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緋眼のアイリス  作者: 惰浪景
第二章

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39話

 ライセンス申請書の提出も無事終わり、多少のトラブルはあったがマギ管AIデバイスの支給も受けることができた。


 そして――俺は今、マギ管の外で朝倉さんと対峙していた。

 

 なぜ、こうなったのか。

 時は少し遡る。


「よし、これで手続きは全部終了ね!」


 一悶着あったデバイスの登録を済ませ、琴音が両手をパンッと打ち鳴らす。

 

「くれぐれも無理だけはしないようにな」

「気をつけるよ」


 父は相変わらず心配そうだ。

 それでもライセンスを取りたいと言った息子の背中を押してくれた。

 

 自分の決断で家族が悲しむのは避けたい。

 

 ――そう思った時。


 ロビーの向こう側のエレベーターホールから朝倉さんが現れた。

 冷たい視線で俺たちを捉えると僅かに目を見開き、こちらへ歩み寄ってくる。


 横浜でのことで何か言われるんじゃ……

 緩んでいた場の雰囲気が一瞬で張り詰める。


「な、何よ……?」


 琴音が眼前まできた朝倉さんに警戒心を露わにしたその時。


「先日はごめんなさい!酷いことを言った」


 朝倉さんはバッと風を切る音が聞こえそうなほどの勢いで頭を下げた。

 その光景に俺も琴音も顔を見合わせて、ポカンと口を開いてしまう。


「覚悟のない素人だなんて勘違いだった、横浜での誘導、見事だった」

「い、いえやれることをやっただけです」

「ふんっあれくらい、私にかかればお茶の子さいさいよ!」

「そうか、それでなんだが……」


 朝倉さんは何か言い淀んでいるようで、手を握ったり開いたりと落ち着かない様子を見せる。

 そして俺のことを伺うように視線を送ってきた。


「……あなたと二人だけで少し話がしたい」

「……え?私ですか?」


 突然の指名に思わず自分を指差すと朝倉澪はひとつ頷きを返してマギ管の出口へと歩きだす。

 ちょうど、俺の方からも朝倉さんに伝えなければいけないことがあったしいい機会だ。

 

 そう思った俺は、その背中を追いかけた。


 自動ドアをくぐり、真昼の喧騒の中を無言で歩く。

 やがて、人気のない建屋の隅までやってくると朝倉澪はこちらを振り向いた。

 

 こちらを見る表情にいつもの冷たさはなく、今にも崩れそうな印象だ。


「もしかして……結月なの……?」

「え……?」


 突然の問いかけに思考が停止してしまう。

 少し時間を空けてようやく質問の意図が分かった。

 

 横浜での戦闘中、回避の動作や受け身などは夢で憑依した神崎結月の動きを真似ていた。

 それで、彼女は俺の中に神崎結月を見出したみたいだ。


「ごめんなさい、私は神崎結月さんではないです」


 まるで縋るような目でこちらを見つめる朝倉さんに胸が苦しくなる。

 申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら俺は首を横に振った。


「でも……!あなたの動きは結月にそっくりだった……」


 僅かな希望を捨てられないのか朝倉さんは尚も言い募る。


「あれは魔眼の力で結月さんに憑依した時の影響で――」


 何故、神崎結月さんと似た動きをしていたのか。

 魔眼の影響っぽい夢で結月さんに憑依して芦ノ湖事件の一部始終を体験した。

 

 俺はそのことを朝倉さんに話した。


「そうだったのね……」


 もしかしたら、結月さんが帰ってきたかもしれない。

 そんな小さな希望を打ち砕かれたのだろう。

 朝倉さんはゆっくりと肩を落とす。


「それで、私の方からも朝倉さんに伝えたいことがあって……」


 この空気で伝えるのは忍びない。

 でも、結月さんを撃ったことを引きずり続ける朝倉さんには必要な言葉なはずだ。


「なに……?白鷺さんのこと?」

「いえ、神崎結月さんのあなた宛の最期の言葉です」

「……ッ!!」


 朝倉さんの肩が大きく震え息が詰まる音がした。

 あの最期の言葉は無線に乗っていない。


 ――だから、俺が伝える。


 自分勝手かもしれないが、神崎結月の魂は俺が勝手に引き継いだのだ。


「結月は……なんて?怒ってた……?」

「いえ……」


 恐る恐るこちらへ視線を送る朝倉さんに俺は小さく首を振った。


「ありがとう澪、大好きって……」

「ッ……!結月ッ!」


 朝倉さんの瞳が揺れ、胸の奥で堰き止めていたものが決壊したかのように涙が溢れ出す。


「ごめんねッ……ご……めん……」


 肩を震わせながら抑えきれない涙を拭う姿は“英雄”ではなく、年相応の少女だ。

 俺はかける言葉も見つからず呆然と立ち尽くす。


 神崎結月が居なくなってずっと一人で色んなものと戦ってきたのだろう。

 そんな彼女に駆け出しの自分がかけられる言葉なんてない。


 ――でも、神崎結月ならきっとこう言うだろう。


「ごめん、じゃなくてありがとうじゃないんですか?」

「……!」


 朝倉さんは小さく息を飲み、泣き腫らした目を見開いて顔を上げた。

 

「そうだねッ……私なんかと友達になってくれてありがとう結月……ッ」


 なんでこの人はこんなに自罰的で自己評価が低いのか……

 誰も彼女のことを悪いだなんて思っていないはずなのに。


 放っておけない。そんな危うさを感じてしまう。


「あの……」


 朝倉さんが落ち着きを取り戻してきたところで声をかけた。


「なに……?」

「良かったら、私と友達になりませんか?」

「え……?私なんかでいいの……?」

「なんかじゃなくて朝倉さんだからいいんです!」


 一人で孤独にありもしない罪を背負おうとする彼女の負担を少しでも和らげられたのなら。

 そう思った俺の提案を受けた朝倉さんは頬を濡らす涙をそのままに、ふっと笑みを浮かべた。


「ありがとう、嬉しい……」

 

 いつも冷たい顔ばかりの彼女に咲いた笑顔に思わず息が止まる。

 熱くなった頬を誤魔化すように咳払いをする。


「そ、それじゃ、自己紹介からですね!月城ソフィアです!」

「朝倉澪、自衛官……出身は山梨、好きな食べ物はおにぎり」


 それから、俺と朝倉さんはお互いに顔を見合わせると訳もなく笑い合ったのだった。

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