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緋眼のアイリス  作者: 惰浪景
第一章

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閑話1-4 朝倉澪

あの時、もし――白鷺環が居たら結月は死ななかったかもしれない。

 そんな考えがあの日からずっと私の頭の中をぐるぐると回り続けている。

 

 白鷺環の護衛を自衛隊でも受け持ちたい。

 彼女の護衛は内閣特命警護班が担っているがそれだけでは足りないのではないか――?

 桂木総監のその提案を受けたマギ管の理事長で結月の母でもある神崎千景さんは机の上で腕を組んだ。


「自衛隊のご提案は嬉しいが、これ以上彼女の生活に枷を嵌めるのはよくないんじゃないかい?」

「彼女を失えばどれだけの損失が出るかわからん、これは芦ノ湖を知っているからこその提案だ」


 白鷺環――彼女の登場は日本の対魔物災害戦略を根底から覆した。

 彼女が力を注いだ植物は自動的に魔物を攻撃し駆逐する。

 しかも魔力は光合成によって生成され尽きることがない。


 その植物を植林した日本の山間部や緑豊かな地域は彼女の“植物タレット”の巣窟と化した。

 それによって魔物の出現は樹木の少ない都市部に限られ、そこも魔法少女たち対処することができるようになった。


 結果として、人々は魔物に備えながらも今まで通りの経済活動を続けることができている。

 

 さらに白鷺環はヴェルデ・サンクチュアリのような、傷の回復、味方の魔力を増強、敵に麻痺、毒を付与する領域を展開できる。


 そんな、支援も殲滅もこなすことができる白鷺環だが、一つだけ弱点がある。

 

 ――それは近接戦闘に弱いことだ。


 近づけさせなければいい、確かに彼女にはそれができる。

 

 でも緑のない駅構内などで突然襲われたら?

 小柄で非力な少女だ、力で押さえつけられれば抵抗は難しい。


 それを危惧した日本政府はまず、彼女の能力に関することを国家機密にした。

 次に護衛をつけ、飛行機に乗らない、携帯は政府指定の物を使うなどの制限を彼女につけた。


 そんな彼女を守ることが結月を殺した自分ができる償いになるはずだ。

 そう思ってマギ管に乗り込んだのだが、当事者であるはずの白鷺環はこの場に姿を見せていない。


 ――私の護衛は必要とされていない。

 

 日本で初めてのS級魔法少女となり英雄と持て囃され調子に乗っていたんだ。

 だから唯一の友達をこの手で死なせることになった。

 白鷺環からの無言の拒絶に心がズタズタに引き裂かれていく。


 芦ノ湖の悲劇を繰り返したくないからこそ白鷺環を自衛隊の指揮系統に組み込みたい。

 そんな考えがある桂木総監は食い下がる。


「理想だけでは国は守れない」

「彼女たちは兵器ではありませんよ」


 千景さんは瞳に静かな怒りを宿して総監を射抜く。

 桂木総監はその視線を鋭く見返した。


「私はあの時、あなたの娘さんを死なせた、その責任は一生背負う、でも私は国防の一翼を担う者だ」


 ――もう、やめて欲しい。

 結月を守れなかった私たちが千景さんに言えることなんて何もない。


 そんな私の心の叫びとは裏腹に総監は言葉を重ねた。


「芦ノ湖であの決断をしなければより多くの命が失われて神崎結月さんの献身も無駄になった」

「私もあの決断は間違いではなかったと思ってはいますよ」

「結月さんのような犠牲を繰り返さないためにも白鷺環は絶対に失ってはいけない。そうでしょう?」


 ――あのとき白鷺環が居たら。

 

 その“もしも”はきっとこの場にいる私たち全員の心に巣食っているのだろう。

 だが、その考えに縋るほど自分の無力を突きつけられる。

 そしてそんな自分の弱さに苛立ってしまう。


 真っ赤に焼けた鉄の棒で心の中をかき混ぜられている感覚。

 あの日からずっと消えない心の悲鳴に私は思わず声を上げていた。


「そもそも!!護衛対象が同席していないのはこちらを信用していないからでは⁉︎」


 突然声をあげて立ち上がった私を二人が唖然として見上げる。

 さっき、千景さんに言えることなんて何もないとか思ったばかりなのに真逆の行動をしてしまった。

 

 自分の矛盾に血が煮えくりかえる。


「私はこれで失礼します!!」


 結局、自分の失態から逃げるように会議室を飛び出してしまった。

 そして、逃げた先で陽気な声を出すブレイキンブレイカーたちにも当たり散らすような振る舞いをしてしまった。

 

 最後は桂木総監に引き止められる形となり自己嫌悪ばかりを積み重ねながら私はマギ管を後にした。


 それから、白鷺環からの拒絶という痛みがジクジクと心の奥に突き刺さったまま、何日かが経過して――


 表向きは都市緑化計画と呼ばれる、白鷺環の植物タレットを国民に違和感を抱かれることなくさまざまな場所に植える計画。

 それの一環で都内の学校に白鷺環が居るという話が私の耳に舞い込んだ。

 

 ――護衛を直訴するチャンスかもしれない。


 そう思った私はその情報を頼りにその学校へ乗り込んだ。

 矢島緑地開発という業者を装った内閣特命警護班に要件を伝え、学校の中庭に足を踏み入れる。


 そこで私は目の前の光景に立ち尽くしてしまった。


 ――どうして彼女は良くて、私はダメなのか。


 マギ管の談話室に居た身元の安全すら保障されてない銀髪の少女。

 その彼女と昼食を共にする白鷺環。

 もしあの女が刺客だったら今、白鷺環の胸に刃を突き立てるのは容易いだろう。


 そんなことを考えるとどうしようもなく苛立ちが込み上げて、また感情が抑えきれなくなる。


「キミの能力は護衛向きじゃない」

「キミの仕事は魔物を狩ることだろう?」


 立ち去る白鷺環の背中を呆然と見送りながら彼女に言われた言葉が頭の中で反響する。

 

 ――自分は自衛官として近接格闘術は一通りこなせるはずだ。

 要人の護衛にだって自信がある。


「なのに、どうして……」


 どうして、私じゃ駄目なのか?

