50話
倉庫の中から沢山の足音が聞こえて俺たちも慌てて近くの壁に身を潜めた。
「くそっ誰もいねぇぞ!」
「最近噂のアメ公が遂に俺たちのところにもきたのかと思ったが……」
倉庫前で何やら話している十五人ほどの強面の男たちを俺たちはジッと息を殺して見守る。
すると、突如自分の背中側から両腕が伸びてきて俺の身体を抱きしめた。
背中に柔らかくて温かいものが押し付けられて花のような甘い匂いが鼻腔を突き抜ける。
「銃を向けてる相手に突っ込むなんて……アンタ、無茶しすぎよ……」
耳元から聞こえてきた震えるような琴音の声にはいつもの元気はなくとても弱々しかった。
「私……ソフィが死んじゃうんじゃって……怖くて……怖くて……!」
「そうだよ〜見てるこっちがヒヤヒヤしたんだから〜」
「で、でもかっこよかったです……!」
「ゆかりんったら〜甘やかさないの〜」
「ごめん……」
俺は右肩の上にある琴音の頭にそっと手を置いた。
「このバカ……!おたんこなす……!」
「ごめんって……」
「もう二度とやらないで」
「わかった、約束する」
そんなやりとりをしていると――
怪しい人間が見つからなかったのか倉庫の前の人だかりはいなくなっていた。
俺は、それを確認して立ち上がると、セイラの方へと向き直った。
「それで、話したいことがあるんだけど……」
「エレナ・モーガンは殺人はやってない、でしょ〜?」
「えっなんで……」
「そりゃわかるよ〜アイリスたんの刀の間合いに入っても彼女が君を撃ってないのが何よりの証拠じゃない?」
「わ、私もあの人には人を殺せないんじゃないかと思いました」
「そうなると、どうやって彼女の無実を証明するのかってことになるわね……」
無実の証明……か。
俺たちは四人揃って思案顔になる。
「ぼ、暴力団を襲って金庫を漁る真犯人を探すしか、な、ないんじゃないでしょうか?」
「確かにそうね、エレナじゃないとしたら誰がやったのかって話よね」
「それもだけど、エレナちゃんをどう保護するかも考えないとね〜」
次々と調査すべき項目が山積みになっていく。
エレナの無実の証明。
真犯人の特定。
そして、エレナをどうやって保護するのか。
どれも一筋縄ではいきそうにないな。
そう思っていると、セイラがふぅっと小さく息を出す。
「とりあえず今日はもう遅いし、ここまでにしよっか〜」
「わ、私も薬莢の鑑定をしたいので……」
「そうですね」
こうして、俺たちは駅の方へと戻り、それぞれの家路に就いたのだった。
そして、自宅の最寄り駅に着いた時には時刻は20時を回っていた。
お互いにクタクタで口数少なめに歩き、家の近くで琴音と別れ、俺はやっと自宅への門をくぐった。
今日はかなり濃密な一日だった。
「ただいま〜」
玄関に入って、家の奥に向かってかけた声に対する返事はなかった。
いつもなら、晴香あたりが魔法少女トークをねだりに駆け寄ってくるのだが。
今日はいつもより遅くなっちゃったし、みんなもうおやすみモードなのかな?
――俺も、風呂に入って早く寝よう。
女の子になったばかりの頃は自分の裸を見るのに凄い罪悪感を感じていた。
しかし、今となっては風呂もトイレもすっかり日常の一部と化している。
自分のことながら、慣れって怖いな。
そう思いながら、リビングへ続く扉の前を通過した時。
『ザザッ……芦ノ湖の再現は必要ないさ……』
リビングから漏れてきたスピーカー越しの白鷺環の声。
猛烈に嫌な予感がして、反射的にリビングの扉を開け放つ。
すると――
そこには、家族全員がテレビの大画面を食い入るに見つめていた。
そして、画面の中ではガーデンのメンバーや“俺”や“琴音”が戦っている。
「なに、見てるのかな?」
思わず零れた低い声に、晴香がこちらに気がついた。
「お姉ちゃんおかえり〜」
そして父が画面に視線を向けたまま腕を組み神妙な顔で頷いた。
「娘の勇姿を焼き付けておかねばと思ってな」
それで、わざわざセイラの横浜の時の配信を流しているのか……
「優……それで、なんだが……」
どうやら父は、動画を見て思うところがあったみたいで、いつになく真剣な表情をしている。
横浜の時といい、今日といい心配をかけるようなことやっている自覚ある。
だから、俺も真剣に聞かねばと姿勢を整えた。
「ライセンス登録の時も話していたし、この……白鷺環ちゃんとはもうお友達なんだよな?」
「そうだけど……?」
「家に遊びに来たりとかしないのか?」
「白鷺さんは凄く忙しい人だから来ないんじゃないかな……」
「そうか……」
俺の返答に露骨に肩を落とす父。
「それが何かあったの?」
「それがね〜」
晴香がニシシっと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「お父さん、お姉ちゃんの活躍を見えてるうちに白鷺環ちゃんのファンになっちゃったんだよ」
「マジか……」
ジトーっと父の方を見ると、父は視線を俺の方から逸らして、頬僅かに赤くした。
「いや、だって、カッコいいんじゃん……ヴェルデ・サンクチュアリとか……」
「確かにカッコいいけど……」
実の父が友達のファンってどうなんだ……
これから白鷺さんと話すたびに父の顔がチラつきそうで凄い嫌なんだけど。
「お母さんは娘を支えてくれてありがとうってみんなに一度お礼をしたいわ」
「うん、変わった所もあるけど本当に頼りになる人たちだよ」
「そう、もしお母さんにも力になれることがあったら遠慮なく相談してね」
「ありがとう」
母の包み込むような柔らかい表情につられるように笑みを浮かべて、俺はそのまま風呂場へと直行したのだった。
「ナチュラルにもう、息子じゃなくて“娘”なんだな……」
そう、ぼやきながら。




