6話
「お兄ちゃんまだ寝てるの〜? 遅刻するよ〜」
そう言いながら部屋に入ってきた晴香は、俺の現実逃避の最終防衛ライン――布団の攻略に取りかかる。
「なんで、布団被ってんのさ」
晴香がグイグイと布団を引っ張り始める。
――もう防衛は限界だ。
腹を括って打って出るしかない。
徐々に明るくなる視界の中で、覚悟を決め布団から顔を出す。
「……お、おはよう、晴香」
完全に陥落した布団から顔を覗かせると、晴香は一瞬”ぽかん“と口を開けて固まった。
一瞬の静寂。
「――え? 誰? お兄ちゃんの彼女?」
違う、と否定しようかと口を開こうとしたが、それより先に、晴香が自分の中で結論を出す。
「いや、お兄ちゃんにこんな美人な彼女と一夜を過ごす甲斐性なんてないか……」
「うるせぇやい!」
あまりに失礼で、兄の尊厳を著しく傷つける発言に、たまらず抗議の声を上げる。
「俺だよ、晴香の兄の優だよ」
「兄って、アナタ、どう見ても女の子じゃん」
”どう見ても女の子“――グサっと音がしそうな事実の再確認に打ちのめされる。
それでも自分が月城優であることを晴香に根気強く説明したが「お兄ちゃんに脅されてるの?」「何かのドッキリ?」と信じる様子がない。
なんとか信じて貰う方法はないか?
――例えば、晴香の家族しか知らない秘密とか。
「そういえば、魔法は無事に習得できたのか?」
「へ?」
魔法少女に憧れる思春期の少女には悪いが、優である事を証明するためだ。
みんなが寝静まると、部屋で一人、魔法の特訓に励んでいることを暴露させてもらおう。
最近開発された”新技“は恥ずかしいポーズをつけて、こう決め台詞を放つのだ。
「お兄ちゃんは私が守る!星の導きよ、私に力を与えたまえ!」
晴香の夜の定番のセリフを言い放つ。
すると、きょとんとしていた晴香から、表情が抜け落ちる。
――良い流れだ、あとはこのまま、思春期を拗らせたであろう技名を叫べばフィニッシュだ。
「サンダースパーク・ギャラクs……」
「ま、待って!待って! やめて!」
小さな魔法少女、晴香は慌てて、顔を真っ赤にしながら俺の口を塞いだ。
「なんでそれを知ってるの⁉︎」
いや、あんな大声で物音を立てていれば気づくな、という方が無理な話だ。
その後、晴香は何かを確認するように俺の顔をじっと見つめ、しばらく固まった。
「……本当に、お兄ちゃんなの?」
「……そうだよ、お前の兄の優だよ」
――やっと理解してもらえた、と息が漏れ、肩が下りる。
それと同時にこの後、晴香にこの姿になった俺が受け入れて貰えるのか?という不安がよぎる。
恐る恐る、晴香の方に目をやれば、俯いたまま震えている。
「おい、晴香、大丈夫か?」
問いかけても返事はなく、不安が大きくなるのを感じながらもう一度「おい」と声をかけて肩に手を置いた――瞬間だった。
「お兄ちゃん、めっちゃかわいい〜!!」
溜め込んでいたものを開放するかのようにこちらに飛びかかってくる晴香。
そして、高速で頬ずりを繰り出してくる。
「まさかこんなにかわいいお姉ちゃんができるなんて〜」
「お姉ちゃんじゃないッ……離れてくれ」
優だとわかった瞬間にこうも順応してくれたのはありがたいけど……
もう少し男の俺への未練があっても良いんじゃないか?
昨日まで、お兄ちゃんカッコいいと言ってくれていた妹はどこか遠くの星へ旅立ったらしい。
そんな事を内心でぼやいていると、「お母さん〜!お兄ちゃんがめっちゃ可愛くなってる〜!」と晴香が母を呼び出す。
「もう〜遅刻するって言ってるのに、早く朝ごはん食べなさ……」そう言いながら階段を登ってエプロン姿で登場した母も、俺の姿を見て言葉失った。
「まぁまぁまぁ!、優くん、こんなに可愛くなって〜」
その後は暴走した妹に加え、母まで参戦。
俺はしばらく二人の着せ替え人形と化した。
妹と母の服を3着くらい着せられたところで限界を迎え、俺は父に助けを求めた。
しかし父もゴツいカメラを持ち出して「写真を撮らせてくれ」と追いかけてきた。
結局家族3人に囲まれて追いかけまわされる羽目に。
でも、そんなドタバタ劇をやっていると朝、布団の中で心配していた事や悪夢の事はすっかり吹っ飛んでいた。
――月城優がどんな姿になっても、受け入れてくれる家族が居る。
改めてそれが、自分にはかけがえの無い宝物だと実感できた。




