47話
「やっと終わった……」
「最後の方、視聴者8万人とかだったわよね…」
8万人……
ちょっとした市町村の人口と一緒ぐらいの人に見られてたのか。
まだ、依頼に関わることは何もやってないのに大仕事を一つ終えた気分だ。
「それで、目的地はどこ?」
「えっとね〜、確かここからすぐのはずなんだけど〜」
地図を頼りに歩き回るセイラの背中を追いかけて、しばらくした後――
「これ?」
「これなのかな〜?」
「なんか、ぼろいわね」
「で、ですね」
俺たちは、年月の経過を伺わせる黒ずみが目立つ白い外壁のどこかくたびれた雑居ビルの前に立っていた。
特に看板などが上がっている様子はないけど……
本当にここなのか?
半信半疑の中、コンクリート製の階段を登り二階へ行くと銀色の扉が目の前に現れた。
「あの〜連絡したスターライトクイーンセイラですけど〜?」
セイラが中に向かって声をかける。
しかし、反応はない。
「やっぱり間違えたんじゃない?ヤクザならなんとか組とか看板上げてるんじゃないの?」
「気配もないよな……」
こりゃ、DMで送られてきた住所に間違いがあったのか、あるいは単なる悪戯の可能性もありそうかな?
「う〜ん」
腕を組んで唸り声を上げるセイラ。
「やっぱり、ネットで送られてきた場所にホイホイ行くなんて良くなかったんじゃない?」
「珍しい、琴音がまともなことを……」
「何よ!私はいつだってまともよ!」
「それはどうだが……」
「キ〜!」とまるで子犬のような威嚇をしてくる琴音に思わず笑みが溢れた。
「痴話喧嘩しないの〜」
「いいなぁ……」
霞野さんが何かを羨んだ瞬間――
銀色の扉の向こうに黒い影が現れた。
ガチャンっ。
薄暗い廊下に硬質な金属音が木霊する。
そして、ゆっくりと扉が開き、一人の男性が顔を覗かせた。
「ごめんねー、ちょっと取り込み中で出るの遅くなっちった」
肩の下まである茶髪に耳のピアス、そして扉を掴む指にはジャラジャラといくつもの指輪が光る。
そんな夜の雰囲気をまとったかのような男性は俺たちの顔を見ると軽い調子で笑った。
「えっと、あなたがDMくれたヤクザさんであってます〜?」
セイラの質問に男性は困ったような笑みを浮かべて首を横に振る。
「いや、ヤクザではないんだけどね、ま、DM送ったのは俺よ」
「ヤクザさん〜って声かけてたからてっきりそっちの筋の人かと思ってたわ……」
「だね……」
琴音の声にはどこかホッとしたような安堵の色が混ざっていた。
俺も親分とか呼ばれる、厳ついおじさんとかと相対するのかと思って正直内心はドキドキだった。
「まぁ、立ち話もなんだし、ボロいけど入って入って」
男性に促されるままに扉をくぐると――
カーテンが閉め切られ、薄暗い小さな部屋が俺たちを出迎えた。
壁際にはいくつものモニターが並び、床にはそれに繋がっている線が蜘蛛の巣のように散乱していた。
ヤクザの事務所というよりは、ハッカーの部屋だな、という印象だ。
しかし、それ以前に。
「タバコくさっ!!」
琴音が顔を顰めて鼻をつまんだ。
そう、この部屋、凄いタバコ臭がするのだ……
「いや〜ごめんね〜俺、ヘビースモーカーで……未成年者が来るんだから片しとけば良かったね〜」
男性は頭をかきながら、いそいそと机の上に山積みになっている吸い殻を回収しはじめた。
「今どき紙タバコ?珍しいね〜?」
「加熱式はちょっと軽すぎてね」
「へぇ〜」
セイラと軽口を交わしながら男性は棚から消臭スプレーを取り出した。
プシャッという音が何度か部屋の中を満たし、中の液体が霧状になって飛び散った。
「これでどう?」
琴音とセイラがくんくんと鼻を鳴らす。
そして、ジトーっと湿った目線を男性へ向けた。
「多少は……マシになったかしらね……」
「ほのかに、芳香臭に混ざってニコチンが香ってるね〜」
「吸いすぎは肺に良くないですよ……」
俺たち三人の感想に霞野さんもコクコクと頷き、男性は苦笑を浮かべるばかり。
「ま、これ以上は我慢してよ、それより、エレナ・モーガンについて知りたいんだろ?」
「それはそうなんだけど〜まずはあなたが“何者”なのかが知りたいかな〜?」
「おっと、自己紹介がまだだったか」
男性はそう言うと、口元にニヤリとした笑みを浮かべ親指で自分の顔を指し示す。
「俺は、灰原悖理、裏社会の連中相手に情報屋みたいなことをやっている」
「情報屋?」
「そう、エレナが裏社会の連中を食い荒らすもんだからこっちの商売は上がったりなのよ」
「つまり、商売相手を減らされちゃ困るってわけ?」
「そう!それで優秀な魔法少女の皆さんに情報を提供できればな、ってね」
なるほど、確かに裏社会を相手に金を稼ぐ者とってそれを殺して回るエレナの存在は鬱陶しいはずだ。
ただ、情報屋ってことは、まさか対価を要求してきたり――なんてないよな?
その考えが顔に出てたのだろう。
彼は俺に視線を向けるとこちらへ歩み寄る。
そして、仄暗い笑みを浮かべてぽんっと俺の肩に手を置いた。
「お代はキミの身体でどう?」
はぁ?
……何言ってんだ、この人?
困惑する俺に彼は更に顔を近づけ、耳元に息を吹きかけるように囁いた。
「今夜いいホテルとるよ?」
吐息が耳を擽り、タバコと香水の混じった匂いが鼻を刺す。
ゾワリ、と背筋が粟立ち思わず顔を顰めたその時――
「このおっさん、未成年相手に何を言ってるのかな〜?」
「キモッ」
セイラと琴音の凍えるような冷たい声に彼は慌てて両手を挙げた。
「冗談、冗談、裏社会ジョークだって!だからそんな怖い顔しないでよ」
「笑えないジョークだったかも〜」
「ホントに」
「さ、さすがに今のは、ひ、酷いと思います」
「不快にさせたなら謝るから!情報もタダでいいし!」
彼はそう言いながら、俺の顔の前で両手を合わせて頭を下げる。
許す、と言うのは簡単だが、男の俺でも相当不快だったのだ。
彼には戒めて貰わねば。
「今後、同じジョークは女の子にしたらダメですよ」
「わかった、約束する」
「なら、いいです」
「男相手にはしてもいいみたいだよ〜?」
「裏社会の男相手にやると殺されるよ?それ」
反省したのかは分からないが、彼はそう呟くとため息を吐き出して、椅子に座った。
「それじゃ、俺の知っている限りのエレナの情報教えるけど、まずそちら側はどこまで知ってる?」
彼はそう言うと、今までの軽薄さが嘘のように真剣な眼差しをこちらへ向けたのだった。




