42話
「心、技、体、それ以前のことからまずは教えていくぞ」
「それ以前……ですか?」
「そうだ」
礼儀とか作法とかだろうか?
でもそれは心の領域になるはずだ。
首を傾げている俺を見て秋山さんはニコッと笑みを浮かべる。
「まず、今から教えるのは“競技”じゃない、実戦を想定した武術だ」
「はい」
「地面は決して平らではないし場所も様々、雨や風の影響もある。相手も武人じゃなくて魔物だ」
低く、はっきりとした声でそう告げる秋山さん。
道場の空気が張り詰めるのがわかる。
「大事なことは“勝つ“ことじゃない”重傷”を負わないことだ」
その一言一句が体に染み込んでくるようだ。
「負けることもある。その時に重傷を負ってくたばってるようじゃ、ダメなんだ」
後には引けない大事な大会とかじゃないから無理はするな。
そういうことだろうか?
「戦場では過程の勝ち負けは関係ない、最後に立っていた方が勝ちになる」
秋山さんは身を屈めて俺に視線を合わせる。
「だから、まずは自分の命を大事にしなさい」
「はいっ……!」
「かっけぇ……」
翔太が漏らした声に心の中で強く頷いた。
「あのっ!」
稽古場の隅で座って見守っていた琴音が突然立ち上がる。
そのまま秋山さんの前まで来ると頭を下げた。
「私にも指導していただけませんか⁉︎」
「もちろんだとも、魔法を使えない我々が貢献できるのならこんなに嬉しいことはない」
「ありがとうございます!!」
琴音は勢いよく足音を立てて駆け出すと道場を飛び出していく。
すぐに稽古着に着替えて戻ってくると嬉しそうに俺の横に並んだ。
「ふむ、まずは歩き方から始めよう」
「歩き方ですか?」
「いきなり武器を振るんじゃないのね」
「何を使うにしても、武術の基本は“足”だからね」
それから俺たちは秋山さんの指導の元何度も稽古場の端から端を往復する。
軸をぶらさない、地面を蹴らずに押して進む、歩きだけでも中々に難しい。
「相手に足の動きで次の行動を悟らせない。非常に重要な基本だ」
何度も繰り返すことで体に動きを染み込ませ、時折先生の手本を魔眼で解析させてもらう。
「ソフィちゃんは上達がすごい早いね」
「眼のお陰ですかね」
魔眼で秋山さんの細かな筋肉の動きと重心の移動が視えるのでそれを模倣して再現できる。
あとはその動きを身体に染み込ませるだけだ。
「琴音ちゃんは身体の使い方の基礎がしっかりできておる」
「まぁ、ソフィより戦闘経験ありますし……」
「でも我流じゃな?」
「はい、だから型とかわかればもっと強くなれるかなって」
やっぱり琴音は戦闘の方面になると大真面目だ。
いつものお茶目な一面は鳴りを潜め真剣な表情で秋山さんの話に聞き入っていた。
その後もすり足、送り足を中心に足運びを徹底的に教わる。
膝の角度、腰の高さ、目線のブレ、一つ一つに意味がある。
「二人とも飲み込みが早いな!」
秋山さんの褒め言葉に俺と琴音は顔を見合わせ笑みを浮かべ合う。
「よし、足だけやっていてもつまらんだろう。少し振ってみるか?」
「……!はいっ!!」
「おねがいします!」
秋山さんは一度奥へ下がると腰に居合刀を差して現れた。
そして、木刀を俺に手渡し、琴音には小さめの木刀を二本手渡した。
「まずは手本を見せるぞ」
「これも魔眼で視させて頂いても良いですか?」
「もちろんだとも、存分に見てくれ」
俺のお願いを秋山さんは快く了承してくれた。
“カチリ”という音と共に魔眼を開眼させ、稽古着が魔法少女コスチュームへと変わりスカートの裾が揺れる。
「刀というのは使い手を選ぶ。ただ悪戯に刃を振っても斬れん」
秋山さんはそう言うとゆっくりと刀の鞘に手を添える。
ただ立っているだけなのに、道場が静謐で満たされる。
――刹那。
空気が震えた。
身体の軸、足、これらを一切動かさずに素早く刀を抜き放ち、二閃。
太刀筋は線を引くように美しく、動きには全く無駄がなく、攻撃の出だしが読めない。
これが達人の領域――
刀を納める時も隙はなく、頭から足まで全くブレがない。
「すごい……」
「綺麗……」
「ヤベェ……」
三人の口から同時に感嘆の声が零れる。
「よし、まずは今の振りを真似て木刀を振ってもらうぞ」
「はい!」
「よーし、やるわよ!」
それから魔眼で見た通りの動きを何度も繰り返す。
時折、秋山さんに腕の動かし方や指先、全身の筋肉との連動について尋ねていく。
それを繰り返し、肩で息をするようになった頃、空はすっかり茜色になっていた。
「秋山教官、今日はそろそろ……」
時間が来たのか朝倉さんが呼びにきた。
「おぉ、すまん、すっかり熱が入ってしまった。今日はこれで終わりにしよう」
「ありがとうございました!」
琴音と二人、大きな声で一礼をし、道場を出る。
そして駐屯地への出口へ並んで歩きながら俺は隣を歩く朝倉さんへ声をかけた。
「朝倉さん今日はありがとう!すごくためになったよ」
「ううん、気にしないで、ソフィの為だから」
「私もこれから秋山先生のお世話になるけど問題ないわよね?」
「え、えぇ……大丈夫……」
本当に大丈夫なのだろうか?
そう思ってしまうほど琴音に歯切れの悪い返事を返す朝倉さん。
――琴音とはまだわだかまりがあるのだろうか?
「何か問題でもある感じっすか?」
翔太がさらりと朝倉さんへ尋ねる。
「いや!できればソフィと二人だけで……みたいな……」
朝倉の返答は尻すぼみになり、最後の方はよく聞き取れない。
「えっと、なんて?」
「な、なんでもない!また来る日は言って!」
「分かった、ありがとう」
駐屯地の門で朝倉さんとお別れする頃に空はトワイライトに移ろいでいた。
その空の下帰りの電車に乗り込むと、俺と琴音は肩を寄せ合い眠りながら帰路へ就いたのだった。
「てぇてぇ〜」
翔太のそんなぼやきが聞こえたがツッコミを入れる元気はもう無かった。




