5話
真っ白な閃光に包まれ、一瞬体が消失するような感覚に襲われた、その瞬間――
俺は自らのベッドの上で身体を起こし、息を切らしていた。
「……とんだ悪夢だった」
窓の外を見ればうっすらと太陽が登り始めていた。
遠くから鳥のさえずりが聞こえ現実に戻ってきたことを実感する。
ドクドクとうるさかった心臓はすぐに自分のペースを取り戻す。
だが、落ち着きを取り戻すと、汗でグッショリと濡れたシーツと寝巻きに対する不快感が込み上げてくる。
着替えてシャワーでも浴びよう。そう思って自らの身体を見下ろした瞬間だった。
――視界に見慣れない“何か”が映り込んだ。
「なんだ……これ?」
その見慣れない、何かは胸元で二つの小さな丘を形成していた。
ささやかながらも確かに存在を主張する“それ”に恐る恐る手を伸ばす。
「ンッ……」
両手で揉むように触ると10本の指先が、ゆっくりと”それ“に沈みこむ。
そして、自らの喉仏があるあたりからは出た事のない声が出てしまう。
悪夢から覚めたはずなのに現実感がなく、自分の身体ではないように思えてくる。
さらに、視界の中にも銀色の糸のようなものがチラチラと映り込む。
手で、眩しくて煩わしい糸を取り払おうとした時、頭頂部の痛覚が刺激される。
”糸“だと思っていたモノを掴んだ手を見れば、今まで見慣れていたはずの腕は無かった。
白く滑らかな曲線を帯び、肌もきめ細かい。
自分の身体が、驚くほどに変わってしまっている。
今まで見て触った情報から、なんとなく何が起こったのかを察してはいる。
下半身は怖くて見れないが、俺は、恐る恐るいつもより歩幅が狭い、慣れない足どりで、階段を下り洗面台の鏡の前に立った。
――目の前には、背中まである銀色の髪が特徴的な、息を呑むほどの美少女が居た。
サイズが大きく、持て余し気味の”俺の寝巻き“を着た彼女は、サファイアのような鮮やかな碧眼を不安そうに揺らしている。
とても庇護欲を掻き立てられる姿で、俺でも声をかけたくなるほどだ。
だが、問題なのは、この鏡に写っているのは彼女だけだという事だ。
――鏡と正対しているはずの月城優はどこにも居ない。
幽体離脱でも習得したか。
そんなふうに呆けている場合ではない。
目の前の彼女が、月城優の脳が発してるはずの信号通りに、右手や左手を動かしている現状を分析する必要がある。
――いや、そうだ、きっとまだ夢を見ているんだ。
こんな事あり得る訳がない。
現状の分析をした結果、俺はまだ明晰夢の中なのだと思うことにした。
問題の先送りでしかないが”逃避“すると決めれば、心は幾分か軽くなる。
俺はくるりと踵を返して、そそくさと自分の部屋に戻り、布団に潜りこんだ。
「寝よう」
朝もまだ早いし、もうちょっとスッキリした頭で物事を考えた方が良い。
そうに決まっている。
――――寝ると決めてから、30分ほど経った気がしている。
最初目覚めた時に落ち着きを取り戻した心臓は、再び早鐘を打っている。
焦燥が込み上げ、ささやかな逃避の夢にも入れそうにない。
家族にどう説明したら良いのか。
そんな事を考えていると、足音や、扉を開け閉めの音が聞こえ始める。
やがて一階食卓からは焼きたてのパンの匂いが漂ってくる。
――タイムリミットは近い。
「お兄ちゃん〜、朝ごはんできてるよ〜」
晴香が呼んでいる声がするが、今の声帯で返事をして良いものなのか。
でも、晴香の性格を考えれば部屋に乗り込んでくるのは時間の問題だ。
その証拠に既に階段を軽い足どりで登ってくる音が聞こえている。
――しばらくして”ガチャッ“とドアノブが回る音に心臓がまた一段と跳ねる。
「お兄ちゃん、まだ寝てるの〜?遅刻するよ〜」