38話
横浜でヴォイド・タイタンが暴れた数日後。
俺は家族に琴音を加えたメンバーで再びマギ管を訪れ、タブレット端末の前で唸っていた。
画面には“魔法少女ライセンス申請書”と表示されていて、自分や家族の名前、住所、連絡先などの欄は埋まっている。
だが、“通名”と書かれた欄が空欄のままで、そこでカーソルが止まっていた。
――通名とは、魔法少女として活動する際の名前のことだ。
琴音なら、クレセントムーン。
猪頭楽なら、ブレイキンブレイカー。
通名なしで本名で活動することもできるが、身バレや特定防止のために通名を使うことが推奨されているそうだ。
横浜でスターライトクイーンの配信に映り、また話題になっていることもある。
なら、開き直って“ソフィア”のままでいいか。
――そう思ったのだが、本名で活動をしているのは白鷺環と鴉羽理央だけらしい……
……流石にそこに並ぶ勇気はない。
何かないかと考えだしてからすでに五分。
隣で晴香がため息をついた。
「まだ決まらないのー?」
「こういうの苦手なんだよ……」
「も〜仕方がないから私が魔法少女になった時に使おうと思ってた名前、お姉ちゃんにあげる!」
“サンダースパークギャラクシービーム”なんて技を編み出して夜な夜なポージングをキメていた妹のネーミングセンスだ。
あまり期待は出来そうにないが……
晴香は、両手を腰に当て胸を張る。
「ギャラクシーエンジェル・ハルカ!ってどう?」
「……それはないだろ」
「ダッサイわね……」
「むー」
俺と琴音の冷めた反応に晴香は頬をぷっくりと膨らませて抗議する。
「じゃあ、琴音お姉ちゃんだったらなんて名前にするの?」
「よくぞ聞いてくれたわね!」
嫌な予感はするが、クレセントムーンとか名乗ってるし、琴音は意外とセンスはいいのかもしれない。
「こういうのはしっかりと本人の特徴を捉えるのが大事なのよ」
「おぉ……」
凄いまともなことを言っている。
戦闘以外はポンコツだと思っていた。
「ソフィの場合は赤く輝く魔眼よね、だからこんなのはどうかしら!」
琴音はピンッと人差し指を立てるとドヤ顔で宣言する。
「シャイニング・レッドアイ」
その名前が告げられた瞬間、全員が凍りついた。
それが生み出した沈黙を肯定と受け取ったのか、琴音は鼻を高々と持ち上げる。
「だっさ……そのまますぎるだろ」
「琴音お姉ちゃんないわー」
「はぁー⁉︎時代が私に追いついてないだけよ!」
やはり、戦闘時以外ではポンコツだ。
「琴音、その“クレセントムーン”って名前、他の人につけてもらったんじゃないか?」
「え?そうだけど……」
やっぱりか……
その後は両親もネーミング合戦に参加するが“これだ”といったものが全く浮かばない。
どうしたものかと頭を抱えていると――
「“アイリス”とかでいいんじゃないかい?」
突如、背後から落ち着いた声が響いた。
「えっ?」
突然聞こえてきた声に驚いて振り向く。
すると――そこには細長い桐箱を持っている白鷺さんが立っていた。
「えぇぇ!!!?た、環ちゃん⁉︎」
「ん?キミの友達かい?」
「あ、わ、私、ソフィアの妹の月城晴香って言います!ファンです!!!」
突然の推しの登場に大興奮の晴香は瞳を輝かせて前のめりになる。
もし尻尾があったらブンブンと振り回していたことだろう。
「握手でもするかい?」
「いいんですか……!!」
差し出された右手を恐る恐る握る晴香。
「どうしよう、もう右手が洗えない……!」
「手は洗った方がいいね、ボクのせいでキミが風邪をひいたりするのは忍びない」
「……はい!」
この人、ファンサもしっかりとできるんだな……
「それで“アイリス”っていうのは?」
「花の名前でもあるけど“虹彩”を意味する言葉でもあるんだ、花言葉も“希望”でキミにピッタリだろう?」
「希望が……ですか?」
「そうさ、キミの未知の力はきっとこの国……いや、この世界の希望になる」
また、なんの根拠もなしに。
でもそう言われると悪い気がしない。
この人の言葉に人をそう思わせる力が宿るのはどうしてなのか。
俺は、流されるように通名の欄に“アイリス”と入力し、決定のボタンを押した。
「ようこそ、マギ管へ」
差し出された右手をしっかりと握り返す。
「よろしくお願いします」
「なんかエモい……!」
「ちょっと晴香、こういう時は空気を読んで静かにするのがマナーなのよ……!」
白鷺さんは小さな笑みを浮かべたあと、持っている細長い桐箱を俺の方へと差し出す。
「それで今日は門出の品にこれをキミに渡そうと思ってね」
「なんですか、これ?」
「開けてみてくれ」
ずっしりと重たい箱を受け取り、毛筆で文字が書いてある上蓋をそっと取り払う。
――中に入っていたのは黒色の鞘に銀色の五角形の鍔を備えた一振りの刀だった。
「これは……?」
「キミは自分では武器が生成できないみたいだからね、大祓恒紘、ボクの家の守り刀かな?」
「いやいや、こんな貴重そうなもの受け取れませんよ!!」
素人が扱うと簡単に刃こぼれとかしそうだし、手入れの仕方もわからない。
慌てて突き返そうとするが白鷺さんは微笑みを浮かべるばかりだ。
「飾るくらいしか使い道がないし、これを使いこなすくらいには成長してほしいかなって」
「えぇ……」
「それじゃ、ボクはこれから和歌山だから失礼するよ」
白鷺さんはそう言い残すと、手を振りながら自動ドアの向こう側へと消えていった。
俺は桐箱を抱えたまま呆然とそれを見送るしかなかった。




