閑話1-5 朝倉澪
手の届く範囲にあるものを次々と投擲する巨人。
銀髪とオレンジ髪の少女たちはそれを鮮やかに回避していく。
姿かたちは全く違う。
それでも――銀髪の彼女の動きはまるで結月が乗り移っているかのようで。
「本当に結月……なの?」
そうであったら良い、そんな願望混じりの言葉が唇から零れ落ちる。
道路のアスファルトが瓦礫で埋まり出した頃。
横浜駅から魔物を引き離すよう要請されたのか徐々に距離を引き離す二人。
しかし、魔物は動かない。
焦れたように二人は逆に魔物との距離を詰め始めた。
「ダメ、衝撃波に巻き込まれるだけよ!」
「まずいですね……」
衝撃波で吹き飛ばされるだけの無謀な突撃だ。
そう思ったが突如、踵を返して距離を空け始める。
「どういうこと……?」
二人の謎の動きに私も水城さんも首を傾げた――その時。
巨人の体が赤く染まり地鳴りと共に周囲に砂塵が舞い上がる。
距離をとった二人も吹き飛ばされたが威力が減衰していたのか大きな怪我はなさそうだ。
「巨人の衝撃波を予測した?」
「そんなことができるんですか?」
「わからない、私には何の予兆も見えなかったけど」
ステルスしていたはずのリーパーも見えていたみたいだった。
――私たちには見えない“何か”を彼女は見ているのかもしれない。
そのまま二人は再び距離を一気に詰めると巨人の右腕を斬り落とす。
巨体が怒っているのを確認すると背中を向けて山下公園方面へと走り出した。
だが歩幅が違いすぎる。
すぐに追いつかれそうになったその時――動いたのは銀髪の少女だった。
切れた電線を掴み、どういう原理なのかゴムのように伸縮させる。
そして一気に縮み上がった電線は勢いよく彼女たちを空へと射出した。
覚悟のない素人――そんな風に彼女のことを見下していた自分が恥ずかしくなる。
その後は危うい場面もあったが、マギ管のS級魔法少女たちが次々と到着し、戦況は順調そうだ。
――その瞬間、無線が入った。
『司令部よりマルヨン、目標の山下公園への誘導を中止、繰り返す、誘導を中止せよ』
『マルヨン了、民間人の避難誘導の援護に入る』
『司令部よりメイジへ、マギ管の魔法少女の山下公園への誘導完了を確認の後、攻撃を開始せよ』
その指令が耳に届いた瞬間、背筋が凍る。
マギ管の魔法少女たちは砲撃が来ることを知らない。
――また、味方ごと撃つことになる
このままじゃ、芦ノ湖と同じ展開だ……
『司令部からマギバスター、繰り返す、目標は現在みなとみらい地区を南下中、山下公園到達を確認の後、攻撃を開始せよ、送れ』
さらには、山下公園には様々な施設があり、周囲のビル群さえも巻き込みかねない。
被害は芦ノ湖よりも酷いことになる……
「しかし!マギ管の魔法少女が交戦中です!友軍を巻き込む可能性が!」
『彼女たちはS級だ、耐えられる、これ以上市街地での戦闘を長引かせるわけにはいかん、山下公園到着時点で攻撃を行う』
確かに、スカーレットナイトの盾なら私の砲撃に耐え被害を軽減できる可能性はある。
だが、検証もしていないことをいきなり実戦で試すなんて……
そして何よりも、結月の面影を宿すあの少女に照準を合わせる。
――そのことが何よりも心に鉛のように重くのしかかる。
『こちら、ホークアイ、目標の山下公園到着見込みは五分後、送れ』
『司令部了解、攻撃用意、マギ管には今から魔法少女を退避させるように連絡する』
それでも、自分は日本で最初のS級魔法少女だ。
マギ管創設まで自衛隊、対魔特殊部隊の隊長として地獄のようだった日本を守り続けた矜持がある。
「マギバスター……了解……ッ」
――白鷺環の代用品にすらならなかった。
そんな烙印を押させるのは嫌だ……!
それに上官の命令は絶対だ。
声の震えは抑えられない。
それでも覚悟を決めるしかない。
また――仲間ごと撃つ。
隣の水城柚葉は私を許さないだろう。
そう心を決めた時――
突如、無線にノイズが走った。
『ザザ……芦ノ湖と同じ作戦は必要ないさ』
『誰だ⁉︎軍用回線だぞ!』
『ボクだよ』
白鷺環だ。
……間に合ったのか。
彼女が来たのなら私の出る幕はもうない。
全身の力が一気に抜け落ち、ビルの屋上の地面にへたり込む。
――そこからは怒涛の展開だった。
木の幹や蔦に絡みつかれた巨体は動きを封じられて、公園の中で倒れ伏す。
そこに、ヴェルデ・サンクチュアリで威力が増大した魔法が次々に殺到する。
――自分たちのやるべきことをやる。
白鷺環が言いたかったのはこういうことだったのか。
誘導、タンク、火力、参謀、支援、それぞれの役割が明確に決まっている。
護衛は私のやるべきことじゃない。
魔物から平和な日常を守るのが私の仕事だ。
私は結月を喪ってそんな当たり前のことを見失っていたのだ。
胸の奥に小さくとも確かな灯が再び灯る。
スターライトクイーンの魔法が生み出した流星群が魔物に降り注ぎ、巨体は原型を失っていく。
『これがボクたちマギ管のやり方さ、朝倉さんの背負うものを少し分けてもらうには足りないだろうか?』
無線越しに響いたその声。
ずっと白鷺環は私のことを認めてくれていた。
そんなことも分からずに私は喪失感で周りが見えなくなってしまっていた。
これからやり直していけるだろうか――。
「ねぇ、水城さん」
「何でしょうか?」
「ごめんなさい、結月を撃ったこと……ずっと謝りたかった」
私は結月しか友達が居なかったけど彼女は違う。
その包容力で隊を包み込む彼女を慕う人は多かった。
――そんな結月を魔法で葬った。
その罪を水城さんや他のみんなにもずっと謝りたかった。
でも罵倒されるのが怖くて、言葉を飲み込み続けてきた。
もう一度自衛官の魔法少女、朝倉澪としてやり直したい。
そう思えたからこそ、今度は言葉がすんなりと零れた。
水城さんは突然の謝罪に目を見開くとその場で立ち尽くす。
そして静かにこちらに歩み寄り私をそっと抱き寄せた。
「いいんです、これ以上自分を責めないでください、朝倉さん」
「でも……」
「私たちがもっとしっかりしていれば朝倉さんに全部背負わせずに済んだことなんです」
密着している肩口がじわりと雨以外のもので濡れはじめる。
「だからッ……!私の方こそ力になれなくてッ!……ごめっ……んなさい……」
涙を流し、嗚咽をあげる彼女になんと返してあげたらいいのか……
「結月だって!!私に力が足りなかったからッ……!ずっと私のせいだ……!って思って……」
私たちはきっと、同じなのだろう。
結月の隣にいて、見届けるしかなかった水城さん。
撃つしかなかった私。
きっと私たちは同じ苦しみを抱えた者同士だったのだ。
私は水城さんの背中に腕を回して、そっと抱きしめ返した。
「いいの……いいんだよ……結月に誇れるような、そんな魔法少女をこれからまた一緒に目指しましょう?」
雨粒が頬を叩くなか、水城さんが落ち着きを取り戻すまで私たちはしばらく抱き合ったのだった。




