67話
エレナと向かい合っていると後ろから足音が近づいてきた。
振り返ると、琴音たちが後を追いかけてこちらに向かってきているのが見える。
それを横目にエレナとサイズの合っていない上着を羽織っているもう一人の女性の横。
壁に背中を預けてぐったりとしている男性へ視線を向ける。
「それで、重傷を負った人ってこの人ですか?」
「そう、腹部裂傷で出血が酷いから早く地上に連れていってほしい」
腹部裂傷に出血……
俺は男性の状態を確認するためにそっと彼の顔を覗き込む。
「久世さん、助けが来たよ」
エレナのその声に男性はゆっくりと瞼を開くと苦悶の表情を僅かに緩ませる。
「……なんだ、お迎えか?」
「違うわよ!救助が来たんだって!」
「おぉ、助けが来たのか……天上からのお使いが迎えにくる幻覚が見えていたぜ……」
幻覚が見えていた。
そう言われると意識レベルが大丈夫なのか心配になる。
俺は極力、傷の具合を意識させないことを心がけて声をかける。
「エレナさんとはお知り合いなんですか?」
「……」
返事はない。
男性は口を僅かに開いて不思議そうにこちらを見るばかりだ。
“ドクリ”と心臓が嫌な音を立てる。
「久世さん、聞こえますか?」
異常を察したのか、セイラたちが足早に駆け寄ってきた。
そんな中、男性はゆっくりと俺の胸元を指差した。
「おい、エレナ、お前には“コレ”が見えているのか?」
「コレって、久世さん、あなたまさか……この子のことをこの世のものじゃないって思ってる?」
「違うのか?俺ァてっきり……お迎えの使者か何かだと……」
「はぁ……違うわよ、この子は助けに来てくれたただの魔法少女」
エレナのその訂正を受けて男性は少しずつ目を見開いていく。
「えぇ⁉︎」
どうやら男性は俺のことを“この世のものではない何か”と認識していたみたいだ。
確かに銀髪は珍しいかもしれないが、幽霊とかなら黒髪のイメージじゃないか?
そう首を傾げていると後ろからセイラや琴音のため息が聞こえてきた。
「はぁ……とりあえず、意識は大丈夫そうだね〜」
「担架で運ぶのは難しいし……搬送はおんぶでいいわよね?」
「うん、せんぱい、お願いしてもいい〜?」
「おうよ!」
楽は勢いよく返事をするとお腹を圧迫しないように注意しながらゆっくりと久世さんを背負う。
「よし、帰るぞ!」
楽のその言葉に頷いた、刹那――
起動したままだった左眼が“最悪の光景“を映し出す。
「みんな!早くここから出て!!」
「どうしたんだ?オレ様は怪我人を背負ってるんだ、そんな急に……」
「いいから!早く!走って!」
「……まぁ、お前がそこまで言うなら」
捲し立てるように言い募る俺に全員が戸惑いながら出口に向けて足を踏み出した、その瞬間――
ピキッ
不気味な音が響き、地面に亀裂が走る。
それで何が起こるのかを察したのだろう。
慌ててみんなが走り出す。
しかし、地面がガラガラと大きな音を立てて崩れる方が早い。
足元が崩れ、体が宙に浮かぶ。
俺は咄嗟に楽と民間人の女性の背中を強く押した。
「セイラ!お願い!」
それに一番前を走っていたセイラがこちらを振り向いて目を見開いた。
そして、女性の手を掴むとまだ崩れていない地面へと引きずりあげる。
楽はギリギリのところで断崖となった地面の縁に棍棒を突き立てた。
久世さんを背負ったまま歯を食いしばって柄に掴まり、足を蹴り上げる。
そして崖の上、地面の残る側へと体を引き上げた。
それを見送ると、俺の体は真っ暗な闇の中へと吸い込まれていく。
琴音とエレナは大丈夫か――
そう思った瞬間。
“ガシッ”と右手を強く掴まれる。
掴まれた手を見ると――
琴音が真剣な表情で真下の暗闇を見据えていた。
「ソフィ!エレナをお願い!」
「わかった!」
すぐ横で重力に従って同じ速度で落ちるエレナに手を伸ばす。
それに気付いた彼女もこちらに向けて必死に右手を差し出した。
「フィアちゃん!!!!!」
セイラの叫び声が轟く中。
エレナの手をしっかりと握る。
そして琴音の手を一度離すと彼女の腰へと掴まる場所を変更。
