65話
救急車や警察、自衛官が慌しく動く物々しい雰囲気の中、セイラの後をしばらく歩いていると――
鼻の奥を突き刺すような猛烈な刺激臭が漂い始めた。
俺は鼻を摘みながら横を歩く琴音に声をかける。
「これがエグゼキューターのフェロモンの匂い?」
「そうよ、この匂いがしたら要注意なの」
「なるほど……」
戦場はもうすぐ側だ。
俺はいつでも刀が抜けるように臨戦体制をとりながら前へと進む。
そして、公園の中に入ったところで景色が一変した。
広場には甲殻ごとグチャっと砕かれた大量の蟻の死体が転がり、地面には無数のクレーターがある。
その広場の真ん中で棍棒を肩に担ぎ、どっしりと仁王立ちをしている魔法少女がいた。
ブレイキンブレイカーだ。
そして、その少し後方には何やら通信をしている鴉羽さんがいた。
二人はこちらに気付くと足早に近寄ってきた。
「待っていたわよ、アイリス」
「来るのがおっせぇから地上の虫共はオレ様が踏んづけといたぜ」
「すみません、それで……」
巣穴は何処なんですか?
そう聞こうとしたのだが……
「まず、簡単に状況を説明するわ」
鴉羽さんに遮られてしまった。
「見ての通り、地上に出た蟻は公園近辺で封じ込めができてるんだけど……民間人が三名巻き込まれているとの情報があるの」
大都会のど真ん中だ。
襲われる人はいるだろうと覚悟はしていた。
でも、実際にそれを聞くと、思わず息を飲んでしまう。
「えっ……大丈夫なんですか?」
「救助は?」
「警察や自衛隊と協力して捜索活動を行っているんだけど、巣穴の中に連れ込まれちゃったみたいなのよ」
「うそ……」
最悪に近い状況に琴音も言葉を失う中。
鴉羽さんはさらに言葉を重ねる。
「それで、一番最初に現場に到着した魔法少女が妙な報告してきたのよ」
「どんなです?」
「着いた時には既に蟻の死体が何体か転がっていたそうよ」
「えっ?それって……」
通常の武装では魔物は倒せない。
なのに、マギ管の魔法少女が到着する前に蟻が倒されていた。
それが意味することは――マギ管に所属していない魔法少女が居た可能性が高いということになる。
「ええ、おそらく巻き込まれたのは、エレナよ」
「うそ……」
「一人なら逃げることもできただろうし、民間人を守ろうとしたのかな〜?」
「えぇ、恐らくね、彼女が居なかったら被害はもっと遥かに大きくなっていたはずよ」
鴉羽さんはそう言い切ると、力のこもった視線を順番に俺たちに向けてきた。
「アイリス、クレセントムーン、ブレイキンブレイカー、セイラ」
一人ずつ魔法少女としての名前を読み上げ――
「蟻の巣の中に突入して、民間人の救助をお願いします」
ゆっくりと頭を下げた。
エレナを含む民間の人たちの危機。
それに鴉羽さんの強い決意が滲んだお願い。
我ながら単純だとは思う。
でも。
悪臭が漂う巣に入るのが億劫だという気持ちは綺麗さっぱり吹き飛んだ。
「うっし、いっちょやったりますか〜!」
楽が右拳を左の掌に打ちつける。
それを合図に俺、琴音、セイラがそれぞれ頷きあった。
「それで、巣穴は何処にあるんですか?」
「それなら、あそこにあるぜ」
楽はそう言って公園の外を指さした。
その指の先を辿ると窓ガラスが全て割れて陳列棚が飛び出した小さなコンビニが一軒あった。
「凄いことになってますね……」
マスクなどの日用品が道にまで散らかり、ここであった戦闘の激しさを物語っている。
「このコンビニでそのエレナ?ってヤツは立て籠もっていたって話だぜ」
「なるほど」
「ここで防衛戦をしてたら、根負けして巣まで引きずり込まれたってこと?」
琴音の疑問にセイラがゆっくりと首を横に振る。