 そんな疑問とまた感情を抑えられず銀髪の彼女に当たってしまったことへの嫌悪が募る。


 モヤモヤとした気持ちのまま帰り、眠りについた次の日、太陽が徐々に沈み始めた時間帯。


 ――最悪の一報が入った。


『横浜駅前にS事案と疑わしき魔物が出現、総員配置につけ!』


 無機質な警報が鳴り響き、隊員たちの慌ただしい足音が廊下を埋め尽くす。

 白鷺環は昨日、北陸に行くと言っていた。


 もし帰ってきていないなら私の出番になる……


 市街地でのS級魔物討伐……


 私の魔法は威力がありすぎて周囲に被害が出ない場所への誘導が必要になるだろう。


 ――誰が誘導してくれるのか……


 また誰かを死なせる羽目になるかもしれない。

 思わず拳を強く握り込む。

 

 芦ノ湖以来、離隊する者があとを絶たず戦力が大きく削がれたメイジ隊では誘導はできない。

 私はそんな不安を抱えながらそのメイジ隊と共に射線が通るビルの屋上に陣取った。

 

 眼下にはビル群の中で青白く光る、頭のない巨体が雨の中不気味に佇んでいた。

 

『司令部から全部隊へ今回の作戦は自衛隊の単独作戦として行う、民間との共同作戦は現時点では不可能と判断した』


 これは分かっていたことだ。

 作戦の主導権をどちらが握るのかなど、民間の魔法少女へ指揮系統などがまるで整備されていない。


 桂木総監はマギ管の動きを見ながらこちらが合わせる形が無難だとは言っていたが……


『こちらホークアイ、ターゲットは制止中、送れ』

『司令部了解、各隊に通達、“クロリス”は長野県内を移動中、到着は遅延見込み』


 やはり、白鷺環は来ない。

 到着までの時間を稼げればいいが何時来るかはわからない。

 電車も止まるだろうし、期待はしない方がいい。


『司令部よりマルヨン(第四中隊)へ、民間人を避難させつつ目標を山下公園へ誘導、マギバスターの砲撃により排除する』

『マルヨン了、到着見込みは三十分後』

「……メイジ了、射撃地点確保完了」


 マギ管の出方はわからないが、こちらは

機動力のある部隊で誘導を試みる方針のようだ。


 その時、双眼鏡を覗いていた隊員の魔法少女が声を上げた。


「民間の魔法少女が現場に到着したみたいです」


 声に反応して私も慌てて双眼鏡を覗き込む。


「あの子たち……」


 白鷺環と昼食をとっていた二人が変身をした状態で巨人と正対している。

 まさか、あの銀髪の彼女が戦場に立つなんて……


 ――素人だなんて、私が煽ったせいだろうか。


 感情を抑えることができなかった所為でろくに経験もない子を戦いに巻き込んでしまった。

 私たちの仕事は彼女のような子を魔物から遠ざけることなんじゃなかったのか……!


 結月ともそんな約束をしたのに、それを反故にした自分に対する苛立ちがまた込み上げてきて、双眼鏡を握る手に力が入る。


 ――刹那。


 巨人から放たれた衝撃波が街を揺らす。

 砂塵が舞い上がり、私たちのいるビルの鉄骨が軋み悲鳴のような音を響かせた。


「まずい!」


 視線の先では巨人が信号機を鷲掴みにし大きく振りかぶっている。

 適当に放り投げられるだけでも多くの人が巻き込まれかねない。


 どうにか止められないか――そんな思考が頭を埋め尽くした瞬間。


 ――銀髪の少女が投げつけたペットボトルが巨人に直撃し炸裂。

 

「気を引くことはできたみたいですね」


 隣で水属性の魔法少女で昔、結月とバディを組んでいた水城柚葉が静かに言う。

 私は小さく頷きを返しながら、唇を噛み締める。


 オレンジ髪は子は問題ないとして、銀髪の少女は巨人の攻撃を躱せるのだろうか……?


 リーパー戦の動画の動きはただがむしゃらに武器を振っているようにしか見えなかった。

 訓練も受けていなければ、実戦経験も浅い。


 そんな状態で信号機を投げつけられればひとたまりもないんじゃないか……


 そんな不安が鎌首をもたげる。


 だが、そんな不安は杞憂だった。


 彼女は飛んできた信号機を鮮やかに回避し、しっかりと受け身をとった。


 そのことに肩の力が抜けるのと同時に私は目を大きく見開いた。


「結月……?」


 彼女の避け方が結月とそっくりだったのだ。

 水城さんの方を見ると彼女も瞳を大きく揺らしている。


「ええ、あの避け方、戦術は神崎一曹ものです……」

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