閑話2-5
新宿の地下にエグゼキューターが現れ、事態が収束した次の日。
緊急の招集がかかった魔法少女管理機構の会議室。
長いテーブルの最奥、上座の部分に座る理事長、神崎千景の視線のすぐ左側。
魔法少女管理機構対魔作戦統制室、通称オペレーションセンターの室長である石動克己がゆっくりと口を開く。
「まず、昨日に出現したエグゼキューターに対する初動対応から討伐完了に至るまでの作戦の経過を報告します」
そこから彼は、淡々と事実を積み上げていく。
通報があった時間。
現場に魔法少女が到着した時間。
参加した戦力の内訳ついて。
要救助者三名を助けるために救助隊を編成し巣穴に突入した経緯。
途中で救助隊のうち、認定されていない魔法少女一人とS級未満の魔法少女二人が最深部へ滑落する事態が起きたこと。
そして、S級の魔法少女が居ない中、討伐を成功させたこと。
それらを順序立てて説明した。
「最後にドールマイスターなどを中心としたチームの調査の結果、新宿地下に現れたエグゼキューターの脅威度はAではなく“S”としました」
会議室にわずかなざわめきが起こる。
最初はAとしていたものが“S”という評価になった。
「五号特別災害、ということになるのですか……?」という問いかけがテーブルの真ん中から起きる。
石動はそれに静かに頷いた後、頭を下げた。
「地上に出ている蟻の数から敵の評価を誤認し、作戦を実行したこと、深くお詫びします」
その謝罪に対し、神崎がゆっくりとテーブルの上で腕を組む。
「誤認の要因となった地上に出る蟻が少なかった理由は分かっているのかい?」
「はい、ヤツらの巣は新宿地下の構造物を巧みに避けるように形成されていました、それで、地下鉄などの振動に反応していたのかと」
「振動に引き寄せられて、硬いコンクリート壁に穴を開けようとしていたってことかい?」
「はい、その結果、地上にはあまり上がっておらず発見も遅れてしまいました……」
そして改めて頭を下げる石動。
それに対し、テーブルの中央部に白鷺環と並んで座っている鴉羽理央が声を上げた。
「巣に実際に潜らないと全容がわからないタイプの魔物なので、誤認は仕方がなかったと思います」
その言葉を引き継ぐように石動の横に座る九重慧が口を開く。
「問題なのは魔物の評価の誤認ではない」
九重は手元の資料に視線を落としたまま淡々と告げる。
「魔法少女になりたての新人がS級の魔物をたった三人で討伐した。現時点で問題視すべきはそちらだ」
「新たなS級魔法少女クラスの戦力が現れたと喜ぶ所ではないと?」
「私は彼女はマギ管の中核を担うことになると思っていたのですが……」
S級の魔物を撃破できる戦力の登場。
それの何が問題なのかと多くの重役たちが困惑の声を上げて首を傾げる中。
九重は静かに告げる。
「エグゼキューターの巣、その最深部にあった女王の甲殻の断面を解析した結果、物理的な刃による斬撃痕は確認できなかった」
目線を下に向けたまま、蟻は刀で斬られていないと九重は報告をした。
会議室が困惑によって静まり返る中。
「それはどういうことだい?」
白鷺環が問いを投げる。
「切断面は極めて平滑。甲殻、内部組織から刃物による切断と特定できる痕跡は確認できなかった」
「刃物、つまり刀じゃなかったら何で斬ったんだい?」
白鷺の質問に九重は沈黙だけを返す。
そして――
「調査中だ」
と一言だけ。
それは魔法少女管理機構の研究部のトップを務める人間の実質“わからない”という宣言だった。
会議室に重たい沈黙が落ちる。
「まぁ、アイリスの能力は未知数とはいえS級に致命的な一撃を入れたのは事実です。しかも、銃弾さえも斬れる」
九重の左側にいる白衣を纏った研究者の男がここで話題になっているアイリスの実績を羅列していく。
そして――
「灰原の件もありますし、ここで戦力が増えるのは有難い。彼女をS級魔法少女と認定しても良いでしょう」
そう締め括った。が――
「アイリスをS級にする判断には私は賛同できない」
すぐさま横で九重が首を横に振る。
「ボクも戦力としてはS級相当かそれ以上なのは否定しないけどA級に昇格くらいでいいと思うよ」
「私も、現時点では反対です」
白鷺と鴉羽も続いて反対を表明。
発言力のある人たちに次々と反対された白衣の研究者。
彼は石動に助けを求める視線を向けながら口をモゴモゴと動かした。
「な、なぜ?」
その問いかけに九重は冷たい視線を男に向ける。
「能力使用に伴う代償が重い。現に彼女はまだ意識を取り戻していない」
「政府からも月城ソフィアに関する情報請求が来ている中でS級の肩書きを与えて無理をさせるのは避けた方が賢明です」
石動が九重の発言を政治の方面から捕捉し――
「彼女は自分を後回しにしがちな性格だから尚更だね」
白鷺が友人という立場で捕捉する。
「未解明の能力を軽率に使わせて若者の未来を奪う行為は我々の理念から最も遠い選択だ」
九重のその言葉は“強いからS級だ”という安直な考えへの軽蔑が混ざり重く響いた。
それに神崎も腕組みをしたまま瞼を閉じてゆっくりと頷く。
「防衛省や政府の目から彼女を守る必要がある。ひとまず、彼女は“A級“として今回の件に関することはうちらの中で秘匿する。これでどうだい?」
「意見のある方は挙手を」
石動の呼びかけに挙がる手はなく。
月城ソフィアのA級昇格が本人が目を覚ましていない中、静かに決まった。




