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緋眼のアイリス  作者: 惰浪景
第二章

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71話

「弟?」


 白鷺さんの“弟”なんてこの場にいただろうか?

 

 まさか。


 このメガネの男性は――

 

「私はどう見ても白鷺環さんより年上でしょう……」


 白鷺さんの身内だったのか⁉︎

 そう訴えるように視線を向けるとメガネの男性は呆れ顔で首を横に振る。

 じゃあ誰が……?


 困惑が広がる中、白鷺さんがゆっくりとメガネの男性の方へ歩みを進めていく。

 男性の正面に立つと、ゆっくりとした動作で片手を伸ばす。

 そして、男性の隣。


 エレナの肩へポンッと手を置いた。


「ずっと何処に行ったのかと探していたんだよ、“英司”」


 エレナではなく、“英司”。

 聞き覚えのない名前にこの部屋にいる全員がポカンと口を開ける中。


「……え?」


 エレナの間の抜けた声がポツリと響いた。


「身元を証明する手段がなかったことをまだ怒っているのかい?」

「いや、さっきから何を……」


 俺もだが、エレナも話についていけず、困惑した様子で言葉を返す。

 それに構うことなく白鷺さんは捲し立てるようにさらに続けた。


「キミのために特身制度という制度を作ったんだよ、これでまた元通りに暮らせるはずさ」


 そして白鷺さんは部屋の扉の方へ声をかける。


「理央」


 その呼びかけに応じて、鴉羽さんが無言で部屋に入ってきた。

 彼女は俺たちの横を無表情で通り過ぎるとテーブルの前まで行き――

 その上に二枚の書類を広げた。


「ここに居る、“白鷺エレナ”は米国籍ではなく、日本国籍の持ち主です」

「……は?」


 政府の人たちが慌てるようにその書類を覗き込む。

 彼らが氷のように固まって言葉を失う中、その反対側から俺たちもテーブルの上へと視線を向けた。


「魔力適応特別身分登録申請書……」


 俺が女の子になって、九重先生から説明を受けた時と全く同じ書類……

 それが、机の上に置かれていた。

 

 適応前と書かれた用紙には“白鷺英司”という名前と高校生くらいの男子の顔写真。

 適応後と書かれた用紙には“白鷺エレナ”という名前と――


 エレナの顔写真が貼り付けられていた。


 テーブルを挟んで向こう側。

 メガネ越しでもわかるくらい男性が限界まで目を開き、口をわなわなと震わせる。


「馬鹿な……」

 

 そして何かに気づいたようにハッとした表情になった。


「そもそも、これはちゃんとした正式な書類なんですか? 友達を助けたいからと言って騙すような真似は……」


 男性がそう言った瞬間。

 鴉羽さんの手で書類の隠れていた部分が露わになる。


「なっ……」


 そこには、マギ管、法務省、役所などの判子が整然と並んでいた。


「彼女は正式な日本人だ、君たちの言っているエレナ・モーガンとは別人だと思うのだけど……」


 白鷺さんはメガネの男性のすぐ側まで行くと彼の顔を下から覗き込む。


「どうだろうか?」


 男性は唇を噛み黙り込む。

 そして、短く息を吐き出した。


「……どうやら、何かの手違いがあったようだな」


 何処か力の抜けた声でそう告げるとエレナの腕を解放。


「帰るぞ……」


 部屋の脇に置いてあったカバンを手に他の二人を後ろに従えて足早に立ち去っていった。


「なんとかなったんですか……?」

「……まあね」

「ちょっと、何があったかイマイチわからないんだけど……」


 琴音が開いたままの扉越しに政府の人たちの背中を見送りながらそう呟いた。

 それに応えるように白鷺さんはゆっくりと“何をしたのか”を説明し始める。


「簡単に言うと、できたばかりで穴がある制度を利用してエレナをボクの妹の枠にねじ込んだってところかな?」

「あの英司さんっていうのは……?」

「ある日突然、魔力の影響で女の子になってパニックを起こしてね。そのまま家を出て行方不明になったボクの弟さ」

「その英司をエレナにしたってこと?」


 DNAとか、魔力適性の違いとか調べたらすぐにバレそうな設定だけど……

 判子があるということは無事に通ったのだろう。


「性転換をした結果、たまたまエレナ・モーガンという人物に容姿がそっくりだったというのが筋書きだね」

「……なるほど、それであとは性転換後の姿を特身制度で戸籍に登録してしまえば……」

「そういうことさ」


 まさか、こんな手法でエレナを無理矢理日本人にできるなんて……

 驚きを通り越して仰天だ。

 

「……でも、その英司さんは大丈夫なんですか?」


 英司さんをエレナとしてしまえば、その英司さん本人が大変なことになるんじゃないか?