「巣に落とされた、とかの方があってるのかな?」
「どういうこと?」
「まぁ、中に入ればわかるよ〜」
セイラにそう促され、既に役目を果たしていないドアを潜ると――
驚きの光景が広がっていた。
まず店内に足を踏み入れるとこれまでとは比べ物にならないほどの刺激臭が鼻を突く。
そして、動かせるような棚は全て窓際に寄せられて、露わになった広い床。
その中央に大きな穴がぱっくりと口を開けていた。
「これが……」
「エグゼキューターの巣、だね〜」
ボコボコとした硬い土肌。
暗闇の中から聞こえてくる“ゴォー”という空気の音。
自然と足がすくんでしまう。
――でも、この恐ろしい暗闇の中でエレナたちは必死に生きようと戦っているに違いない。
俺は唾を一つ飲み込むとセイラたちの方を見た。
「突入しますか?」
「中の構造がわからないって問題はあるけど、そんなことを言ってる場合じゃないよね〜」
「銃弾をぶった斬るヤツとA級が一人とS級の魔法少女が二人居るんだぜ、なんとかなるだろ!」
「エレナたちが何処に居るかってのだけが問題よね……」
琴音がそう呟いた時。
巣穴の奥から“カチカチ“と硬い金属同士を打ち鳴らすような音が聞こえてきた。
その音を耳にした瞬間に楽とセイラの表情が一変した。
「虫ケラが来るぞ……」
「気をつけて〜」
全員が一斉に臨戦体制をとる中。
コンビニの天井の照明が巨大な蟻を照らし出す。
黒いテカテカとした甲殻を光らせながらその全身が露わになった瞬間。
「おりゃぁ!!」
楽の棍棒が蟻の頭部を捉え――
“グシャッ”と硬いものが砕ける小気味の良い音が響いた。
頭を潰され動きの止まった蟻を踏み台にすぐに次の個体が現れる。
「これは結構な数が出てきそうだね〜」
「なんとかしてみます」
「フィアちゃん……コンビニ内で斬撃を飛ばすのは……」
セイラが制止をするよりも先に体が動いていた。
俺は、窓際に置いてある陳列棚を足場にコンビニの天井目掛けて跳び上がる。
そして穴の急斜面にまるで外に出る順番を待つように並ぶ蟻たちを確認。
今まで、秋山さんに散々叩き込まれた斬るための腕の使い方を思い出し――
上半身と下半身を連動させ強烈に捻るようにして天井を力強く蹴り出した。
「風車」
適当に技名を告げるのと同時に、“カチリ”と魔眼を起動。
蟻の反応を正確に予測して――
ドリルのように空中で回転した体が重力に従い穴へと吸い込まれる。
“ザシュッ”と蟻の胴体と頭の繋ぎ目の部分を切り裂く音が連続して響く。
そして真っ暗闇の中、傾斜が落ち着いた場所で着地。
魔眼を切って、後ろを振り返ると一直線に並ぶ頭と胴体を切り離された蟻の残骸。
それをコンビニから降り注ぐ白い光が映し出していた。
「ソフィあんた……いつの間にそんな技を……」
「ホントにオレ様と手合わせしてた時とは比べ物にならないレベルの別人だな……」
「フィアちゃん〜そこは安全そう〜?」
頭上から響いた声に顔をぐるりと動かして視線を巡らせる。
光源がなく、巣穴の奥の様子がわからない。
しかし、左眼は土の温度の情報や空気の細かい流れを伝えてくる。
俺はそれで得た情報を根拠に蟻型は今居ないと判断をして、上に返事を返す。
「今のところは大丈夫です!ただ、明かりが欲しいかも」
「了解〜、じゃあ私たちも降りよっか〜」
「じゃ、オレ様、セイラ、クレセントムーンの順番で降りるか」
「わかったわ」
「は〜い」
そんなやりとりが聞こえたあと、楽が蟻の死体を足場にして飛び跳ねるようにこちらへやってきた。
それに続くようにセイラがひらりと着地。
最後に琴音が、炎を纏った剣を松明にするように降り立った。




