8話
俺は、”マギ管のお姉さん“こと香坂さんの運転する車に揺られていた。
隣には母、助手席には父が座り、向かう先は――魔法少女管理機構本部だ。
なぜ、こうなったのか。
――少し前のこと。
母に呼ばれて玄関に出てきた俺を見た香坂さんは、目を丸くし、戸惑い気味に問いかけた。
「……月城優さんで間違いないですよね?」
俺が頷くと、香坂さんはすぐに表情を引き締め、電話をかける。
短いやりとりの後、真っ直ぐこちらを見て言った。
「女の子になっているのは、想定外でした。健康状態の確認と、検査の結果について改めてマギ管本部でご説明させていただきたいです」
そう淡々と告げた後、ふっと笑みを浮かべた香坂さんは「ご同行いただけますか?」と続けた。
――そうして俺は、父と母と一緒に香坂さんの車に押し込まれることになったのだ。
体に異変が起きたその日の朝のうちに、マギ管へと運ばれる。
あまりの急転直下ぶりで頭がついていかない。
両親も黙り込み、車内にはモーター音とタイヤが路面を転がる音だけが響く。
不安と気まずさを抱えながら揺られること三十分。
車は繁華街を抜け、政府関連の施設が乱立する一画に入った。
「魔法少女管理機構」と書かれた案内が現れ、その通りに車は曲がった。
やがて、モダンでありながら威厳を感じさせる建物が見えてきて、正面にはエンブレムと魔法少女管理機構の文字。
――緊張で思わず背筋が伸びる。
車はそのままエントランス部分へ滑り込み停車した。
入り口のガラス張りの自動ドアの前では白衣を着た男性が立っていた。
さわやかな黒髪をなびかせ、メガネの奥の瞳は冷静さを宿している。
――いかにも研究者といった風貌だ。
「月城優さんで相違ありませんね?」
両親と共に車を降り、近づいてきた男性の問いに「あ、はい」と戸惑いがちに返答する。
「はじめまして、魔法少女管理機構研究部の部長兼、基幹魔理学研究室の室長を務めています、九重慧です」
――肩書がふたつある、めっちゃ凄そうな人が現れた。
九重さんは、表情もなく、じっと観察するような瞳を向けている。
――”マッドサイエンティスト“だったらどうしよう。
フハハッハハハッッ!!と、悪役の笑い声が似合いそうだ。
俺も実験動物にされるんじゃ……
「……あっはじめまして、月城優です」
自己紹介に何も返してない事に気づき、俺は慌てて頭を下げる。
両親も俺に続いて挨拶を返し、「中へ案内します」という九重さんについていく。
「……俺、モルモットにされない?」
「魔法少女管理機構に相談したのは失敗だったかしらね……」
母と小声でそんなやりとりをしつつ、応接室と書かれた部屋に足を踏み入れ「どうぞ」の言葉と共にソファに腰を下ろす。
香坂さんは水をとりに行ったのか隣の給湯室と書かれた部屋に入っていった。
ソファに座り、香坂さんがグラスに入った水を出すと九重さんは口を開いた。
「月城優さんは、男性でありながら極めて高い魔法適性が確認されています」
そう言うと魔法適性検査結果の書かれた紙を机の上に滑らせる。
検査欄には大きく――”魔力量S“の文字が記されていた。
「S……ですか……?」
父が震える声で確認する。
「S級魔法少女……特認コードホルダーに匹敵する魔力量です」
「ッ……」
父が絶句し、母も肩を震わせる。
S級と匹敵すると言われ、変な汗がぶわっと吹き出してきた。
「……その優はどうなるんでしょう?」
「まさか、戦わなければいけないなんてこと……」
両親の不安を受けても、九重さんの表情は動かない。
メガネの位置を指で直し、口を開きかけた――その時。
――コンコンと不意にドアがノックされる。
「月城優さんの検査の準備が整いましたよ」
わずかに開いた扉から、職員の人が顔を覗かせる。
その報告を聞いて九重さんは、短く告げた。
「まずは健康状態の把握を優先する。香坂、案内してくれ」
「はい」
指示を受けた香坂さんに促され、俺は気まずい空気の漂う応接室を抜け出した。




