68話
エクゼキューターの巣の最深部。
蟻たちが厳重に守る方へと俺たちはあえて向かう。
そこに女王がいると信じながら。
そして――
蟻たちの防衛線を突破し、厳重に守られていた広い部屋に足を踏み入れた時。
「デカッ……」
俺は首の角度を大きく傾けて見上げる必要のある、目の前にいる女王蟻の巨大さに言葉を失う。
間違いなく、バスよりもデカい……
「この巣の規模、このデカさ……多分、S級相当よ」
「何?日本の機関はこいつらのことを“A”って評価してたの?」
「地上にはあまり出てきて無かったから規模を過小評価してしまったんだと思うわ」
「確かに地上にあった死骸の数はそんなにって感じだったな」
「ここまでの規模になると普通はもっと地上に兵隊を送るはずなんだけど……」
エレナが不思議そうに首を傾げる。
「それよりも、早くこの女王を倒すわよ」
琴音のその一言で意識を女王蟻に戻す。
足元には護衛の蟻を何匹も従えて、六つの足が地面に接地する度に小さな砂塵が舞い上がる。
護衛が多く接近するのは骨が折れそうだが、動きは鈍重だ。
遠隔攻撃ならいける。
「繊月連刃ッ!」
先手必勝とばかりに刀に魔力を迸らせ、斬撃を飛ばす。
半月を描きながら、女王の頭と胴体の繋ぎ目。
その分厚い甲殻に覆われた関節部に二本の斬撃が殺到。
しかし――
ガリッと鈍い音を残し、甲殻の表面にうっすらと傷を残すだけで斬撃が弾かれた。
「硬いな……」
そう溢すと同時に女王に傷をつけた脅威とみなされたのだろう。
護衛の蟻たちが一斉に俺の方へ襲いかかってきた。
魔眼が見せる映像通りにくる顎をかわし、それにカウンターを入れて、一匹ずつ処理していく。
その横で護衛が少し手薄になった隙を見計らい琴音が女王を目指して駆け出した。
それに気付いた女王が琴音を踏みつけるように大きな足を振り下ろす。
琴音は鈍いその攻撃をスッと躱し、角張った脚を足場に飛び上がり――
「ブレイズクロスッ!」
女王の足の節の部分に真っ赤なラインが入り爆発。
脚は健在だったが爆風が僅かに琴音の体を押し上げ、琴音は蟻の背中にとりついた。
そして頭の方へ移動すると、空中へ飛翔。
大きな顎のその間。
口を目掛けて炎を纏った一撃を放つ。
「ブレイズスラッシュ!」
体内に直結する器官を焼かれ、女王が大きく仰け反る。
そして、落ちてきた琴音をエレナがキャッチ。
「さすがにこれは効いたでしょ!」
琴音が地面に足をつけてそう叫んだ時。
脳裏に蟻たちの次の行動が稲妻のように映し出される。
「琴音!避けて!」
叫ぶのと同時に駆け出した俺の声に反応した琴音とエレナが咄嗟に横へ飛び退く。
それと同時に、地面に穴が空き、蟻の顎が飛び出した。
飛び出した頭を斬り、残骸となった頭を蹴って体を捻るように空中へ。
そこへ予測通りに振り下ろされた女王の脚が頬を掠めながら地面を捉える。
ドンッと質量の塊が地面を抉り、砂塵が上がるのと同時に、その脚の関節に向かって抜刀。
回転の力を得ながら高速で走った刃が脚を捉えたが――
キンッ
甲高い金属音を響かせるだけだった。
「硬すぎでしょッ……」
「口以外には碌にダメージが通らないわね……」
琴音とエレナが悲観的なコメントを残す中。
俺は目の前にある女王の脚を蹴り飛ばし、女王から少し離れたところに着地した。
「口を狙うしかないかな……?」
口以外への攻撃が全て弾かれた今。
ダメージの通った場所を執拗に狙うしかない。
問題は口が強靭そうな顎に囲まれていること。
位置が高いせいで狙うには少し難しいこと。
そして――
「口を狙って確殺できないとジリ貧ね」
「ごめんけど、もうブレイズクロスを撃てる魔力がないわ……」
時間は確実に蟻の味方をしていることだ。
ノイズが走り始めた視界が、魔眼のタイムリミットを示している。
そして、女王の危機を察した兵隊アリがここに集結しつつある。
なんとか状況を打開しないとこのままじゃ全滅だ。
俺はギュッと刀を握る柄の部分に力を込め、歯を食いしばる。
「私がなんとかアイツの口に繊月連刃を叩き込んでみる」
今できる最善手を打ち続けるしかない。
それが全員で生還するために俺が出した結論だった。
