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緋眼のアイリス  作者: 惰浪景
第三章

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72話

 東京駅。

 多くの時代を超え、今日に至るまで、数えきれない人の行き交いを見守り続けてきた優美な駅舎。

 俺はその歴史を感じさせるレンガの建物を車の窓から仰ぎ見てため息を一つこぼす。


 どうしてこんなことに……


 綺麗に磨かれた高級ミニバンの窓。

 そこに反射して映る黒髪のウィッグに白いヘッドドレスを乗せた自分の姿。


 配信を通して行われた灰原さんによる白鷺さんの植物タレットの重要性の暴露。

 あの事件があってから初めての白鷺さんの出張。

 それで俺と琴音、そして――


 正式に日本の魔法少女となったエレナの三人で護衛の任務を請け負ったまでは良かったのだが……


「着いたね。それじゃ降りようか」

 

 茶髪のウィッグにネイビー色を基調としたクラシカルなワンピース。

 いかにもお嬢様といった装いに身を包む白鷺さんの声が後部座席から車内に響く。


「本当にこの格好で行くんですか……?」


 窓の外を行き交う人混みを見て急に恥じらいが込み上げてきた。

 やっぱり普通の格好でいいんじゃないか?

 俺は助手席から後部座席を振り返り、白鷺さんに視線でそう訴える。


「すまない、これがボクとその護衛と疑われずに護衛らしい動きをしても違和感がない“設定”なんだ」

 

 白鷺さんが申し訳なさそうにそう言う。

 その間に琴音とエレナが淡々と荷物を纏めていた。


「最初は視線が痛いかもしれないけどすぐ慣れるわよ」


 琴音がそう言ってドアのレバーを引き、スライドドアの開く電子音が鳴る。

 そして、背中で一つにまとめたオレンジ色の髪を揺らして駅前のロータリーへ飛び出していった。


「ミッションで大事なことは恥を捨てることだから」


 エレナも任務の心得を残しそれに続いて車を出ていった。

 どうやら、腹を括るしかないらしい。

 膝の上でギュッとエプロンドレスの白い裾を握っていた左手でドアのレバーをそっと引く。


 ゆっくりとドアが開き、外の新鮮な空気が中に流れ込む。

 膝下まであるワンピースのフリル付きの裾が揺れるのを感じながら一歩、外へ踏み出した。


 そして、開いたままの後部座席のドアの横で待機。

 最後に中から現れた白鷺さんにそっと手を差し出す。


「ありがとう」


 白鷺さんがそれに手を重ねて、俺に向かって微笑みを浮かべながら優雅な動作で降りてくる。

 高級感のある艶を放つ車の黒い塗装。

 そこに映る俺と白鷺さんは、しっかりと良家のお嬢様とメイドを演じていた。


 その様子に周りを通る人がこちらへ視線を向ける。

 でも、そんなに関心を集める光景ではないらしい。

 すぐにまた視線を戻し、立ち止まるような人は誰もいない。


 なんでお嬢様が電車移動なんだ!

 そんなツッコミが起きそうなアニメやドラマでしか見ないような服装。

 痛々しささえ感じさせる軍団だが……

 意外と溶け込めているっぽい……?


 そう思いながら車を見送り、駅舎の中に向かって歩みを進めていく。

 そしてこの格好のまま改札をくぐり、新幹線ホームの上までやってきた。


「本当にすまないね……」


 指定席の待機列で白鷺さんがぽつりと呟く。


「何がですか?」

「いや、本来ならボク一人で行けるのにA級の魔法少女が三人もつくようなことになってしまうとは、と思ってね」


 “これまで”は白鷺さんと政府から派遣されたSPでの移動が問題視されることはなかった。

 

 でも、今は――


 灰原さんが白鷺さんがこの国の魔物への対処で最重要人物だと暴露してしまった。

 さらに灰原さんは白鷺さんの命を狙うような動きをしていた。

 