 俺のその懸念に白鷺さんは少し視線を逸らしながら答える。


「まぁ、問題はないよ」


 本当に問題はないのか……?

 そう疑いたくなるような白鷺さんにしては力のない返事。

 思わず彼女をジッと見つめていると、白鷺さんは咳払いを一つした。


「それで、色々勝手に進めてしまったんだが、大丈夫だっただろうか?」


 白鷺さんがそうエレナに尋ねるが……

 エレナは机に両手をつき、ずっと自分の写真の載った書類に視線を落としていた。

 そして――


「……本当にいいの?」


 そう一言。

 白鷺さんはまるで夢でも見ているかのような反応を示すエレナの腰にゆっくりと手を添える。


「キミはボクの命の恩人の一人だからね。これはちょっとした恩返しさ」


 白鷺さんが灰原さんに命を狙われた時。

 彼女の進路を塞ぐように現れ、銃口を向けてきた男。

 その男の銃だけを正確に撃ち抜いて白鷺さんを助けた。

 それが、エレナだった。

 

「もちろん、しばらくは“妹”としてボクの家で一緒に生活をしてもらうことにはなるけど」


 その白鷺さんの言葉は“日本での彼女の居場所を保障する”。

 そう聞こえてきた。

 エレナはその言葉を受け止めて小さく肩を震わせる。


 そして――


「……ありがとう」


 かすかに震える声でそう呟いた。


「まぁ、もう一人の命の恩人のたっての願いだったからね」

「そうなの……?」


 白鷺さんはエレナに対して静かに頷くと俺の方へとゆっくりと視線を向ける。

 

「このソフィアがどうしてもエレナを助けたいって言ったんだよ」

「そうそう、お陰でマギ管のほぼ全ての部署を動員する大騒ぎだったのよ」


 “ほぼ全ての部署”

 鴉羽さんの補足に俺は言葉を失う。


「えっ……そんなことになってたんですか……?」

「そうよ、あの書類を通すのにはすごい労力がかかったんだから」

「それは、ごめんなさい?」

「ホントに……人をこんなに動かしといて目を覚ますのが遅いわよ」


 鴉羽さんはそう言うと、ゆっくりと腕を伸ばして俺の額へ手を近づける。

 

 そして――


 ペシッと、本日二度目のデコピンを頂戴してしまった。


「みんな心配したんだから」

「ごめんなさい……」

「クレセントムーンとセイラなんかほんとにここ最近元気が全くなくて……」

「あ、あぁ〜理央ちん、そういうことは言っちゃダメ〜!」

「私のはちょっと脂っこいラーメン食べて胃の調子が悪かっただけよ……」


 琴音とセイラにも随分と心配をかけてしまったみたいだ。

 能力の限界には気をつけないとな。

 そう改めて自分を戒めていた、その時。


「そ、ソフィア!!」


 エレナが突如、肩を震わせて俺の名前を呼んだ。

 その声に弾かれるようにエレナの方を振り向き、息を呑む。


 そこには――

 パッと花が咲いたように満面の笑みを浮かべているエレナがいた。


「ありがとう!!」


 その力のこもったお礼に胸の奥から熱いものが込み上げてくる。


「いえ……エレナ自身の行いがみんなに助けたいって思わせた結果だと思うので、そんなお礼を言われることなんて何も……」


 そう言っている間にも込み上げたものは俺の中に溜まっていき――

 やがて涙となって頬を伝い落ちてしまった。

 中身は男としてこれは恥ずかしい。

 そう思いながら溢れ出るそれを必死に止めようとしていると――


 いつのまにか真っ正面にいたエレナがそっとハンカチで目元を拭ってくれた。

 そして、クスッと笑みをこぼす。


「なんで私じゃなくてあなたが泣くのよ」

「ごめん……」


 恥ずかしさに身を縮こませながら、小さく謝罪の言葉を口にする俺。

 エレナはただ、笑みを浮かべながら甲斐甲斐しく俺の頬を拭い続けていた。

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