60話
「見たところ、B級、C級の群れだけど、この数は流石にきついんじゃないの……?」
倉庫内の隙間という隙間を埋め尽くす魔物たちにエレナが一歩だけ後ずさる
“私も魔法少女になったばかりでこんな数を相手するのは不安”とか同調したいけど……
――なんとかなるだろう。
そんな根拠のない自信もある。
“素人の蛮勇は一番ダメだ”。
秋山さんのその言葉が脳裏を過ぎり、俺は自分を戒めるように目を閉じる。
――そして。
「繊月連刃!」
刀に魔力を乗せて、波紋が青白く光ったところで素早く二閃。
刃先から飛び出した二つの斬撃は魔物集団の先頭に居た熊型を直撃。
ザシュッ!
分厚い肉を断つ音を響かせて胴体を横真っ二つに両断。
その後も斬撃は止まらず後続の魔物たちも次々と薙ぎ払い、おびただしい量の鮮血が宙を舞った。
「何……そのエグい技……」
エレナが倉庫の壁に刻まれた横一直線の斬撃の跡を視線で追いながらそう呟いた。
「私が今、唯一使える技?ですかね……?」
「銃弾を斬れるものね、そりゃ、強いわよね……」
「いや、全くの素人で……」
「銃弾を斬っておいて“素人ですぅ”はイラッとくるから気をつけた方がいいわよ」
「いや、ほんとに……!」
最近、魔法少女になったばかりで、使える技もこれひとつで“ヒヨッコ”もいいところなんです。
そう説明したかったのだが……
俺の言葉はエレナの大きなため息にかき消された。
「はぁ……もういいわ、足手まといにならない程度に援護するから好き勝手暴れてきなさいよ」
「えぇ……」
そんな好き勝手暴れろなんて言われても……
「じゃあ、とりあえず突っ込みますね……」
「どうぞ」
繊月連刃は思ったより威力がデカくて制御も効いてないし、倉庫を壊しかねない。
そう思った俺は、エレナの投げやりな返事を聞いたあと地面を蹴った。
そして、魔物集団の先頭に居た猿型の首を切り飛ばす。
その勢いのままに横に居た熊型の鼻を目掛けて刃を突き立てた。
「ブモォォォォ!!!!」
ゴリッと硬い骨を貫く感触が腕を駆け抜ける。
すぐに刺さった刀を引き抜くと“予測通り”に放たれた鹿型の後ろ蹴りの勢いを利用するように刃先を差し出す。
鹿は刀の刃先に自分から足を差し出した格好となり、スパッと後ろ足を失う。
足を失いバランスを崩した鹿型の首元へ――
パンッ!
弾丸が突き刺さり――爆ぜた。
ぼんっ!という生々しい音と共に鹿型の頭が弾け飛ぶ。
「あれ?魔物に銃が効いた?」
「この銃は私の魔法武装なのよ。それと……」
エレナは自分の右手に持つ拳銃を俺に見えるように掲げたあと――
鉄骨の梁を軽やかに移動し、上から降ってきた猿型の首元に素早くレイピアを突き入れた。
「これもね」
「銃とレイピアの併用なんですねッ」
「えぇ」
襲いかかってくる魔物を処理しながら俺はそんな感想をこぼす。
それから――剣戟の音、破裂音、銃声が連続し、十分ほどで倉庫は魔物の遺骸で溢れかえったのだった。
魔眼を結構使ってしまった。
俺は、視界に微かにノイズが走っていることを感じつつ魔眼を切った。
「ふぅ……なんとかなりましたね……」
「ハァッ、ハァッ、全然余裕でしょ!あなたッ!」
「いや、ギリギリでしたよ……」
これだけの数の魔物を相手にしたことなんて勿論ない。
そのうえ、場数も踏んでない。
ないない尽くし中、無我夢中で刀を振るっていただだけで心臓は未だにバクバクと嫌な音を立てている。
それを落ち着けるように深い深呼吸を一つ。
刀身を一度丁寧に拭うと音を立てないように静かに鞘に収めていく。
秋山さんに教わった通りに綺麗に収めることができたと満足気に息を吐いた時。
エレナがこちらをジッと見つめていることに気がついた。
「何かありました……?」
「いや……私のこと捕まえないの……?」
「え……?」
「いや、私、不法滞在者だし……アメリカに送還される覚悟はできてるから……」
エレナは拳を握りしめ、唇をギュッと引き結ぶ。
「あなたに捕まって送り返されるなら文句はないわ……」
彼女はそんな悲痛な覚悟を滲ませ、俺の方へゆっくりと歩み寄るとゆっくりと右手を差し出した。
この手を掴んでしまえばそれで終わりになる。
マギ管も”正しいこと“をしたと褒めてくれるかもしれない。
でも――
国家としての存続が危ぶまれるほどのアメリカの現状。
そして自分が困難すぎる状況でありながら助けてにきてくれた彼女の人柄を知った今。
俺は彼女の手を握るのがどうしても嫌だった。
甘いだとか、職務怠慢だとか怒られるのは覚悟の上だ。