 その結果、白鷺さんの護衛には近接に強い魔法少女が最低一人つくこと。

 正体がバレないように行動すること。

 そんな指針がいくつも付け加えられたらしい。


「ぜ〜んぶ、あの万年発情男の灰原のせいだから気にしないでよ」


 万年発情男……

 そう言われると、彼の欲望に滾った視線が蘇り、背筋にゾクリとしたものが走る。

 今度会ったらセクハラのバーゲンセールとか言ってやる。


 俺はそう静かに決意を固めながら琴音の言葉に頷いた。


「そうですよ、白鷺さんが謝ることはありませんよ」


 俺がそう言った瞬間。

 列車の接近を知らせるチャイムがホーム上に鳴り響く。

 自動音声が停車する駅を品川から順に呪文のように唱える中。

 エレナが突然パッと目を輝かせて顔をずいと俺へ近づけた。


「品川からはあのリニアってやつに乗れるのよね? 楽しみね〜」


 まるで遊園地のアトラクションを待つような弾んだ声音。

 どうやらエレナはリニア中央新幹線に乗るのを心から楽しみにしていたらしい。


 だが……


 アメリカで何度も死線をくぐったであろう彼女。

 日本に来てからも生きることに必死でニュースを目にすることがなかったのだろう。

 

 気まずい空気が流れて、白鷺さん、琴音、俺の三人が顔を見合わせる。

 誰が、彼女の夢を壊すのか……

 

 そして――


 口を開いたのは白鷺さんだった。


「リニアはもう走ってないよ」


 その一言はエレナの今日一番の楽しみを奪うには十分すぎた。

 彼女は雷に打たれたように固まり、動かなくなってしまう。


 そこへゆっくりと俺たちのスカートの裾を揺らしながら新大阪行の新幹線が入線。

 エレナは魂が抜け落ちたまま開いたドアの中へ吸い込まれていった。

 車内に入ると三列シートの一番窓際に白鷺さん。

 その隣にエレナ、俺、通路を挟んで琴音の順で席に着く。


「昔は名古屋までリニアで四十分だったんだけどね」

「便利だったわよね〜」


 リニア中央新幹線。

 2027年に開業するとしていたが様々な困難が重なり、工期は伸びに伸びた。

 2040年頃にやっと名古屋までの区間が開通。

 その後、大阪まで繋がったのは2050年を過ぎてからだった。

 時速500キロを誇る夢の超特急。

 そんな言葉で語られていた時代は確かにあった。

 

 記憶は朧げだが俺も小さい頃に一度乗ったことがある。

 大阪まで六十分の時代があっただなんて今からはとても想像ができない。


「何で今は走ってないの?」

 

 三人でかつて走っていた夢の超特急に思いを馳せているとエレナが口惜しそうに問いかけてきた。

 

「原因はトンネルだよ」

「トンネル?」


 エレナは白鷺さんの解説にまだピンとは来てないみたいだ。

 首を傾げたまま、新幹線の天井あたりに視線を泳がせる。


「リニア中央新幹線の大阪までのおよそ440km。そのうち、九割はトンネルなんだ」

「それと、今は走ってないことに何の関係が……?」

「魔物が出るんだよ……」


 ポツリと呟くように告げられた、リニアが休業に追い込まれた理由。

 それを聞いたエレナはしばらくの沈黙の後――


「なるほど……」


 小さく、納得の言葉をこぼした。


「そんな長いトンネル区間、魔物を狩って維持するだけでも相当な労力よね……」

「だから今は、駅の近くで何重もの鋼鉄の扉を使ってトンネルの入り口に蓋をしているんだ」

「そっか……」


 エレナの残念そうな声。

 それを新幹線の車輪があげる甲高い唸り声がかき消していく。

 

 やがて――


 新幹線は目的地の名古屋駅のホームへと飛び込んでいく。

 降りる人が席を立ち、荷物棚から自分の荷物を取り出し、通路に列ができ始める。


 にわかに騒がしくなった車内。

 俺たちも下車しようと席を立ったそれとほぼ同時。


 後ろの席のお客さんも一斉に立ち上がる。

 その中に見たことのある顔を見つけた俺は――


「あれ?矢島さ……」


 彼の名前を言おうとした寸前で慌てて自分の口を両手で塞いだ。

 以前、彼と会ったのは白鷺さんと出会った時の学校の中庭だった。


 矢島緑地開発の社長と名乗り、その後、タイタン戦でも白鷺さんを後ろに乗せてバイクで颯爽と現れた強面の男性。


 今になって思えば――


 彼。

 いや、彼らはずっと影から白鷺さんの護衛を務めている人たちなのだろう。

 

 気軽に声をかけるようなことはやめておいた方がいいかもしれない。

 その証拠に彼は口元に弧を描くと、そこへ「シー」っと人差し指を真っ直ぐに突き立てたのだった。

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