57話
PCとカメラを接続し、灰原さんは櫛で長い髪を整えながら倉庫の壁際に立つ。
そして、彼が左手を挙げると、カチッという音と共に白い光が彼を照らし出す。
このままじゃ、セイラのチャンネルで配信を始められてしまう。
でも、縄で縛り上げられた俺たちの周りを灰原さんの部下が銃をこちらに向けて立っているせいで身動きが取れない。
なんとかできないか――
そう思っているうちに彼はセイラを脅してあっさりと配信を開始してしまった。
「どうも〜こんステラーでいいんだっけか?」
灰原さんはカメラに向かってわざとらしい笑みを浮かべて両方の手のひらを広げて振る。
そのあと、部下の一人がコメントが表示されているタブレットを見せると彼はそれを覗き込んだ。
「“誰だこのロン毛のチャラ男”って、失礼だな〜」
推しの配信だと思って画面をつけたら茶髪の男がいるなんてそりゃ、いい反応は返ってこないだろう。
罵倒にまみれたコメント欄が想像できる。
灰原さんはずらっと罵倒が並んでいるであろうコメントをじっと眺めて――
“ふっ”と鼻で笑った。
「コイツらが、命懸けで日本を守る魔法少女を肴に酒を飲むクソ共ってことでいいのかな?」
「違うッ!みんな、私を応援してくれている大切な……」
「おいおい、いい大人たちが寄ってたかって銭を投げて“お家から応援”だー?」
あんまりにも乱暴な言い草にセイラが声を上げた。
しかし、それはすぐに灰原さんの笑い混じりの声にかき消された。
「ハハッ、アハハハハハッ」
何が可笑しかったのか、堪えきれなかったようにお腹を抱えて笑い出した。
そして、ひとしきり笑うと、おもむろにカメラに向かって歩き出して、レンズを覗き込む。
「まだ碌に男も知らねぇガキに命張らせて、お家からジョッキ片手にご見学とは、ホントにいいご身分だなァ?」
馬鹿にしたような声で視聴者を煽り、カメラを掴むと、レンズを俺たちの方へ向けた。
「こんなことになってんのによぉ〜」
「その“ガキ”を縛り上げて銃口を向けるのは許される訳?」
「琴音ちゃん、さっき言ったじゃん、これは“大義”のためなんだよ」
「ぼ、暴力で相手を支配することは、ど、どんな大義を掲げても、正当化できません、よ!」
琴音と霞野さんの反論に、灰原さんは心底煩わしそうに首を傾げる。
「まぁ、見てなって……」
彼は胡散臭い笑みを浮かべると、ずっと右手にぶら下げていた銃をこちらへと向けた。
――そして。
「おい、白鷺環!見ているんだろう?コイツらを殺してほしくなけりゃ、日付が変わるまでにこの場所にひとりで来な」
白鷺さんへ宣戦布告をした。
「アンタ、何をする気?」
「それは後のお楽しみってやつさ」
そうおどけた後、彼はコメント欄を覗き込んで口元に愉しげな笑みを作った。
「凄い暴言だらけでここまで来ると笑えるね〜」
「罵倒されるのが好きな訳?」
「いや、好みの女性以外からの罵倒は殺意が湧くね」
うわっ……
好みの女性――と言う時にこっちに向けてウインクをしてきた。
男で――しかも、すっごい遊び慣れてそうな人に性的な目で見られているのが流石の俺でもわかってしまい、背筋に悪寒が走る。
「まぁ、とりあえず、おまえ誰だよってコメントが多いから自己紹介しよっかな〜」
「超凶悪犯罪者の灰原悖理さんでーす」
「琴音ちゃん……元気だね……」
煽るようにベーっと舌を出す琴音に灰原さんは呆れた声を出す。
そして、ゴホンっと軽く咳払いをしてレンズに向かって軽く手を振った。
「じゃ、改めて、魔物で、吸血鬼の灰原でーす」
「アンタ、自分のことを魔物って言うけどそれ、ホントなの?なんか信じがたいんだけど……」
「確かに……」
瞳孔が縦長なこと以外は、人間と違って見えるところはない。
強いて言うならやたらと嗅覚が鋭かったことぐらいだ。
「この瞳孔が何よりの証拠じゃない?」
「そんなのカラコンでどうにでも誤魔化せるでしょ?」
「えー?ホンモノなんだけどなぁ……」
灰原さんは肩をすくめて深いため息をこぼすと「じゃぁ、こうすれば証明できるでしょー?」と言って銃を再び持ち上げ――
銃口を自分の腕へと向けた。
ゆっくりと、引き金が引かれ――
パンッ。
銃口から火花が散り火薬の音が爆ぜる。
そして、灰原さんは自分で撃った手をゆっくりと上げた。
「うそ……」
「銃弾が……」
「……効いてないね〜」
彼の腕は少し黒い跡がついているだけで、目立った外傷がない。
魔物相手に核兵器を除く、魔力を纏っていない兵器はほぼ効果がない。
そんな話を聞いたことはあったけど……
――ここまでとは。
「あとは、筋力だって、人間とは比べ物にならないんだよッ」
今度は、軸足をうまく使い、倉庫の鉄柱を目掛けて回し蹴りを放った。
ゴォォン!!と鐘を鳴らしたような鈍い音が倉庫内を満たす。
そして、蹴り飛ばされた鉄柱はグニャリとへし曲がっていた。
「これで納得して貰えたかな?」
「……」
人が魔物になったのか?
それとも人の形をしているだけの魔物なのか?
そんなことを考えるくらいには彼が見せたものは人間の身体でやるには常軌を逸していた。
「灰原さんは元は人間だったんですか……?」
「そうだよ、ある日突然、この力を手に入れたんだ」
「も、元に戻りたいとか……お、思わないんですか?」
「えっなんで?」
自分が人じゃない“何か”に変貌してしまう。
同じ人間でも女の子になった俺だって、生理が来た時は心の奥底から男に戻りたいと願ったのに……
彼はそう聞かれるとは思っていなかったのか不思議そうに首を傾げた。
「折角、魔物に“進化”したのに、戻りたいはないでしょうよ」
「進化?」
「そう、これは進化なんだよ、魔物になってしまえば、同じ魔物に襲われることはない」
人が魔物になる。
そのことですら頭が追いつかないのに。
灰原さんが魔物になったことを肯定するばかりか新しい情報を次々と投下する。
「俺が眷属にした人間はみんな吸血鬼になれる。これは魔物に苦しむこの世界の特効薬だと思わないかい?」
「人間であることを捨てるってことですか?」
「そうさ、魔物を選べば、また平和な日々が戻ってくる、それに――」
彼は、そこで一度言葉を切ると、倉庫の入り口の方へと視線を向ける。
「こんなチビっ子にこの国の命運を背負わせるのはもうやめにしよう」
吐き捨てるように言った灰原さんの視線の先――
そこには白鷺さんが彼を鋭く見据えて立っていた。
「こんばんは、ボクの大切な仲間を返して貰いに来たよ」
その声は今まで聞いた白鷺さんの声で最も冷たく――怒っていた。
灰原さんは、その視線を真正面から受けて、目元にゆっくりと弧を描いた。




