52話
エレナと倉庫で出くわしてから何日かが過ぎた。
そんな折、霞野さんから調査の結果が出たという連絡が入った。
お昼休みにそのメッセージを確認した俺と琴音は放課後、チャイムと同時に学校を飛び出した。
そして、慌てて、向かった先は――
またしても、灰原さんの居る雑居ビルだった。
「それで、またここに集まるのね……」
「う、裏社会の情報にせ、精通してる人が必要ですから……」
琴音が雑居ビルのカーテンが閉じられた部屋を見上げながらげんなりと呟いた。
それに霞野さんは申し訳なさそうに小さく体を揺らす。
「まぁ、彼がアイリスたんに何かしそうになったら私たちで守る感じでいこ〜」
「はぁ……わかったわ、ソフィ、アイツに近づいちゃダメだからね!」
「わかってるってば……」
俺は、琴音、セイラ、霞野さんの心配そうな視線に「あはは……」と誤魔化すような笑みを返した。
それから相変わらず足元が見にくいほど薄暗い階段を登り、銀色の重たい鉄扉の前までやってきた。
その時。
こちらからノックなどのアクションを起こす前に扉がゆっくりと開いた。
「待ってたよ〜さぁ、入って入って」
出てきたのは灰原さんだったのだが……
彼は、初対面の時のラフな格好とは違い何故かやけにきっちりとスーツを着込んでいた。
――就活でもしてたのかな?
そんな冗談めいたことを思ったが……
正直、肩下まであるパーマのかかった髪とピアスのせいでフォーマルな雰囲気は微塵もない。
むしろ、夜の歓楽街の方が似合いそうだ。
俺たちはなぜスーツ?という疑問に顔を見合わせながら、彼に続いて中に入った。
また服がタバコ臭くなるのかなぁ。
そう覚悟して入ったのだけど――
その心配は杞憂だった。
「あれ?いい匂いがする〜」
「ホントね!シトラス系?」
部屋を見渡すと、室内の灯りがいくつか増えて、薄暗さも軽減されている。
そして、灰皿が見当たらなくなっていた。
「就職先の健康診断に引っかかって禁煙でも始めたの〜?」
「いやいや……」
セイラの質問に灰原さんは顔の前で手をひらひらと振る。
そして、おもむろに俺の方へ視線を向け――
「これは裏社会流のアプローチってやつさ」
“パチリ”とウインクをした。
「キモっ……」
「琴音ちゃんさ〜そのマジトーンのキモっはやめてよ〜マジで効くから」
全然、“効いた”ようには見えない彼に琴音は冷たい眼差しを送り続ける。
「ていうか私、あんたなんかに本名を名乗った覚えないんだけど?」
「いや〜、これは癖みたいなものだよ」
「癖?」
「そう……気になったものはついつい調べちゃうんだよ」
彼はそう言って霞野さんへと温度の読めない視線を送る。
「キミもそうだろう?ドールマイスター」
「え!?わ、わ、わたしは……」
琴音のことが気になって調べてたということでいいのだろうか……?
灰原さんは翔太以上の節操なしなのかもしれない。
あたふたとする霞野さんを横目にそんなことを考える。
「アンタ、絶対分かってないでしょう……」
突然、琴音の呆れた声が隣から飛んできて俺の頭にさらに“???”が増えた。
「鈍いところも可愛いね」
「アンタね〜……高校生相手にさっきから何を言ってんの?」
「裏の世界に年齢制限なんてものはないよ」
「それを言うならさ〜表の住人に裏のルールを押し付けるのはナシじゃない〜?」
セイラの至極真っ当な指摘に一本取られたのだろう。
灰原さんはこめかみの辺りをぽりぽりと指で掻き、ふぅっと息を吐いた。
「まぁ、冗談はこのくらいにしておいて……今日はどういったご用件で?」
どうやらやっと本題に入るらしい。
「おっと、立ち話もなんだし、まぁ座りなよ」
「椅子が置いてある……」
「ご丁寧に四脚もね〜まるで来るのが分かってたみたいだね〜」
「まぁそう警戒しないで、コーヒーでもどうですか?お嬢さん方」
彼はそう言うと、部屋の奥へ引っ込みお盆を持って戻ってきた。
無骨な鉄製の長方形のお盆には四つのマグカップが湯気を上げていた。
真ん中にはさりげなく、チョコレートの小包がいくつか置いてあり、なかなか気が利いている。
「好きだろう?コーヒーとチョコ」
「えぇ、まぁ」
俺の顔を覗き込むように言ってきた彼。
コーヒーは毎朝飲むし、チョコも確かに好きだけど……
俺の微妙な返事に気を良くしたのか彼は“ニィ”と口角を吊り上げる。
「そりゃ良かった、初めて会った時、コーヒーと甘いカカオの匂いがしたからもしかしてって思ったんだよ」
「え……?」
そんなに匂っただろうか……?
俺は反射的に自分の袖を鼻に寄せてくんくんと鼻を鳴らす。
琴音も俺に向かって鼻を寄せ――
「別にそんな匂いしないわよ……?」
「いや、俺、嗅覚がいいのよ」
「へぇ〜?」
「お、女の子の匂いを嗅いで、や、揶揄するのはセクハラです!」
「わかったわかった、反省してまーす」
絶対わかってないし全く反省してないでしょこの人……
セイラと霞野さんの冷たい視線にひらひらと両手をあげるだけ。
それをジトーっと見つめるが「その表情もいいねー」っとしか返ってこない。
もういいや。
早く真面目な話に入って、まるで風呂上がりに紙を触った時のようなこのゾワゾワした気持ちを落ち着けたい……!
そう思った俺は、口を開いた。
「それで、なんですけど……エレナは人を殺してないと思います」
「へぇ?」
灰原さんは意外そうに眉を吊り上げたのだった。




