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緋眼のアイリス  作者: 惰浪景
第三章

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77話

 女友達と一緒にお風呂入る時の注意点としてだ。

 目線はどうしたら良いのか。

 距離感はどのくらいが最適なのか。


 多分、世の女性たちはそんなことを考えて温泉に入ることはないだろうが――

 俺は中身が男なのでどうしてもそんなことを考えてしまう。

 

 そして。


 俺が出した結論は――

 まず、大浴場に入るとかけ湯をして内風呂を楽しむ人が多いと予想。

 そこで敢えて一番最初に着替えを済ませて露天風呂に直行。

 みんなが露天風呂に来るタイミングで入れ替わるように内風呂に行く。


 つまり、みんなと動線が被らないようにする孤高の一匹狼作戦だ。

 これなら、罪悪感と気まずさに押しつぶされそうな時間を最小限にできる。

 

 我ながら完璧な作戦だ。


 そう自画自賛をしつつ、ガラガラと大浴場に続く扉を開け、一歩目を踏み出した瞬間――


「おう!ソフィア、遅かったじゃねぇか!」


 作戦は最序盤の準備段階で頓挫してしまった。

 声のした方へ視線を向ける。

 すると、壁際の小さな浴槽に体を沈ませた楽がこちらに向かって手を上げていた。

 そういえば、一番風呂はオレ様だ、とか言いながら走ってたなぁ。


「楽……はやいね……」


 いや、まだチャンスはある。

 適当に声をかけてこのまま露天風呂に向かえば良い。

 今だけ限定で俺は誰とも群れない一匹狼なのだ。

 そう自分に言い聞かせる。

 そして、視線をそっと筋肉質の美しく均整の取れた肢体を惜しげもなく晒す楽から逸らした、が――


「お前もこっちに入ってみるか?」


 そう声をかけられてしまった。


「いや……」

「そう遠慮すんなって」


 そう言われれば、断るのが難しい。

 俺はサッとかけ湯を済ませると、恐る恐る足の指先を楽の居る浴槽の水面に浸した。


「冷たっ!」


 しかし、楽が気持ちよさそうに身を沈めていたのはまさかの水風呂だった。

 予想していなかった水温に慌てて足を引っこ抜いた。

 

 その瞬間――


 もう片方の足がつるりと滑りバランスを崩してしまった。


「ひゃっ……」

「あぶなっ」


 自分の喉から、変な声が出るのと同時に楽が慌てて駆け寄ってくる。

 

 そして――


 楽に背中から抱きしめられるようになりながら尻餅をついた。


「悪いっ、大丈夫か?」


 耳元を擽るように聞こえてきた声に後ろを振り返って小さく頷く。


「うん……ありがとう」


 楽のおかげで頭を打ちつけるような事態は避けられた。

 しかし、落ち着いて頭が冷静になると今度は別のことが気になってしまう。

 そう、背中に何かむにっと柔らかいものが押し付けられて、それが潰れている感触がするのだ。


 俺はそこから逃れようと素早く身を起こそうとしたのだが……

 それよりも早く、脱衣所に繋がる扉が開く。


「あれ〜フィアちゃん、なにやってる……の」


 セイラ、霞野さん、白鷺さん、垣守先輩。

 四人が大浴場に足を踏みいれようとしたところで立ち止まる。

 突然、電池が切れたように固まったセイラ。

 どうしたんだろうか?と彼女の目を見るとその視線がある一点で釘付けになっている。

 

 俺はその視線をなぞるように追って――


「……っ!!」


 転んだ時のまま広がっていた両脚を慌てて閉じ、その間にあるものを隠すように反射的に手を差し込んだ。

 顔中に火がつくようにかっと熱くなる。


 それと同時。


 霞野さんが突如、たらりと鼻血を垂らす。


「はぁ、ゆかりは一度、扇風機でも浴びて落ち着いた方がいいね」

「ですね……」


 白鷺さんがそう言って霞野さんを脱衣所の中へ連れ戻す。

 垣守先輩はそれを背にゆっくりと俺の方へ歩み寄る。


「もう、お風呂場で走って転びでもしたの?」

「いや……これは……」

「オレ様が、水風呂を勧めた結果っていうか……まぁとにかく!オレ様が悪い!」

「そう、不慮の事故だったのね、まぁ、怪我がなくてよかったわ」


 そして、先輩は俺の方へ手を差し出してくれた。

 

「ありがとうございます」


 俺はその手を握ると立ち上がる。

 そして、真っ赤になっているであろう顔を冷やしたい一心で露天風呂の扉を目掛けて歩き出した。


「待ってフィアちゃん〜、私も行く〜」


 今の極限まで高まった羞恥心の原因でもあるセイラが追いかけてきた。

 結局、俺の一匹狼大作戦は上手く行くどころか大失敗で終わる運命になったのだろう。


 俺は諦めて虚空を見つめるとそっと露天風呂の扉を開く。


「おぉ〜すごくいい雰囲気だね〜」


 まず目に飛び込んでくるのは木で作られた大きな屋根。

 庭の植えられた色とりどりの草木を照らし出す柔らかな照明。


 そして、屋根の下にある岩を組んで作られた大きな岩風呂。

 そこへこぽこぽと音を立てながら高い所から降り注ぐ温泉。


 まさに“癒し”と呼ぶに相応しい空間がそこにはあった。

 セイラの感嘆の声に俺はうんうんと頷きながらゆっくりと全身をお湯の中へ沈めていく。


「はぁあ〜」


 己が先程晒してしまった痴態など溶けていきそうな心地よさだ。


「フィアちゃん、なんかおっさんっぽいよ〜」

「いいんです、ここは魂を解放する場所なので」


 俺の隣で足を伸ばすセイラにそう返すと彼女は「そっか」と一言。

 

 そして――


「はぁああ〜」


 魂を解放し、蕩けたような顔になる。


「ふふっ、確かにこれはいいかも〜」

「でしょう?」


 二人で顔を見合わせてくすっと笑みを浮かべあったその時――


「飲酒直後の入浴は血圧の低下、脱水、血中アルコール濃度の上昇を同時に引き起こす。その結果、意識の喪失に至る可能性がある。引き返せ」


 壁を挟んで向こう側。

 男湯の方から先生の声が聞こえてきた。


「えぇ〜、一本しか飲んでないし大丈夫ですよ」

「お前は代替不可能だ。万が一を想定しない判断は許されない」


 何というか、九重先生らしい忠告だ。

 俺は湯船から立ち上がると男湯の方へ声を張り上げる。


「そうですよ!石動さんが倒れたらみんな困るんですから、ご自分のお身体は大事にしてください!」

「そうそう〜石動っちが居ないと私が適当に指示を出しちゃうよ〜」

「だ、そうだぞ」


 しばらく、お湯が湯船に落ちる音だけが響き――


 ため息をつく音が壁の向こうから聞こえてきた。


「そうだな……すまん……軽率だった」

「わかれば良い」


 その後、足音が一つ遠ざかっていった。


「女湯にいる二人はもう声をかけて来ないように。男湯の人間が興奮状態なのが認められる」


 九重先生からのその声に俺たちは湯船にゆっくりと口元まで沈めたのだった。


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