「それが今、私たちにできる最大限よね……」
「援護するわ」
がむしゃらな作戦とも呼べないプランに琴音とエレナが迷いなく頷きを返す。
助けると決めた人。
守りたいと思った人。
その二人を――こんな暗闇で死なせる訳にはいかない。
俺は改めて決意を固め、蟻の防壁の向こうにいる女王を見据えた。
「行きます」
そして、地面を強く蹴り、蟻の群れの中へと突っ込んでいく。
女王の所へは行かせないと言わんばかりに殺到してくる護衛たち。
琴音がその護衛の前に立ちはだかり注意を引き、エレナがレイピアで触覚だけを斬りとばす。
僅かにできた道を蟻たちの顎を躱しながら素早く縫うように女王の正面から突入し――
予測した通りに降ってきた女王の顎をギリギリで回避。
そして、その凶悪な顎の奥にある口を目掛けて斬撃を放った。
「繊月連刃ッ!」
ガリッ
硬いものを砕くような音が響く。
しかし、目に見えて斬れたという変化はない。
「まだまだッ」
魔眼で見た未来通りに女王が痛みに反射的に顎を振り上げようとした、その瞬間――
俺は片方の顎にぶら下がるように手をかける。
そして俺の身体は勢いよく振り上げた顎によって、宙に吹き飛ばされた。
女王よりも遥かに高い所へ飛ばされた俺は空中で体勢を整え、眼前を見下ろす。
そこには、口を狙った一撃のダメージなど全く感じさせずに暗闇をのっそのっそと動く女王。
徐々に押し込まれつつある琴音とエレナ。
否応なく絶望的な状況が目に入る。
俺は一度首を振り、ただ、今から放つ自分の一撃だけに集中しろ、と己に言い聞かせる。
重力と落下の衝撃を全て乗せた自分の全身全霊を解き放つ。
ダメかも――なんてことは考えない。
精神や士気といったものが戦闘に与える影響は非常に大きい。
だから、馬鹿馬鹿しく思えても精神は肉体を上回ると常に心得ておくのだぞ。
秋山先生のその言葉を胸に、俺は重力に従い、蟻の方へと落ちていく。
「はぁぁぁぁ!!!!」
蟻の口元を目掛けて渾身の一撃を放とうとした。
その刹那――
突如、周りの景色が止まったように見えた。
そして、世界がグニャリと歪み出す。
時間が止まったような感覚の中。
陽炎のようにゆらめき輪郭がぼやけた世界に自分だけが取り残されたような感じだ。
目を凝らすと現在、過去、未来の様々な影が琴音やエレナ、蟻たちに重なっていくのが視える。
限界が来てしまったのか――
だが、それにしては意識が妙にハッキリとしている。
視界のノイズが起こした何か変な現象か?
突然のことに戸惑いながらも俺の身体はゆっくりと蟻へ吸い込まれていく。
そうだ、何が起きようと自分のやることは変わらない。
目の前の敵を自分の大切なもののために――”斬る“。
歪み、色が混ざり、溶け出すような視界の中。
俺は、静かに音もなく、刀を横一閃に走らせる。
刃は何の手応えもなく、目の前の蟻の頭の中へ沈み込み、反対側から飛び出した。
刹那――
時間が普通に流れ、世界が元に戻る。
地面に向かって急速に吸い込まれていく中。
何の変化も起こっていない女王を見て俺は自身の失敗を悟った。
そして、真下にいた琴音とエレナに抱き留められた。
「ごめん……」
俺は琴音の肩に顔を押し付け、そう呟く。
「大丈夫、もう一回トライすればいいじゃないの」
「うん」
彼女に励まされるようにもう一度、女王の方へ向き直った時。
蟻たちの様子がおかしいことに気がついた。
「あれ?コイツら何も動いてない?」
「えぇ、あなたが落ちてきた後、ぱったりと動作を止めたのよね……」
エレナもその異常に気付いていたようで戸惑いがちの声が返ってきた。
その時――
女王蟻の身体の上半分が横にゆっくりと”ズレて“地面に音を立てて落ちた。
頭の真ん中を半分に綺麗に真っ二つ。
下半分の方は夥しい量の体液と綺麗な断面を晒していた。
「えっ……?」
「何が起こったの……?」
エレナと琴音から困惑の声が上がる中。
それを見て安心が先にきたのか。
力が抜け、ドサッと膝が地面についてしまう。
「ソフィ……?」
その琴音の声を最後に、地面の冷たさを感じながら傾いた俺の視界はゆっくりと暗転した。




