51話
「あ〜疲れた……」
風呂に入ってパジャマに着替えた俺は、ベッドに向かって勢いよくダイブした。
ドサっという音と、スプリングが軋む音が部屋の中に反響した。
「女の子ってだるいな〜」
毎度毎度、風呂に入る度に思うことだが、今日は特にだ。
疲れて帰ってきて、この長い髪のお手入れは中々にしんどいものがある。
かといって男時代のように、わしゃわしゃと適当に洗ってドライヤーもせずに寝ると翌日が大惨事なのだ……
髪の毛が爆発して、母、晴香、琴音そして翔太までもが、みんなして文句を言ってくる。
そして、髪の手入れを怠った罰を与えられてしまうのだ。
――あれはもう嫌だ……
そんな苦い経験から、髪はしっかりと教わった手順通りに洗っているのだが。
これがまた時間がかかる。
「はぁ……」
ため息をついて、スマホに手を伸ばした瞬間――
ヴーッヴーッ。
スマホが震え出した。
俺はスマホの画面に表示された名前をみて表情を緩めると上体を起こす。
そして、緑色の受話器のボタンをタップした。
「もしもし?」
『あ、ソフィ、疲れているだろうに、ごめんね』
「ううん、大丈夫、今日は電話が来ないのかと思ったよ」
『初めての依頼をやるって言ってたから遅くなるのかなって思って……』
「なるほど」
いつもは20時〜21時くらいにくる朝倉さんからの電話。
今日は来ないのかと思ったが、わざわざ俺の帰り時間を予測して合わせてくれたみたいだ。
『それでどうだった?初めての依頼は?』
「それが、凄く大変で……」
それから俺は、朝倉さんに殺人を犯していると疑われている難民の魔法少女が無実かもしれないということ。
真犯人を探さねばならないこと。
彼女をどう保護してあげるのがいいかわからないことなどをつらつらと話した。
その間、朝倉さんはずっと静かに相槌を打ち続け、俺の話に耳を傾けてくれていた。
『アメリカからの難民の魔法少女の保護は本当に大変だと思う……』
「仮に保護したとして、その後はやっぱりアメリカに送り返すんですか?」
『恐らく、そうなると思う。そういう決まりだから……ただ……』
「ただ?」
『アメリカに返された後は逃走兵としてより過酷な戦地に送られることになるって話がある……』
「それで……」
“マギ管”の名前を聞いた瞬間の彼女の反応。
それにようやく納得がいった。
『昨日まで隣で飯盒を食べてた仲間が次の日には“居ない”なんて当たり前だって聞いたことある』
「……」
『そのエレナって子がそこに戻りたくないならマギ管の保護は避けたいはずだよ』
「そんな……」
日本で戸籍もなく、明日食べるものも怪しい日々を続けるか。
アメリカに帰って死地に行くか。
あまりの酷さに俺は言葉を失った。
「なんとかならないんですか?」
俺のその問いに帰ってきたのは長い沈黙だった。
『……境遇には私もとても同情する。でも日本としては難民の受け入れで一人の例外も出せないんだ』
「そうなんですね……」
『一人を特別扱いすれば、“なぜ私はダメなんだ”という声が必ず上がる。そしてその声は次第に大きくなってしまう』
朝倉さんの声はどうしようもない現実へのもどかしさに満ちていた。
『もし例外を認めれば、今の国際情勢だと平和な日本に難民が一気に押し寄せるのを政府は危惧してる』
「なる……ほど……」
瞳に深い孤独を孕ませるエレナを助けてあげたい。
しかし、そんな思いとは裏腹に政治がそれを“許容”しない。
『なんか、ごめん、折角電話してるのに重たい話になっちゃって……』
「いえ、気にしないでください。自分がどうするべきかを考えるきっかけになりました」
『そっか、ソフィは強いね』
「いえ、私なんか……ほんとまだまだで……」
『もう、”私なんか“とか言っちゃダメですって自分で言ってたでしょう?」
「あっ」
電話越しに聞こえたふふっという笑い声に頬がじんわり熱くなる。
そういえばそんなこと言ったような気がする。
『私にできることがあったらなんでも言ってね、絶対、力になってみせるから』
「ありがとうございます」
『それで……なんだけど……』
朝倉さんが何かを言い淀む。
そして、スマホの向こう側からは小さく自分を鼓舞するような「よしっ」という声が聞こえた。
『そ、そろそろ私のことは“朝倉さん”じゃなくて”澪”って呼んで欲しいなって……』
「え?あ、はい、いいですよ」
『ホント!?』
スマホから聞こえてきた、明るい大きな声に思わずビクッと体が跳ねる。
「ホントですよ」
『ありがとう!それじゃ、おやすみソフィ』
「う、うん、おやすみ、み、澪」
いざ、名前で呼ぶとなると急に恥ずかしさが込み上げてきて吃ってしまった……
スマホのスピーカー越しに聞こえてきた笑い声に肩を縮こませていると、いつの間にか画面にはいつものホーム画面が表示されていた。
俺はスマホを充電器に繋いでアラームをセットすると再び仰向けになってベッドに倒れ込む。
「力になる……か……」
“力になるからね”という母や朝倉さんの言葉に胸がいっぱいになるのを感じる。
――自分は本当に周りの人たちに恵まれている。
魔法少女になって、改めてそう思わされることが多い。
でも――
エレナはきっとこの闇夜を一人で彷徨っているに違いない。
そんな考えに胸を締めつけられるうちに意識は闇に溶けていった。




