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緋眼のアイリス  作者: 惰浪景
第二章

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63話

 マギ管の人を交えて、刑事さんたちからの事情聴取を終えた時にはすっかり夜も更けていた。

 そこからヘトヘトになりながら家に帰りぐっすりと眠った次の日。


 俺はいつものように眠たい眼を擦りながら制服のスカートを揺らし家を出た。

 そして、琴音や翔太といつも待ち合わせている近所の公園にやってきたのだが……


 俺の姿を見た瞬間にトレードマークのツインテールをポニーテールにまとめた琴音が目を吊り上げ、一気に駆け寄ってきた。


「ちょっとソフィ!!!」


 明らかに怒っています。という表情に俺は心当たりがなくその場で立ち尽くす。


「そのままの姿で家を出ちゃったの……⁉︎」

「え……やっぱりまずいの?」


 家を出る前。

 晴香にも「お姉ちゃん、すごいバズってるから変装とかした方がいいと思うよ〜」と言われてはいたのだ。

 でも、変装とかめんどくさいし、あの配信は昨日の夜のことだったので別に大丈夫だろうと思ったんだけどな〜


「まずいに決まってるでしょ!」


 両手を腰に当ててまるで母親のように俺を叱る琴音。

 後ろにいる翔太も呆れたように額に手を当てている。

 

「優、お前、昨日の動画の切り抜きもう100万回再生されてるんだぞ……」

「マジ……?」

「マジマジ、その姿で人混みに出たら学校に着く前にもみくちゃだぞ」

「わかったら戻るわよ」

「はい……」


 こうして、観念したように頷く俺の右手を琴音が引っ張り家に連れ戻されたのだった。

 

 しばらくして――


「おぉ……」


 家の玄関から出てきた俺の姿に玄関前で待っていた翔太が感嘆の声を上げた。


「これなら、どこにでもいる“普通の女の子”でしょ?」

 

 女の子と言われると今でも自分の大事な何かがガリガリと音を立てて削られている気がするが……

 確かに今の肩にかかるくらいの黒髪のウィッグに伊達メガネとマスクをした自分は周囲にしっかりと溶け込みそうな風貌だった。


「これなら誰もまさかアイリスだとは思わねぇな」

「よし、それじゃいきましょう!」


 そして、この格好のまま駅へと歩き出した。

 最初は頭が蒸れる感覚やマスクや眼鏡の感触が鬱陶しくて外したい気持ちの方が強かった。


 だが――


 すれ違う人にジロジロと見られることもなければ視線が集まる感覚もない。

 その心地よさに気付いてからは自然と足取りも軽くなっていき――


 駅の改札をくぐる頃には変装をしているということはどこか頭の片隅に追いやられていた。

 そして、平日の朝の喧騒を運んできた電車にいそいそと乗り込んだ時――


 俺は現実に引き戻された。


 電車の吊り革に掴まる俺の正面。

 ロングシートに座った三人組の男子が真ん中の男子のスマホを覗きこむように身を寄せ合っていた。

 両脇の二人にも見えるように傾けられた画面。

 そこには銀髪の魔法少女が次々と銃弾を斬る様子が映し出されていた。


「マジでかっけぇ〜」

「昨日のやつでしょ?銃弾斬って魔物も斬って、すげぇよな」

「あの金髪の魔法少女との連携も痺れるよな〜」

「そうそう、それで顔もめっちゃ可愛いとかマジで反則だろ」


 そう話す男子たちに居た堪れなくなり視線を逸らしたその先では――

 スーツをしっかりと着こなしたサラリーマンの男性が同じ動画を視聴していた。


「魔法少女を推すとかちょっとわかんなかったけどアイリスを見てるとせめて応援したいっていうのめっちゃ分かるんよな〜」

「あー分かる、俺も昨日初めて魔法少女の動画見たんだけど、逆に今まで何も気にしてなかったのが申し訳なくなるっつうか……」


 みんな昨日の動画見てるじゃないかと絶句している中、耳に入ってくる男子高校生たちの話し声。

 それは自分の戦う姿が全く知らない人の心に何か影響を与えている。

 そのことを突きつけられているようだった。

 

 それと同時に変装がなかったら大変なことになっていた、ということも理解できた。


 よくわからない緊張感がある中、電車は学校の最寄り駅へと到着。

 男子高校生たちの話し声を尻目に開いたドアからそそくさと飛び出して跨線橋を渡り、改札を目指して歩いていた時。


「あれ〜?もしかしてフィアちゃん〜?」


 電車の来ていないホームから歩いてきたサングラスをかけた女の子に突然声をかけてきた。

 一瞬、誰だろう?と思ったが聞き覚えのある声に特徴のある語尾の伸ばし方にすぐに察しがつく。


「セイラ?」

「そうだよ〜偶然だね〜」

「偶然って……アンタ今、電車の来てないホームから歩いて来なかった?」

「ぐ・う・ぜ・ん、だね〜」


 琴音のツッコミを恐ろしい圧で押し殺すセイラ。

 それに琴音は「はぁ、偶然でいいわよ……」とため息を吐いた。

 そしてそのままセイラは翔太と俺の間に割って入ってきた。


「も、もしかして、せ、セイラちゃん⁉︎」

「そうだよ〜、君はフィアちゃんの彼氏さんかな〜?」

「いや、彼氏じゃなくて、友達ですね。それより俺、セイラちゃんの大ファンで……!」

「そうなんだ〜いつも応援ありがとね〜」


 翔太のファン宣言に、嬉しそうに目を細めるセイラ。

 

