61話
気がつけば、回転灯の赤い光が倉庫の窓から断続的に差し込む中。
俺は、人が潜れる程度に開いたシャッターの隙間からそっと外を覗き込む。
そして目に差し込んできた光の眩しさに瞼を細めた。
「うわっ……」
ヘリと地上から放たれるサーチライトの強烈な光。
さらに、ずらっと盾を構えた警察の隊列。
――あの中に向かって歩いていくのすっごい緊張するなぁ。
そう思いながら、俺は一度唾を飲み込むと、足を一本踏み出してシャッターをくぐった。
海から吹き付ける強い風がスカートの裾と胸元のリボンをバタバタと揺らす。
そんな中、無数の視線を感じながら光の中を足早に歩いていくのだが……
特に、警察や現場にいるであろうマギ管の人から指示が出る様子がない。
やがて盾を構える人たちの表情が読み取れるようになった頃。
「月城ソフィアさん、ですね?」
機動隊の間を割るようにスーツにロングコート姿の如何にも“刑事”と言った格好の人が出てきた。
「は、はい……」
テレビやドラマでしか観ない生の刑事に少し声が上擦ってしまう。
刑事さんは俺の足先から頭のてっぺんまで視線を往復させると感嘆したように息を洩らした。
「本当に見事な太刀筋でした、いや、美しい」
「え?あ、ありがとうございます……」
急に褒められてドキマギ してしまう。
「それで、少々お話を伺いたいのですが、月城さんの管轄は魔法少女管理機構なので……」
急に仕事の表情に切り替わったので、てっきり“署まで同行願えますか?”
刑事ドラマさながらのそのセリフがくると思ったのだけど……
「魔法少女管理機構の人を交えてお話を聞かせて欲しいので一度魔法少女管理機構の本部までこちらでお連れしてもよろしいですか?」
どうやら違ったみたいだ。
「はい……」
“いいですよ”、そう言おうとした時――
「ちょっと待ってください」
横から香坂さんが割り込んできた。
急な乱入者に「誰ですかあなた?」という刑事さんの誰何に「マギ管のものですけど」と力強く返答を返し身分証を提示する香坂さん。
「彼女はマギ管に所属する大切な魔法少女です。車はウチで出します」
香坂さんのその宣言に、刑事の横の警察官が何故か肩を落とす。
そして刑事さんもぽりぽりとこめかみを人差し指で掻いた。
「そう、ですか。では我々もすぐにマギ管に伺います」
「はい、そうして下さい。行きましょう、アイリスちゃん」
「は、はい」
香坂さんは俺の右手を取るとずんずんと歩きだす。
勢いよく進む彼女に警察の人たちが慌てて道を開ける。
好奇の視線が集まり居た堪れなくなっている中――
張り込みに使っていた軽貨物車が見えてきた。
「さぁ、乗って下さい」と言う香坂に促されるままに助手席のドアを開けて、シートに座る。
ファブリック生地のザラザラとした感触とシートの柔らかさを背中に感じた瞬間。
ふっと全身の力が抜けそのままシートに沈み込む。
「ごめんなさい、まさか車を離れている間にこんなことになってるなんて……」
「いえ、香坂さんもお仕事とかあるでしょうし、ずっと張り込みはキツイと思うので……」
免許のない俺たちを張り込みの場所まで運んでマギ管でまた仕事。
その合間に差し入れをしてくれたりと、香坂さんは本当に大変そうだった。
しかも、こんな夜遅くまで俺のことを待っていてくれたのだろう。
本当に頭が上がらないなぁ。
「むしろ、こちらこそ軽率に倉庫に突入せずに誰かに連絡すべきでした……」
「いえ、あそこで突入していなかったら灰原がどう動いていたのか見当もつかないので……」
香坂さんはそう言いながら車のエンジンスタートのボタンを押す。
キュルルルとセルが回る音がしてエンジンの振動がお尻を揺らす。
「結果論ですがむしろこうなってよかったと私は思いますよ」
「ならいいんですけど」
車のヘッドライトが慌ただしく赤く点滅する誘導用のライトを振る警官を照らし出す。
そしてゆっくりと車が前へと動き出し――
「アイリスちゃん、報道陣の前を通るので身を屈めて顔を隠してね」
「そんな犯罪者みたいな……」
「犯罪者じゃなくて、今のアイリスちゃんはヒーローだからです。注目度が桁違いなんで、写真を撮られたくなかったら早く隠れた方がいいですよ」
「なんですか、それ……」
まさかそんな〜と思い、そんな呟きを溢しながら椅子を目一杯倒して目線を窓より低くする。
それとほぼ同時に警察の人がバリケードを退かし、車が規制線の外へ出た瞬間――
白いフラッシュが矢継ぎ早に車内を照らす。
「もしかして、報道陣、結構すごい数ですか?」
「そりゃそうですよ、人が魔物になって魔法少女を人質にするなんて事件、前代未聞ですから」
「な、なるほど……」
さっきみたセイラのチャンネルも40万人の人が見てたし、事態は俺の想像を遥かに上回っているのだろう。
マギ管に帰った後も色々と大変そうだ。
「それで白鷺さんと琴音たちは無事ですか?」
「はい、白鷺さんの安全の確保が最優先だったので先にマギ管に帰ってますよ」
「良かった」
車にも現場にも居なかったので無事に脱出できたのか心配だったのだが――
香坂さんの答えに俺はホッと息を吐き出した。
「もうシートを戻しても大丈夫ですよ」
「あ、はい」
香坂さんの言葉にシートを起こす。
そして窓から外を見ると先程の喧騒が嘘のように静かな倉庫街を車は走っていた。
そして、車は首都高速の入り口に差し掛かる。
「あと、灰原さんはどうなりました?」
現場の物々しい雰囲気から捕まえられなかったのは薄々察しがついているが……
その俺の問いかけに香坂さんは窓を流れる高層ビル群をチラリと見て苦い顔をした。
「海に飛び込んだあと、行方がわかってないそうです……」
「そうですか……」
車内を沈黙が満たす。
しばらくして――
アスファルトの継ぎ目を拾う心地よい揺れが一定のリズムで身体を揺らす。
気が緩んだのと戦闘の疲れもあるのだろう。
強烈な睡魔に襲われた俺は落ちてくる瞼を必死に持ち上げようと戦っていた。
「あの……セイラちゃんのチャンネルのこと、ありがとうございました。私、彼女のファンなので、あんな使われ方をしたのがホントに悔しくて……」
朦朧として揺蕩うような意識の中、香坂さんの声がふわりと響く。
既に意識が遠くなっている状態で脳が正常な判断をできるわけもなく――
「ふぁい……」
よくわからない返事を返すのが精一杯だった。
そのことに申し訳無さを感じながらも、徐々に意識が暗闇に溶けていく。
「あぁもう!何これ!尊すぎる!本当に元は男の子なの⁉︎」
そんな香坂さんのどこか興奮した声を最後に――
俺は意識を手放したのだった。




