53話
「どうして、エレナは殺人をやっていないと思うんだい?」
灰原さんの問いに俺は頭をひねる。
証拠、ないんだよなぁ。
「えっとですね――」
それから俺は、あの日の夜起こったことを順序立てて灰原さんに話した。
あの後、錦糸一家の倉庫に行ったこと。
そこでエレナと鉢合わせたこと。
近づいたら撃つと銃口を向けられたのにさらに踏み込んだこと。
そして――最後まで彼女が俺を撃てなかったこと。
「つまり、私の直感、ですかね?」
「なるほどね」
灰原さんは俺の話をうんうんと時折相槌を打ちながら最後まで真剣に聞いてくれていた。
「どうやらエレナのことを“ほぼ黒”なんて言っちゃったのを撤回しなきゃいけないみたいだね」
「ということは?」
「あぁ、彼女は白だね。俺としたことが薬莢に踊らされるとは……」
「そ、その薬莢なんですけど……あれはアメリカ軍の制式拳銃から撃たれたもので間違いはありませんでした」
「まぁ、警告で撃ったっていう線が強いのかな〜」
灰原さんが渡してくれた薬莢はやはりアメリカ製のものだった。
俺の発言はあくまでも実体験に基づく“推測”でしかなかった。
証拠もなしに彼がこの程度の話でエレナへの疑いを解くのか不安だったが――
灰原さんはエレナを“白”だとあっさりと言い切った。
「そうなると、エレナに罪を被せるように動いているヤツがいるわけだが……」
「誰が、なんのためにってなっちゃうんだよね〜」
「こ、心当たりとかありませんか?」
「う〜ん……」
腕組みをして首をひねる灰原さん。
彼にも心当たりがないとなると、どうしたものか……
俺は手に持ったマグカップに口を付けてコーヒーを一口流し込む。
そして、小さく目を見開いた。
「これ、美味しい……」
「でしょ〜?酸味が強めのミディアムローストがいいかな〜って思ったんだよ!」
よくもまぁ、俺がよく飲むコーヒー豆のロースト具合まで分かるものだ。
ここまで来ると気持ち悪いを通り越してむしろ感心してしまう。
「アンタ、そこまで行くともうストーカーよ……」
「いや、別に跡をつけたりはしてないって、……どこぞの誰かとは違ってね」
彼は最後にそう付け加えると、霞野さんへと視線を流す。
それに霞野さんは肩をびくりと震わせた。
「ドールちゃん、あとでお話しよっか〜?」
「い、いや、ちょっとした、で、出来心だったんです……」
「いや、余計ダメじゃん……」
え?霞野さんに跡をつけられてたのか?俺……
――全く気づかなかった。
しかし、跡をつけるなんて、まさか俺が真犯人だと疑われてるのか……?
「私、そんな疑わしいことしてました……?」
そう首を傾げた瞬間――
ペシッ。
唐突に脳天めがけて琴音のチョップが振り下ろされた。
「いてっ!何するんだ!」
「危機感を持ちなさいよ……全く……」
「俺が言うのもなんだけど……夜道とか、気をつけな……」
琴音と灰原さんそしてセイラの呆れたような視線が俺に突き刺さる。
「私、何かやっちゃいました……?」
訳がわからずそう呆けて見せたのだが――
周りから一斉に重たいため息が響いただけだった。
「まぁ、それでなんだけど、真犯人を見つけるにはエレナを追うべきだろうね」
「やっぱりそうなる感じ〜?」
「彼女が目的を持ってヤクザのアジトに現れるのは、錦糸一家の倉庫の一件と現場にあった薬莢から推測できる」
「そ、その後から、殺しと金庫漁りをしている人?がいるってこ、ことですよね?」
「たぶんね、それで次にエレナが行きそうなヤクザの事務所や倉庫なんだけど……」
灰原さんがパソコンのマウスを動かして、カチッとクリックする音が部屋の中に静かに響く。
「これだ」
そして、ディスプレイをこちらに向けて回転させた。
俺たちは身を寄せ合って一斉にそれを覗き込む。
画面には、地図が表示されていて、三つの赤い点が打たれていた。
「エレナが現れた倉庫や事務所を出したんだ」
「ぜ、全部羽田に近いんですよね?」
「そう!さすがドールマイスター」
なるほど。
確かにパソコンの中の地図を見ると、エレナが現れた場所で空港から一番遠いのが錦糸一家の倉庫だった。
「でもなんで空港の周りに?」
「た、たぶん、銃を発砲する事態になった時や騒ぎになった時、飛行機の音に紛れやすいからじゃないですかね」
「へぇ〜あったまいいのね〜」
世界中に魔物が現れて航路が大幅に減ったとはいえ、依然として羽田空港は“うるさい”場所だ。
確かに、大きな音は紛れやすいかもしれない。
「それでこれを元に彼女が次に現れそうな場所を予測したんだ」
灰原さんはそう言うと席から立ち上がって、俺の横へとやってきた。
彼が使っているシトラス系の香水の香りが鼻を掠める中、彼は地図の上にトンッと指を置いた。
「ここだ」
彼の指先は羽田空港のすぐ近く。
海を隔てた対岸の倉庫街を指していた。
「城南島?」
「そう、ここに最近立ち上げたばかりの新興勢力のアジトがあるんだよ」
地図アプリのストリートビューを見るとトタン板、まではいかないがまたまた年季の入ってそうな建物が一件佇んでいる。
道路もそこまで広くなく人通りも車通りもそんなに多そうには見えない。
「確かにここは襲いやすそう……」
そう呟いた瞬間。
突然、視界の端でパシンッと音がした。
驚いて音のした方を見ると――
琴音が灰原さんを睨んでいた。
「なんかあったのか?」
「なんでもないよ、ただソフィちゃんの髪は綺麗だなって思っただけさ」
「アンタねぇ……真面目な話をしてる時ぐらい発情するのやめたら?」
「いやぁ、つい……ね?」
また灰原さんが良からぬことをしたらしい。
プンスカと怒りを露わにする琴音に灰原さんがお決まりの反省ポーズを決めている。
「情報には感謝するわ!もう行きましょ!」
「で、ですね!張り込みをするなら早めがいいです」
「それじゃ行こっか〜」
こうして俺たちは苦笑を浮かべる灰原さんに見送られるように部屋を出たのだった。
部屋を出ると新鮮な空気が肺を満たし、自然と体の力が抜けるのを感じる。
俺はホッと息を吐いたあと、隣で不機嫌そうにしている琴音へ声をかけた。
「全く気づかなかったんだけど、さっき何かされてたの?」
「アイツ、ソフィが画面に集中してるのをいいことに髪を触ってたのよ」
「えぇ……」
髪を触られるって、なんかイヤだなぁ……
そう思っているとセイラが肩を竦めた。
「灰原さんと会う時はアイリスたんは居ない方がいいのかもね〜」
「いや、でも一応万が一、接近戦になった時の護衛として居るんだし……」
「むしろ、私たちがアンタを守ることになってんだけど……」
「えぇ……」




