54話
あれから一週間ほどが経過して――。
俺たちは軽貨物車両の中にいた。
後部座席を倒しフルフラットになったトランクの中央にはテーブルが鎮座。
それを囲むように琴音、セイラ、霞野さん、俺がそれぞれ思い思いの時間を過ごしていた。
「あー、いつになったらエレナは現れるのよ〜」
机に向かって学校の宿題をカリカリとやっていた琴音が顔をあげてそんなことを言い出した。
そして、「もーいやー」と言いながら後方に向かって倒れ込む。
狭い車内だ、倒れた先には当然軽バンのドアがあるわけで――。
ゴンッ。
「あだっ!!」
薄っぺらい鉄板を大きなハンマーで叩いたような鈍い音が車内に響いた。
「張り込みが一週間も続くとしんどいね〜」
最初はノリノリで刑事っぽいとか言っていたセイラも溶けかけたアイスのように机の上にべったりと顔をくっつけている。
「ほ、他の場所にも現れる気配はないですね」
机の上のPCでエレナが現れそうな場所に配置したカメラの映像を眺める霞野さんがそう呟く。
「大体、なんで張り込み用の車がこんなボロい軽バンなのよ!高級車が良かったぁ!」
いや、静かな倉庫街に停まっている高級車ってどうなんだろう。
軽バンの方が違和感はないと思うのだけど……
でも、確かにこの車は……
――ボロい。
メーターは50万キロを超えていたし、このご時世にハイブリッドですらないガソリン車だ。
「なんか、最近、錆と黒ずみをよく見るな……」
思わず心の声が漏れてしまった。
それにセイラがこめかみのあたりをぽりぽりと掻きながら曖昧な笑みを浮かべた。
「いや〜石動っちにももっといい車ないの〜?って聞いたんだけど……使える車両はこれしかないって〜」
「さ、最近は魔物の影響で電力がいつ止まるか、わ、わからないのでガソリン車は再評価されているんですよ」
確かに、海外では発電所が魔物にやられるみたいなニュースをよく聞く。
「へぇ」と頷いていると、琴音が勢いよく体を起こして叫んだ。
「もぉ〜そういうことを言ってんじゃないの!」
「ご、ごめんなさい!」
「ちょっと〜ムーンちゃん、あんまりうるさくしたら外に声が漏れちゃう〜」
「どうせ、誰も居ないわよ……」
そう言って今度は頭をぶつけないように横向きに再び倒れ込んでいく琴音。
――その時。
コンコンッと車がノックされた。
「ん〜?」
セイラがそれに反応して窓を覗き込む。
現れたのは、コンビニの袋を掲げる香坂さんだった。
それを確認したセイラが後部座席のドアを横にスライドさせる。
「お菓子と弁当買ってきましたよ」
「香坂さん、ありがとう〜」
「いえ、仕事ですから……」
暑いのだろうか?
頬を少し赤らめながら香坂さんはセイラに弁当を渡して運転席に乗り込んだ。
「車内、暑いとかありませんか?」
「いや〜大丈夫だよ〜」
「そうですか、それで状況は変わりありませんか?」
香坂さんはチラチラとルームミラーを見ながらそう尋ねてきた。
「なーし、何もなーし!」
寝転がり、スマホを眺めながら飛んできた投げやりな琴音の返事に香坂さんは困ったような笑みを浮かべる。
「香坂さん、忙しそうなのにこんなに時間とっちゃって、すみません」
香坂さんはここ一週間、俺たちの運転手としてマギ管からここまでずっと送迎をしてくれている。
以前会った時はとても忙しいそうだったのにこんなことに付き合わせていいのか?
張り込みが終わったら残業だらけ、みたいなことにならないといいんだけど……
「いえ、気にしないでください」
「本当に大丈夫〜?もし良かったら他の人に代わってもらうように石動っちに言うよ〜?」
セイラもそれが心配だったのか、運転席と助手席の間から顔を覗かせて、香坂さんを伺った。
「本当に大丈夫です!折角、運転手争奪戦に勝ったのに……!」
「運転手争奪戦?」
「あ……、いや、気にしないでください……」
よくわからない単語が聞こえて思わず聞き返すと香坂さんは慌てたように両手をブンブンと振って俯いた。
「そういう反応をされると気になっちゃうな〜」
「ええと……実は……」
セイラまで食いついてきて、香坂さんは諦めたようにポツリと話し出した。
どうやら、横浜の一件のこともあり、信じがたいことだがマギ管の職員の間で俺や琴音は人気があるらしい。
それにS級のセイラと霞野さんもいるということで、運転手という役目はいろんな部署で争奪戦になったそうだ。
セイラや霞野さんはわかるけど、俺たちは正直、誘導して、あとは白鷺さんたちにお任せしてただけなんだけどなぁ……
「だから、これは私が必死に掴みとった権利なので気にしないでください!」
香坂さんはそう言ってエンジンのかかっていない車のハンドルを必死に握りしめる。
俺たちはそれを見て、苦笑を浮かべたのだった。
琴音は調子に乗ったような笑顔を浮かべて「これは私も近々モデルにならないかって声が掛かったりするのかしら……!」とか言っていたが。
そんなやりとりをしながら、香坂さんに感謝を述べて弁当の蓋を開け、昼食をとったのだった。
その後も、時折ジェットエンジンの甲高い唸り声を轟かせながら頭上を飛行機が飛び交うだけで、時間だけが過ぎていった。
そして、事態は急に動き出す――。
「あ、アイリスさん、起きてください……」
誰かが耳元で囁き、微睡んでいた意識が徐々に浮上する。
頬に触れるヒヤリとした感覚にゆっくりと瞼を開くと、冷たい机の表面が頬に張り付いていた。
「ぁ……あれ……?寝ちゃってた?」
外はすっかり真っ暗だ。
俺の顔を覗き込む霞野さんの横顔を外から差し込む白い光がおぼろげに照らしていた。
そんな中、琴音とセイラが緊迫した表情で外を睨んでいた。
「おはよう、ソフィ、エレナが現れたわよ」
「……え⁉︎」
琴音の言葉に一気に意識が覚醒する。
俺は慌てるように体を起こすと、こっそりと外を覗き見た。




