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緋眼のアイリス  作者: 惰浪景
第二章

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69話

 過去の誰ともわからない様々な声がぼんやりとした意識の中に飛び交う。

 その騒がしさに起こされるように俺はゆっくりと意識を覚醒させた。

 

「ここは……」


 瞼をゆっくりと開く。

 ぼんやりとした視界の焦点が定まり、土ではなく白い建材でできた天井を映し出す。

 

「みんなは……」


 そう呟いた瞬間。

 慌てた様子で看護師さんが駆け寄ってきて俺の顔を覗き込む。


「月城さん、聞こえますか?」

「……はい」


 それからいくつかの簡単な質問に答えて、ゆっくりと体を起こそうとしたのだが……

 肩にそっと手を添えられて押さえられた。


「まだ、起きちゃダメですよ」

「あっはい」


 そのかわり、看護師さんは少しだけベッドの角度を起こしてくれた。

 それに背中を預け、俺は状況を整理する。

 巣穴の中で倒れてしまって……

 多分、またマギ管の医療棟に入れられたんだよな……?

 なんか女の子になってから病室に居ることが随分と増えた気がする。


 そんなことを考えているうちにさらに二人の看護師さんが入ってきた。

 そして三人がかりで血圧や体温を測られる。

 一人が血圧の数値を読み、残った二人が体温計を脇に差し込んだり、腕に器具を巻きつける。


 俺は寝転がったままそれを眺め、体温計を差し込んでピピッという電子音を、手持ち無沙汰に待っている看護師さんに声をかける。


「あの……」

「は、はいっなんでしょう?」

「他のみんなは大丈夫ですか?」


 そう尋ねた瞬間。

 静かに扉が開き、オレンジ色の髪を揺らしながら琴音が入ってきた。


「琴音」

「久世さんなら都内の病院で治療中で一命は取り留めたそうよ」

「そっか、良かった……」

「それで、民間人の女性も一応病院に搬送されたけど無傷だったからもう退院しているわ」

「エレナは?」


 彼女はどうなってしまったのか。

 俺が意識を失っている間にアメリカに返された、なんてことは起きていて欲しくない。

 布団をギュッと握り、琴音を見上げると彼女は僅かに視線を逸らした。


「マギ管で保護されたわ」

「……行かないと」


 まだ最悪の事態ではない。

 なんとか強制送還だけは回避しないと。

 そう思って起き上がろうとした体を琴音に抑えられる。


「落ち着いて!白鷺環が色々動いてくれてるから、ソフィは今、安静にしてないとダメ」

「でも……」


 別に元気なんだけどなぁ。

 と言おうとしたところでガラガラと音を立てて部屋の扉が開きセイラが入ってきた。


「そうだよ〜倒れたって聞いてすっごい心配したんだから〜」


 いつもの笑みを浮かべながら、こちらに歩み寄ってくるセイラ。

 彼女はベッドの真横まで来ると布団をギュッと握る俺の手を解かせ、そっと持ち上げた。

 そして俺の手の平から肘にかけてゆっくりと両手で撫でる。


 少しこそばゆい感触に戸惑いながらセイラを見ると彼女はやけに真剣な眼差しをしていた。


「セイラ?」


 俺の問いかけにセイラはゆっくりとこちらを向くと、包み込んでいた俺の右手を解放した。

 そこから、今度は俺の額に向けて手を伸ばし――


 ぺちっ。


「いたっ」


 唐突にデコピンを放ってきた。

 右手で額を抑えながら困惑気味にセイラを見上げる。

 すると彼女は、ふっと表情を緩めて笑う。


「A級昇格おめでとう、フィアちゃん」

「……え?」


 A級?

 突然のことに頭が追いつかない。

 自分でもよくやっている方だとは思ってはいたが……

 いくらなんでも早すぎるのでは?