俺は一つ、ある決意を固めると彼女に向けて勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「……ん?」
「今はまだ保護できないので逃げてください」
「……どういうこと?」
「アメリカに帰らなくても済む方法を絶対に見つけるのでその時また、身柄を保護しに行きます」
首をしきりに傾げる彼女に俺はそう啖呵を切った。
「だから、もう少しだけ待っていてください」
彼女は手を差し出したまま、大きく瞳を揺らす。
徐々に差し出した右手がゆっくりと下へ降りていき――。
彼女はふっと笑みをこぼした。
「ふっ、随分と甘いのね……でも……わかった、もう少し待つわ」
「はい」
「……礼はまだ言わないわよ」
彼女はそう告げると踵を返し、倉庫の窓から闇夜の中へ飛び出していったのだった。
俺はそれを見送って自分も一度倉庫の外へ出て状況を確認しようと動き出す。
先ほどから緊迫した状況を伝えるようにヘリのローター音がすごいのだ。
倉庫の外は警察とかでごった返してそうだな。
そう思って歩き出した時――。
不意に赤いランプが視界に飛び込んだ。
「あれ?」
視線を光の方へ向けるとそこには霞野さんの人形が一体。
最新鋭のビデオカメラを手に直立不動のまま、こちらにレンズを向けている。
俺はその人形に近づくとそっとレンズを覗き込む。
「もしかしてずっと撮影中だった……?」
灰原さんが撮影を始めたところまでは見たけど……
“停止”させているところは見なかったなぁ。
そう思い返し、いそいそとダンボール箱の上に置いてあるPCの画面を注視すると――
【すげぇぇええええええ】
【弾丸斬るのエグすぎ!】
【かっこ可愛い】
【ありがとううううううう】
【あ、配信はずっと点いてたよ〜】
【刀捌きが達人すぎて感動しました!】
そんなコメントが爆速で流れていた。
俺は口元を引き攣らせながら、どうやって配信を切ればいいのか分からず、視線を画面の至る所へ走らせる。
そして、パッと目に飛び込んだのは……
「同時接続者数40万人……」
【同接の多さにビビってるww】
【あのチャラ男の配信ジャック、吸血鬼CO、銃弾斬りは注目度高かった】
【全国ニュースになってるぞ〜】
【セイラちゃんのチャンネルを守ってくれてありがとう!】
【セイラちゃんファンとして胸糞悪かったからホント良かったよ(涙)】
「えっと、それでこれはどうやって配信閉じればいいんだろう?」
正直、コメントが爆速すぎて、ところどころ断片的にしか読めないので、閉じ方を書かれても読めるかは怪しい。
どうしたものかと頭を抱えていると黄色で表示された文字が現れて一番上に固定された。
【スターライトクイーンセイラ OBSの配信を終了するってボタン探して〜】
「おーびーえす……?って何⁉︎」
【草】
【アイリスたんはIT弱者だった】
【銃で撃たれた時より焦ってて草】
【右下にボタンあるはず……】
「右下?あー?……ん?」
PCを持ち上げて右側の下の方へと手をグイグイと差し込む。
しかし、ほんのりと暖かいだけでボタンらしきものがない。
【カタカタ音してるし、これ、画面じゃなくてPC本体いじってない?】
【あっ……ダメっぽい……】
【本体いじってるwww】
【機械よわよわ】
【もう電源落とした方がはやそう……】
【スターライトクイーンセイラ 分かんなかったら電源切るのでいいよ】
どうやら電源を落とすので良かったらしい。
「それなら最初に言ってよ……」
ため息を一つついた後、俺は電源ボタンに指を置く。
「あ、あと、私が言うのも変かもですけど、これからもセイラのこと、応援してあげてください!」
【それはもちろん】
【灰原に何をいわれようと俺たちにできることは応援くらいしかないから】
【せめて、ありがとうの声は届けたいからね】
【俺は守られるのが当たり前じゃないってことをここで再確認してる】
暖かいコメント数々。
その一つ一つにセイラはこれまで積み上げてきたものが詰まっているようだった。
灰原さんが言っていたような酒を片手に応援しているような人たちじゃないことがよく分かる。
「セイラもそんな声を力にして頑張ってきたと思います」
【アイリスたんマジ天使】
【良い子な上にめっちゃ強いとか惚れてまう〜】
【しほりん 50000¥】
「えっと……それじゃ、乙ステラ〜です」
顔に熱が集まってきたのを感じたあたりで俺は電源ボタンを長押し。
ファンの甲高い音と電源ランプが消灯したのを確認。
「なんか、疲れた……」
そう呟いたあと、ふっと肩の力が抜け、いつの間にか固く握っていた拳を緩めたのだった。




