74話
琴音のその声に俺と矢島さんは弾かれるように白鷺さんの方へと駆け寄った。
そして、琴音が指差した空に向かって視線を向ける。
「アレが魔物……?」
青色が視界のほとんどを埋め尽くす。
その中に一点だけある黒い点。
鳥だろうか?
ゆっくりとビルと同じくらいの高度を円を描くように旋回している。
「ボクのタレットは魔物の魔力に反応するようになっていてね、あの鳥に反応しているんだ」
「なるほど」
魔物なのは確定だとして――
そうなると、どうやって撃ち落とすのかが問題になる。
「私の銃は、あの高度を飛行する相手じゃ、ちょっと……自信はないかな……」
「私はそもそも近接系だから地面に降りて来てくれないとキツイわ……」
「ボクのタレットも……あの高度は射程外だね」
「私もちょっと……無理かな」
あの高さを飛ばれると流石に誰も攻撃する手段がないようだ。
「降りてくるのを待とうか、どこかで羽を休めなければいけない時が来るだろうし」
「そうですね」
それから、みんなで注意深く空を眺める時間が流れる。
そして――
ずっとぐるぐると滑空を続ける魔物を注視し続けて首が痛くなってきた頃。
「あー、もうっ、ぜんっぜんっ降りてこないじゃない!」
堪え性のない琴音がキレた。
「空を飛ぶ魔物は珍しいけど、こんなに滞空時間が長いのも珍しいね」
「羽ばたいてるようには見えないんですけど、ずっと滑空してますね……」
羽をほぼ使うことなく、高度を変えない。
野生の勘の為せる技なのだろうか?
「ちょっと、感心してる場合⁉︎」
「まぁ、今はこちらから打てる手がないし、落ち着きましょう?」
エレナが琴音を宥めにかかる。
「エレナの言う通りだよ、あっちもあの高度を飛んでるうちは何もできないだろうし、ここは我慢だ」
俺も琴音を宥めに入った時。
白鷺さんの方がピクッと揺れた。
「高度を落とし始めたよ」
ようやくか……
そう思いながら空へ目を向けると黒い点が徐々に大きくなっていく。
「こっちに向かってますね」
「こっちにはS級のNo.1とトップクラスのA級が三人も居るのよ!ギッタンギッタンにしてやるわ!」
「飛んで火に入る夏の虫って日本の言葉がピッタリなやつね?」
「だね」
誰もが笑みを浮かべて獲物を迎え撃つ準備を整える。
魔物との距離が狭まり、徐々に輪郭が露わになっていくのだが。
全身が黒色のせいで、俺の眼でもイマイチどんな特徴があるのかを掴みきれない。
いや……
そもそも黒いことが特徴じゃないか?
「体長は3mくらいかな?キミの眼なら何の魔物か判別できないかい?」
「……デカいカラス、ですかね?」
カラスだと思えばシルエットや飛び方もゴミ捨て場でよく見る“奴ら”にそっくりだ。
「なるほど、確かにカラスに見えるね」
白鷺さんがそう言ってエレナが静かに銃の照準を真っ直ぐに突っ込んでくるカラスに合わせた瞬間――。
カラスは何かを投下して、一気に急上昇。
お尻の方から落ちてきたモノは真っ直ぐに俺たちの方へ向かってくる。
公園の木が枝を伸ばし、それを空中で受け止めた。
刹那。
ベシャッ
少し粘度のある物体がぶつかる嫌な音。
それと一緒に白い飛沫が周囲に四散した。
“糞”と思われる物体を真正面から受け止めた公園の木はみるみるうちに生気を失っていく。
液体のかかった芝生から白煙が立ち込め、その上にポロポロと枝葉が崩れ落ちる。
そして、鼻を刺すような悪臭が風に流されて漂ってきた。
「最悪っ……」
「この、人を目掛けて糞を投下する悪辣さ、まさしく……」
「カラスだね……」
爆撃の戦果を確認したいのか、先程よりも低い所をゆっくりと旋回するカラス。
そして――
「ア、ホォー、ア、ホォー」
そんなカラスの鳴き声が聞こえてきた。
カラスが魔物化すると人をおちょくる方面に特化するらしい。
思わずまた感心していると――
「このっクソバードがっ、F※※――っ!」
そんなアメリカらしい罵倒を言い切る前に慌てて口を抑えるエレナ。
しかし、怒りの方は抑えきれなかったようだ。
「ちょっ……」
