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緋眼のアイリス  作者: 惰浪景
第二章

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70話

 病室を出ると廊下を足早に進み、エレベーターに乗ると、六階のボタンを押す。

 しばらくして、左上の数字が“6”と表示されて扉が開く。


 エレナがいる部屋はどこだ、とホールに飛び出すと、白鷺さんが立っていた。


「待ってたよ、寝坊助さん」

「すみません、それでエレナは?」

「向こうの部屋だよ」

「ありがとうございます」


 白鷺さんが指し示した部屋へと足を踏み出した時。


「キミのやることは、エレナにアメリカの出身だと言わせないこと、そして時間を稼ぐことだ」


 背中越しにそう声をかけられた。


「それができればあとはボクが何とかするよ」

「……はい」


 俺はそれに一つ頷きを返すと白鷺さんが指し示した扉へと歩み進め、扉の取手をそっと握る。

 覚悟を決めて、扉を横へスライドさせる。

 

 ガラガラという音のあと、小さなテーブルが一つ置かれた殺風景な部屋が視界に飛び込んできた。

 そのテーブルの前の椅子にエレナが腰掛け、スーツをきっちりと着こなした大人がそれを囲むように三人。


 彼らは一様に突然現れた患者衣のままの俺に少し目を見開いて怪訝な顔をした。

 この人たちが政府の人たちなんだろうか?

 どこか威圧的な雰囲気を放つ彼らにどう声をかけるべきかと悩んでいると――


「月城ソフィアさんですか?」


 エレナの正面にいるメガネをかけた知的そうな男性が声をかけてきた。


「は、はい」

「何かご用でしょうか?」

「え、え〜っと……」


 時間を稼げ。

 そう言われても、政府の人たちとまともに話し合えるような胆力や頭脳は俺にはない。

 視線が左上の天井あたりを彷徨い、どうしようと唸る。


「こちらは取り込み中です。用がないようでしたら、退室を願います」


 メガネ越しに男性の刃物のように鋭い視線が俺を貫く。

 俺はその重圧に押されるように視線を落とした――

 その瞬間、目を見開く。

 テーブルの下。

 足の上でギュッと握られたエレナの手が小さく震えていた。


 彼女の顔を見ると諦めと恐怖が入り混じったように瞳を揺らしながら、まるでジッと耐えるように机の上に視線を落としていた。


 白鷺さんを信じて、今の自分にできる全てを出し切る。

 俺は自分にそう言い聞かせるとゆっくりと顔を上げて震える口を開く。


「えっと、エレナはこれからどうなるんですか……?」

「それを聞いてどうしたいんですか?」

「エレナは友達なので、どうなるのか知りたいんです」

「あなた……」


 かき消されそうなエレナのか細い声が小さく鼓膜を揺らす。

 メガネの男性は小さく息を吐き出すと右手の中指でメガネを押し上げる。


「彼女は日本の在留資格を有していません。そのため、これから身柄をマギ管から我々のところに移すところです」

「身柄を移した後はどうなるんですか?」

「必要な手続きを経たのち、彼女の母国へ帰国してもらいます」


 感情の温度を感じさせない声音で淡々とアメリカへ返す手続きをするという男性。

 彼はただ忠実に自分の職務を正しく遂行しているだけなのだろう。


 きっと間違っているのは俺の方だ。

 そう頭では理解できてしまう。


 でも――

 

 正しいとか間違ってるとか、そんなことを考える前に友達を“助けたい”と思うことは罪なのだろうか。

 その想いは間違っているのだろうか。

 決めごと通りに物事が進むことに“納得がいかない”と声を上げること。

 それは間違っていることなんだろうか?


「さぁ、立って……」


 黒いレディーススーツを着こなし、髪をきっちりまとめた女性がエレナに声をかける。

 その瞬間――


「待ってください」


 俺はそれを遮るように声をあげた。


「まだ、何か?」


 メガネの男性の“邪魔をするな”という煩わしげな視線。

 俺はそれに臆することなく“時間を稼がないと“という一心で口を開いた。


「きょ、今日はいい天気ですね……?」

「……馬鹿にしてるんですか?」

「い、いや、ただ今日は絶好の運動日和だなぁ〜っと……」


 メガネの男性の視線がさらに凍りつきそうなほど冷える。

 部屋の温度が一段と下がり背筋がヒヤリとする。

 それでも俺は彼らを引き止めるために必死に言葉を探す。


「そうだ、運動といえば、私は最近、朝マラソンをやってるんですよ」

「……」

「そ、それでこの前なんか、20kmぐらい走っちゃったりして……」

「はぁ……もう行くぞ、エレナ・モーガンさん、立って貰っていいですか?」


 ダメだ。

 メガネの男性は冷たい視線を呆れた視線に切り替えて、意識をまた自分の職務へ向ける。

 こうなったら――

 物理的に止めるしかないか……?


 そんな、誰かに毒されたような物騒な思考が浮かんだ――その時。


「あははははっっ!!」


 部屋の入り口から大きな笑い声が響く。


「ソフィ、いくら何でもそれはないでしょ……」

「ホントにっ、フィアちゃん不器用すぎ〜」


 その声のした方向へ顔を向ける。

 すると、そこには額に手を当てた琴音とお腹に手を当てるセイラが立っていた。


「何ですかあなた達、いくらS級でも職務妨害ですよ」

「いやいや、私たちも友達が気になって様子を見にきただけだって〜」

「別にそんな急ぎじゃないでしょ?説明責任くらい果たしていきなさいよ」

「はぁ……事情はそこの月城さんに話したので彼女に聞いて下さい」


 政府機関の男性はセイラと琴音の説明を求める声に取り合う様子もない。

 まさに、とりつく島もないと言った感じだ。


「行くぞ」


短く告げるとエレナの腕を掴み立ち上がらせる。

 そのまま部屋の外に向かって歩き出したが……


 琴音とセイラが一歩前に出て進路を塞ぐ。


「何のつもりですか?改めて言っておきますが彼女は在留資格を有していません、日本に留めるなど不可能ですよ」

「いや〜そうだとしても心が抵抗しちゃってね〜」

「魔法少女をアメリカに送り返すなんて、殺すようなものなのにアンタは心が痛まないわけ?」

「それが職務ですから」


 男性はそう言うと、セイラと琴音の間を無理矢理押し通ろうとする。

 そして、それを通すまいと男性の肩を抑える二人。


「これ以上はいくら魔法少女でも看過できませんよ」

「アンタね〜その魔法少女に……」


 琴音が何かを言おうとした、その時――


「もういい!!!」


 怒鳴るようなエレナの叫び声が部屋の中に響いた。


「もういいの……私は日本で充分すぎるくらい色んなものを貰ったから……」

「エレナ……」


 男性に腕を掴まれたまま、彼女はゆっくりと俺の方へ歩み寄ってくる。


「最後まで私のために色々とありがとう。私はもう、それだけで充分だから」

「でも……」


 諦めて欲しくない。

 そう告げようとしたが彼女の浮かべたニコッとした笑みに俺は出かかっていた言葉を飲み込んだ。


「安心して、私、悪運は強いから、絶対に生き残ってアメリカで待ってるから」

「本人もこう言っているんだ、いい加減そこを退いてくれ」


 男性のその言葉に渋々、琴音とセイラが道を開ける。

 できた隙間を三人に囲まれるようにエレナが歩き出した――


 その瞬間――


「ボクの”弟“を一体何処へ連れて行こうというんだい?」


 白鷺さんが入り口に現れ、部屋の空気が一気に変わった気がした。


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