ビューッと煩い風切り音が鼓膜を揺らし、急速に暗闇の中から地面が現れる。
その瞬間に琴音の両手に炎を纏った剣が出現。
「ブレイズクロスッ!!」
赤い線が地面に十字を描き、爆ぜる。
強烈な爆風が俺たちを押し戻し、衝撃を和らげ――
俺は琴音の腰から手を離し、前転でさらに勢いを殺して無事に着地した。
「二人とも大丈夫⁉︎」
「うん」
「私も大丈夫」
琴音に返事を返しながら、自分たちが落ち来た上方を見上げる。
随分と落ちてしまった。
セイラの「大丈夫⁉︎」という声が微かに届く。
それに対し、琴音が声を張り上げる。
「こっちは何とか帰るから!負傷者を先に地上に戻してあげて!」
その声に対する返事はなかったのか、あるいは届かなかったのか――
聞こえなかった。
ひとまず、周囲の状況を確認すべきだと思い直し、琴音の剣が放つ、ゆらめく炎の灯りを頼りに視線を巡らせる。
すると、あたり一面に白く蠢めく縦長の大きな生物が大量に転がっていた。
「幼虫……?」
「だいぶ巣の最深部まで落ちたみたいね」
「蟻たちにここまで入られたのがバレたら……」
エレナがそう懸念を溢した瞬間――
鼻が曲がりそうなほどの強烈な刺激臭が空間に充満。
“カチカチ”という音が響き渡った。
「言ってる側からバレたわね……」
琴音がそう溢すのと同時に、入り口に次々と蟻が現れる。
俺たちを警戒し包囲する蟻と、蛹や幼虫を咥え隔離させる蟻で入り乱れだす。
この状況をどう打開して脱出するか。
そう頭を悩ませていると――
「ねぇ」
静かにエレナの声が響いた。
「ここまできたら女王蟻を倒して、巣そのものを崩壊させた方が早いと思うんだけど……できる?」
「S級の魔法少女は居ないけど……やるしかないわよね」
琴音はそう覚悟を滲ませた声を出すと、俺の方へ視線を向けた。
「ソフィ、魔眼はまだ使える?」
「うん、まだ大丈夫……」
「そう、限界そうならすぐに言ってよね」
「うん」
「その赤い目、どんな能力かは知らないけど、どれくらい持つの?」
エレナのその質問に俺は簡潔に先を読む力があるが持続時間は一日三十分程度しかないことを伝える。
エレナはそれを聞くと指先で顎を摘み、少し考える。
「私は弾を切らしてて蟻相手じゃ使い物にならないし、今頼れるのはあなたちしか居ないわ」
彼女の力強い視線が俺を射抜く。
「だから、女王の発見と討伐を最優先に他の雑魚たちは基本無視でいきましょ」
「倒さなくてもいいんですか?」
「女王さえ倒せば巣は機能を停止するから」
「なるほど」
そんな話をしている間にも上に居た時とは比べ物にならない密度で蟻たちが壁のように立ちはだかっている。
俺は一つ頷くと、この幼虫の部屋の入り口を塞ぐ蟻たちに向かって駆け出した。
大量の蟻を一気に薙ぎ払えるセイラや白鷺さんのような広範囲を殲滅できる力は俺たちには無い。
でも――
「一点集中の突破力なら十分にあるはずッ!」
三体の蟻が一斉に頭を伸ばし、齧りつこうと眼前に迫ったところで身を屈めて抜刀。
頭をまとめて斬り落とす。
そのまま左右に向けて――
「繊月連刃」
斬撃を放ち、両側へ向かって一直線上に体液が四散し、悪臭が立ち込める。
これで、僅かに通れる隙間ができた。
「行こう!」
琴音たちにそう声をかけて、包囲の穴が埋められる前にこの部屋の出入り口を目掛けて走る。
俺、エレナ、琴音の順で包囲を抜けると、それに気付いた蟻たちがすぐに後を追いかけようとした。
刹那――
「ブレイズクロスッ!」
琴音が追いかけてきた蟻ではなく、入り口の天井を目掛けて剣を振るった。
粘液で固められたボコボコとした土の塊に紅蓮の線が二筋入る。
その直後――
“ドゴォ!!”と土がけたたましい音を立てて爆発。
天井が崩壊し雪崩のように瓦礫が降り注ぎ砂塵が舞い上がる。
しばらくして、砂煙が収まると土で完全に塞がれた入り口が姿を現した。
「これで時間稼ぎ程度にはなるでしょ、早く女王を探すわよ」
琴音はそう言って少し胸を張ったのだった。




