、浴場の方から聞こえてくる「冷たぁ〜い!」というセイラの声を背に俺と霞野さんは部屋に戻った。
室内には誰も居なかったので二人でテレビをボーッと眺めていると……
セイラの処分が終わったのだろう。
垣守先輩が妙にスッキリした顔で部屋の中に入ってきた。
「さぁ、次はあなたよ、月城さん」
「いや、私は大丈夫かなって」
俺には最終兵器として魔眼がある。
むしろ他の人より危険を察知する力は強いはずだ。
なんか“圧”のようなものも感じるし、垣守先輩の危機管理教育はできれば遠慮しておきたい。
「ふーん」
垣守先輩は相槌を一つ打つ。
そして、座布団を枕にして寝転がりながらテレビを見る俺の正面に立った。
「もしかして、自分は危機管理ができている、とか思ってる?」
「えぇ……まぁ……」
俺の返答に先輩の眉がピクリと動く。
そして、テレビの画面を塞ぐように体を動かし、俺に視線を合わせるようにしゃがみ込む。
そして、その視線を下の方へ落とし――
「水色ねぇ……」
唐突な一言。
垣守先輩の目線から見えるものにそんな水色のものなんてあっただろうか?
それこそ窓の先にある青い空……もすっかり茜色だ。
そこまで考えて思い至ってしまった。
俺は、癖で家の寝室にいる時と同じように外に向けて曲げていた右膝を折り畳む。
そして、はだけていた浴衣の裾を素早く直した。
「……」
正解だったのだろう。
先輩はニコッと笑みを浮かべると大きなため息を吐き出した。
「パンツ丸出しで寝っ転がってるソフィアちゃんは危機管理ができているのかな〜?」
「い、いえ、できてません……」
「だよね〜、男子がここに居たら襲ってくださいって言ってるようなものだもんね〜」
「は、ハイ、そうですね……」
どうやら危機管理というのは、殺気に対するものではなく、性的な視線に対するものだったようだ。
確かにそっちの方は、色んな人にやたらと無警戒だとか言われている……
心当たりがありすぎてぐうの音も出なかった。
「それじゃ、パンツ丸出しソフィアちゃんに危機管理というものを教えてあげるわね」
「いや、そのパンツ丸出しっていうのやめません……?」
「胸は簡単に揉まれる、素っ裸で大股開き、パンツは丸出し、スリーアウトなのよ」
「はい……おっしゃる通りです……」
それから、垣守先輩の危機管理教育という名を冠した淑女教育は晩御飯の時間まで続いた。
歩き方や座り方、階段の上り下りまで徹底的に指導をされ、個室で晩御飯を食べる頃には満身創痍だった。
温泉に来たというのになんか疲れ果ててしまった。
それでも、美味しいご飯を食べて無事に失ったHPを大回復させることができた。
さっきまでの特訓の裏返しか多幸感に包まれた俺は自分の部屋にサッと帰った。
そして布団が並べられた二つの部屋のうちの一つへ吸い込まれていき――
そのまま布団の中へとダイブ。
あっという間に意識はみんなの笑い声の中に溶けていった。
――が。
「うっし、それじゃ卓球大会を始めるぞ〜!」
楽の大声に叩き起こされてしまった。
一体何が……と周囲を見回すと。
そこは、さっきまでいた畳の部屋ではなく――
卓球台が二つ並んだ大きな部屋だった。
そして、自分に覆いかぶさっていたはずの布団はどこに行ったんだと身を捩った瞬間。
ガタっと音が鳴る。
「へっ?……」
お腹に感じた圧迫感に下を見下ろすと腰のあたりに巻かれている縄。
そして、“景品”と書かれた紙の札が自分の首からぶら下がっていた。
「お? 景品がお目覚めたみたいだな」
「えっと、これは一体……?」
今日、温泉に一緒に来たメンバーが勢揃いする中。
首謀者と思われる楽へ疑わしげな視線を投げかける。
「温泉といえば卓球だろ」
「それはそうですけど、私は何故、椅子に縛り付けられて……?」
「それは……」
「それは?」
楽は、意味深な笑みを浮かべ、答えを勿体ぶる。
そこへ、勢いよくセイラが割り込んできた。
「フィアちゃんが卓球をしたら強すぎるんじゃないかって思ってね〜」
「え、なんで?」
卓球は昔、小学生時代に少しやったことがある程度だ。
ちなみに、実力は上手くもなければ下手でもないっていう中途半端な立ち位置だった。
そんな俺が何故。
マギ管のS級メンバーたちに卓球の実力を警戒されているのか……
「だってお前、魔眼で相手の挙動を読めるだろ?」
なるほど。
相手がスマッシュを打つタイミングや球の飛んでくる場所がわかれば確かに強そうだ。
楽の言葉に思わず納得をしかけたが――
「そんなことのために変身とかしませんよっ」
「とにかく、お前はレギュレーション違反なんだ」
温泉でやる卓球にレギュレーションなんてあるのか。
そう言ったところで相手は“楽”だ。
俺は諦めてため息を零す。
大人しく、観衆に徹するしかないようだ。
まぁ、九重先生とか白鷺さんが卓球をやっている姿にはそれはそれで興味がある。
ただ。
「この“景品”っていうのは?」
「折角、大会をするのに優勝トロフィーがないと興醒めだろ?」
楽は何、当たり前のことを聞いているんだ。とでも言いたげに首を傾げる。
「だから、優勝者にはソフィアの隣で寝る権利となんでも一つ命令できる権利を進呈することにしたんだ」
そして、楽はドヤァ、と胸を張る。
「いや、本人の許諾を得てくださいよ!」
「夜はまだまだこれからなのに寝てる奴が悪い!」
「そんなぁ……」
俺はただ、夕飯で食べたお刺身の美味しさを噛み締めながら夢の世界に旅立っていただけなのに……
みんなに助けを求める視線を送るが、返ってきたのは苦笑ばかり。
そして、助け舟どころか――
「折角、危機管理を叩き込んだのに呑気に布団を蹴っ飛ばして浴衣をまたはだけさせている月城さんには丁度いい罰になるんじゃない?」
垣守先輩からそんな容赦のない追い打ちまで飛んできた。
「寝相の悪さはどうにもできないですって!」
意識のない時にまで油断をするな、なんて寝首を掻かれる幕末の京都じゃあるまいし……
「それに、そんな景品欲しがる人なんているんですか?」
「あぁ、お前を景品にするって決めてから目の色を変えた奴が何人かいるぜ」
まじか。
“焼きそばパンを買ってこい”くらいの命令なら喜んで行くのだが……
それ以外の変な命令は拒否したりできるのだろうか?
そんな不安が頭をよぎったその時。
「その勝負、私も参加しても良いでしょうか?」
卓球ルームの入り口に女将さんが現れた。
話をすでに聞いていたのか着物の袖をきっちりと縛っている。
表情はやる気に満ち溢れ、魔法少女ではないのに何かオーラが見えそうな妙な迫力がある。
でも。
仕事中に卓球とかやって大丈夫なのか?
「タイムカードは既に切ってありますよ」
「なんでそんなにやる気満々なんですか……」
御神体である白鷺さんと卓球をやりたいとかそう言う動機だろうか。
というか、俺の心の声に普通に返事を返さないで欲しい。
「接客業をやっていれば、お客様の表情を読み取るスキルが自然と磨かれるのです」
「す、すごいですね……」
凄いんだけど、どこか薄ら寒いものを感じる。
「それじゃ、女将さんも入れて卓球大会をやるぞ〜!」
こうして、楽の宣言の下。
マギ管対抗翠嶺閣卓球大会が始まったのだった。