 魔物の知識もまだまだだし、経験値という面では他の魔法少女には遠く及ばない。

 使える技も繊月連刃しかないし……


「大丈夫かなぁ……」


 そんなぼやきを零した、その瞬間――

 病室の扉の向こうにまた人影が現れる。


「S級にすべきだという短絡的な主張を抑えてA級に留めたのだ。むしろ感謝して欲しいくらいだが」


 相変わらずどこか冷たさを感じさせる声を響かせながら九重先生が入ってきた。

 そのまま琴音たちとは反対側のベッドサイドへ行くと俺の顔を覗き込む。


「体調はどうだ?」

「大丈夫だと思います」

「そうか……これからいくつか質問するが支障はないか?」

「はい」


 聞かれることはなんとなく察しがついている。


「キミが意識を喪失する前、女王蟻を斬った時のことだ。その際に感じた感覚や身体、周囲の変化があったなら教えて欲しい」

「えっと……」

 

 やっぱり、あの時起こった不可解な斬撃のことだった。

 俺は出来るだけ当時のことを思い返す。

 そして、視界の歪み、過去、未来、現在の影が見えていたこと。

 それらを一つずつ言葉にしていく。

 

「それで刀を振るった時、全く手応えがなかったんです」

「ほう、その瞬間、運動に伴う空気抵抗すら感じなかったのか?」


 刀を振るったあの時――

 いつも素振りの時に感じるブンッという音と共に空気を掻き分ける感触。

 それは確かになかった気がする。

 

「……はい、無かったと思います」

「ふむ」


 俺のその説明を聞いて先生は顎に手を当ててしばらく考え込んだ。

 

「やはり物理現象で説明できるものはないな」

「どういうことですか?」

「キミのあの一撃は刀で斬ったものではない」

「え?」


 確かに刀を振るった結果、起きたはずなのに先生はそれを真っ向から否定した。

 その台詞に目を見開き琴音たちの方を見ると二人とも同じように驚いた顔をしていた。


「どういうこと?」

「斬ったんじゃないの〜?」

「憶測の域を出ないがキミのあの一太刀は時間に干渉した可能性が高い」

「時間……?」

「そうだ、キミの攻撃は四次元から三次元に作用したというのが私の推測だ」

「四次元……?」


 正直……話についていけてない。

 首を傾げて?マークを浮かべていると、先生も誰もついていけてないことに気づいたのだろう。

 一度、短く息を吐き出して、一から説明をしてくれた。


「三次元は我々が今いる場所なのはわかるな?」

「はい」

「それはまぁ」

「それで四次元っていうのは〜?」

「一部界隈の考証では三次元空間、X軸、Y軸、Z軸に“時間軸”を加えたものが四次元だとされている」


 つまり、あの一瞬、俺は四次元に居た、ということだろうか?


「それで、その四次元から干渉するとどうなるんですか?」

「これも憶測だが、キミは何秒か前の空間そのものを切断した。その結果、現在のその空間に存在していたものは因果的に成立しなくなったと考えられる」


 正直、話のスケールが大きすぎてあまり理解できていない。

 でも、自分が何かとんでもないことをやったということだけはわかる。

 

「時間に干渉したとすれば魔力の消費は膨大だろう。その結果、キミは魔力を完全に使い果たし、意識を喪失した、私はそう仮定している」

「その意識の喪失は問題はないの?」


 琴音のその問いに先生は目を細めると俺の方へと視線を鋭い視線を向ける。


「現段階では大きな問題は確認できていない」


 先生のその言葉に安堵のため息を吐いたのも束の間。

 「だが」と先生は言葉を付け足した。


「今後、時間への干渉による意識の喪失を繰り返せば何が起こるかは私にも予測できない」


 先生が言う”予測できない“という言葉は非常に重い。

 琴音とセイラが息を飲み、俺はゴクリと唾を飲み込む。


「だから、制御できる段階に至らない限り、この力を使うことは推奨しない」

「はい、わかりました」


 その警告に俺は静かに頷いた。

 先生はそれを確認すると俺の肩に静かに手を載せた。


「よし、もう体を起こしてもいい。じきに政府の人間が来る。友人のピンチだ、行ってやれ」


 一体、何を言っているのか? と思ったがすぐにピンときた。

 ――先生はエレナのことを言っている。

 

「これは私の独り言だが……午前中は六階の保護区画でキミのあの斬撃の現場にいた金髪の少女にヒアリングをしていた」


 俺はそれを聞いて勢い立ち上がると、「ありがとうございます!」とだけ告げて患者衣のまま病室を飛び出した。


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