「推しと直接話せるなんて……おれ、もう死んでもいい……」


 翔太は口から魂が飛び出したかような表情で心此処にあらずといった様子だ。


「それでエレナのことなんだけどね〜」

「何か進展があったんですか?」

「いや〜、ドールちゃんが今、人形をフル稼働させて居場所を探してるよ〜」

「そうですか……」


 エレナをアメリカに返さない。

 その決断をして多くの人の助力を得ることができた昨夜。

 取り調べの後、みんなで集まって具体的な案をまとめることができたのだが……

 結局彼女が今どこに居るかが分からないことには何もできない。

 

 そのことに気付き、まずは彼女の居場所を掴むことになったのだ。


「すみません、言い出しっぺの自分が普通に学校に行く感じになっちゃって……」

「気にしないで〜、この段階で仕事ができるのはドールちゃんと理央っちくらいだから〜」


 そんなことを喋りながら駅の出入り口を出て学校の方へと歩き出す。

 気がつけばセイラも当たり前のように一緒の方角へ進んでいた。


「そういえば、昨日遅くなっちゃったけど今日の朝食はどうしたの〜?」

「いや、それよりアンタ、どこまで一緒に来るつもり?」

「私もこっちの方に用事があるんだよ〜」

「ホントに……?」

「ホントだって〜それより、朝食は〜?」


 セイラの行動を疑う琴音とそれをひらりと躱すセイラ。

 そのやりとりを横目に俺は今日の朝食を思い浮かべる。


「パンと目玉焼きを食べたかな」

「はぁ……私はお米に納豆をかけて食べたわ」

「お、俺は……焼き魚を……少々……」


 推しを前にしているからか翔太の様子がおかしい。

 まるで料理のレシピの砂糖少々みたいな言い方に思わず吹き出してしまった。


「へぇ〜?パンは食パンなの〜?」

「えっ?あっはい」

「ジャムとかやっぱりつけるのかな〜?」

「バターとか塗りますね……」

「そっかそっか〜あと目玉焼きにかけるものって色々派閥があるよね〜?」

「私は塩胡椒ですね」

「ふ〜ん、そうなんだ〜」


 何これ?

 昨日の取り調べを真似て“刑事ごっこ”でも始まったのか?

 そう首を傾げたくなるほどの質問攻めだ。


「ちょっと私にも聞きなさいよ!」

「朝からネバネバしたものを食べる人はちょっとないかな〜?」

「はぁー⁉︎あのネバネバが力をくれるんじゃないの!」

「あ、フィアちゃんも微妙な顔してる〜ネバネバ苦手なんでしょ〜?」

「ま、まぁ……」


 あの箸に絡みついて口の中をネットリと支配してくるあの感覚は苦手だ。

 納豆なんかそこに特有の臭気まで放ってくる。

 朝からそれを食べる琴音はきっと異世界人か何かなのだろう。


「私も食パン派だし私たち、結構似てるね〜」

「そうですかね?」

「そうだよ〜今度良かったら私のおすすめの純喫茶を紹介するよ〜?」

「純喫茶とか行くんですね」


 どちらかというと、オシャレなカフェとかに居るイメージだけど。


「マスターがサイフォン式で抽出した特別な一杯は格別だよ〜」

「サイフォン式……!」

「……何それ?」


 サイフォン式。

 それはフラスコに水を入れてそれをアルコールランプ、又は専用のコンロで加熱。

 蒸気圧でお湯を押し上げる方式の昔ながらのコーヒーの抽出方法だ。


 フラスコの中の水を加熱するのに時間がかかること。

 フィルターが布なので管理が非常に大変なこと。

 それらが合わさってお店からはほぼ消えてしまった抽出方式なのだが……


 まさかそれを取り扱うお店がまだあるなんて……!


 俺はそれを首を傾げる琴音に早口で説明すると目を輝かせながらセイラの方を見る。


「是非、連れて行ってください!」

「うんうん、もちろんだよ〜」

「おぉ、一本釣り……」


 翔太が謎の感想をポツリと呟く中。

 セイラと連絡先を交換しているうちに学校に到着。

 そこでセイラとは別れ、俺は翔太の「変装を解いて良い」と言われるがままにウィッグとマスクを外す。


 スッキリとした開放感と本当に大丈夫なのか……?という不安が渦巻く中、教室に入ったのだが……

 クラスメイトやすれ違う学校の生徒たちは驚くほどにいつも通りだった。


「“ソフィアちゃんを見守る会”は鍛えられているから練度が高いんだよ」


 そう鼻高々に話す翔太の声はどこか誇らしげだった。

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