俺が宥めるよりも先に銃声が空を切り裂いて何度も響く。
怒り任せの弾丸をカラスは空中で冷静に機動を変えて回避する。
ミッションで大事なのは、冷静さを欠かないことだ。
そう教えているかのような落ち着いた飛びっぷりにエレナが悔しそうに唇を噛む。
「頭にきたっ!ちょっとソフィア!アイツに目にもの見せてやんなさい!」
ここまで感情剥き出しにするエレナは初めて見るが――
空を飛ぶ相手に俺に何をしろと言うんだ……
思わず半目になって彼女の横顔を見た時。
ふと、視界の中に“あるもの”が映り込む。
アレなら、あの高度まで届くかも――
試してみる価値はあるはず。
俺はバッと後ろを振り返ると先ほど矢島さんと話していたトイレの方へ走り出す。
「ちょっとソフィ⁉︎」
琴音の困惑した声を背に受けながら、トイレまで来ると入り口の横にあった自販機へ。
サッと読み取り部分にスマホをかざす。
ピッという電子音の後――
ガコンッという音と共に水に入ったペットボトルが落ちて来た。
「水分補給なんてしてる場合じゃないでしょ!」
「水分が欲しかったわけじゃない」
ペットボトルを片手に琴音たちの方へ戻る途中。
ロープ柵の端の部分を刀で斬り飛ばす。
取り出した長いロープをペットボトルに括りつけ――
「白鷺さん」
「わかった」
説明は要らなかった。
俺の意図を一瞬で察してくれた白鷺さんが頷きを返してくれる。
それを確認した俺は魔力を流し込んだペットボトルを遠くに向けて投擲。
「流石にそれはあのカラスに届かないんじゃ……」
そう呟いた琴音の視線の先。
魔力の影響で青白く発光したロープを尾のように引っ張るペットボトル。
それが不自然なほどくの字に折れ曲がった木の枝に絡まる。
俺はそれを視認した瞬間に一気にギアをあげて走り出す。
刹那――。
白鷺さんの能力でくの字に折れ曲がった木が弓のようにしなり、反対方向へ一気に跳ね返る。
ブンッ――!!
ロープが音を立てて引き絞られてその先に繋がっていた俺の身体は勢いよく空へと投げ出された。
急速に地面が遠ざかり、背の低いビルの屋上がチラホラと見えた頃。
近づいてくる物体に気付いたカラスが慌てて方向を転換させるが――
遅い。
「繊月一閃」
すれ違いざまに斬撃を一つ飛ばす。
巨大なカラスだ、的はデカい。
放たれた斬撃は少し先を飛ぶカラスの片方の翼を斬り落とす。
片翼を失ったカラスは重力に抗うことができず横回転をしながら地面へ堕ちていく。
それを白鷺さんの植物タレットがキャッチ。
「ガァァァアア!!!」
魔物の悲鳴が都会のビル群に反響した。
それと同時に俺の身体も勢い失い、地面に向かって吸い込まれ始める。
このまま落ちれば地面に叩きつけられる。が――流石に着地のことを考えずにここまで来るなんてことはない。
視界の端に見える屋上の手すりに目掛けてロープを投擲。
ペットボトルが金属製の柵に引っかかった感触がロープを通して手に伝わる。
ロープがピンッと張り詰め、身体がオフィスビルの壁に引き寄せられる。
俺は壁に向けて両足を向け――
トンっ。
強い衝撃が足から伝わってきたが無事に着地。
一旦落下の勢いを殺すことができた。
あとは――
ロープに魔力を込めて、先端部分のペットボトルをうまく柵から外す。
これによってまた身体が重力に従い落下を始めるが――
今度は交差点にある信号機を支える金属のパイプ部分にペットボトルを絡ませる。
そこを支点にターザンをするように振り子のように身体がぶらんぶらんと空を切る。
そして――
地面に近いところでロープから手を離し、前転を挟んで歩道に着地。
「ふぅ」
うまくいった。
そう息を吐き出したのだが……
そういえば、着地した後のことは考えてなかったな……
顔を上げた瞬間に突き刺さる無数の人の視線。
目に見える範囲のほとんどの人が足を止めてこちらに眼を向けていた。
変身を解除してただのメイドになりきるのは……無理があるか。
どうしようと冷や汗が頬を伝ったその時。
「え?アイリス?」
近くにいたスーツ姿の男性の声が静かに鼓膜を揺らした。




