36話
垣守先輩は学校の時とは違い、ポニーテールにした赤い髪を靡かせ俺たちの前に立つ。
両手には盾と剣が握られ、鋭い眼差しで巨人を睨み据える。
「衝撃波が来ます!回避を!」
「大丈夫」
その静かな声と同時に巨人が赤く染まる。
轟音を鳴らしながらまた砂塵が一直線に迫ってくる。
「アブソリュート・ファランクス」
盾を構えた垣守先輩の前に高さが四メートルはありそうな巨大な光の盾が出現する。
砂塵は光の盾にぶつかると二つに分かれ、左右の地面だけが抉られる。
「よっし!これであとはあのデカブツをボコってしまいだな!」
楽が腕を鳴らしながら前に出ようとした、その時。
「街中の戦闘は危ないから山下公園に誘導だって言ってるでしょ、脳筋」
「あぁ?」
「それにヤツは再生能力があるんだからそんな簡単な敵じゃない」
黒のロングコートに革の手袋、編み上げのブーツ。
鞭を携えた黒髪ショートの少女が近寄りがたい雰囲気を纏って歩み寄ってくる。
そして、何よりも異質なのは斜め後ろに控えている等身大の人形だった。
「……誰?」
隣の琴音に小声でこっそりと尋ねる。
「鴉羽理央、ガーデンのNo.2よ……」
俺たちがコソコソとやっていることに気付いた鴉羽理央がこちらを見てふっと笑みを浮かべる
――その瞬間、瞳からハイライトが消えたように見えたのは気のせいだろうか……?
「はじめまして、白鷺さんと食べる弁当は美味しかった?」
「え?あ、はい」
妙な会話に戸惑っていると琴音が声を上げる。
「なんかアンタたちといると緊張感なくなるわね、ちょっと余裕すぎない?相手はS級よ」
その一言にガーデンのメンバーたちは一様にポカンとして顔を見合わせた。
「なんかリーダーさえ居たら絶対なんとなるっていう感じがあるんだよなー」
「そのたまちゃんはまだ居ないんだけどね〜」
「白鷺さんは来ると言ったら絶対に来る人です、例え電車が止まろうと」
「……あんまり頼りすぎるのも良くないんだけどね」
そんなやりとりをしているうちに、気づけば巨人の姿が目の前まで迫っている。
飛んできた郵便ポストを楽がまた打ち返す。
赤いポストは巨人の腕を抉ったが傷はすぐに埋まってしまう。
「チッ、そういえば自衛隊はどうしてやがる?オレたちを作戦に組み込むためにコードネームがあるんだろう?」
「法整備が整ってないから今頃、単独で作戦を練っているんじゃないかしらね」
「ウチらへの指示はあくまでも“要請”だから、一度石動さんを通して審議しなくちゃいけなくて即応性が無いんだよね〜」
何をやらせるか指示を出すのに一々お伺いしなきゃいけないのは使えないだろうな……
なんというか、日本らしい。
そんなことを思っていると、鴉羽さんの後ろに人形が前に出てきた。
「そ、その、ことなんですけど、まずいことに……!」
人形は絞り出すようなか細い声を響かせたあとザーっとノイズが走る。
『司令部からマギバスター、繰り返す、目標は現在みなとみらい地区を南下中、山下公園到達を確認の後、攻撃を開始せよ、送れ』
『しかし!マギ管の魔法少女が交戦中です!友軍を巻き込む可能性が!」
『彼女たちはS級だ、耐えられる、これ以上市街地での戦闘を長引かせるわけにはいかん、山下公園到着時点で攻撃を行う』
自衛隊の無線と思われるやりとりが切れると全員が顔を見合わせ、琴音がポツリとと呟く。
「軍用無線傍受……やば……」
「まぁ、それは一旦置いておいて、耐えられると思う?」
鴉羽さんは垣守先輩へ視線を送る。
「流石に朝倉さんの砲撃に耐える自信はないですよ……」
「おいおい、じゃあオレたち一緒に焼かれんのか!?」
楽がビルに直撃しそうな信号機を弾き返しながら叫んだ。
「このままじゃ、下手すると芦ノ湖の再来ね……」
「それは絶対にダメだ!」
垣守先輩の呟きに思わず反応してしまった。
「……そうね、朝倉澪にこれ以上背負わせるわけにはいかないわ」
魔物はすでに山下公園の手前まで迫ってきている。
太陽はすっかり沈み、警察と自衛隊の探照灯が魔物を照らしだしていた。
『こちら、ホークアイ、目標の山下公園到着見込みは五分後、送れ』
『司令部了解、攻撃用意、マギ管には今から魔法少女を退避させるように連絡する』
『マギバスター……了解……ッ』
朝倉澪の声は震えていて力がない。
このまま誘導を続けるべきか?
ここに居る全員が顔を見合わせた――その時。
『ザザッ……芦ノ湖の再現は要らないさ』
突如、白鷺環の落ち着いた声が無線に割り込んだ。
『誰だ⁉︎軍用回線だぞ!』
『ボクだよ』
その瞬間、山下公園の向こう側の高速道路の高架から一台のバイクが飛び出す。
地面に叩きつけられるかと思われたが街路樹の枝がざわめき出し、柔らかくその車体を受け止めた。
そして、矢島緑地開発の社長が運転するバイクの後部座席から白鷺環が颯爽と飛び降りる。
「待たせたね、誘導お疲れ様」
「おっせぇぞ、リーダー!」
「渋滞が酷くてね、でもキミたちなら大丈夫だっただろう?」
「それで、朝倉澪の砲撃ですか……」
朝倉澪の砲撃をどうするのか、その問題はまだ片付いていない。
「それなら大丈夫だろ」
淡々と何の根拠もなく告げる白鷺さん。
――でもこの人が言うと本当に大丈夫な気がしてくるから不思議だ。
『こちらホークアイ、山下公園前に“クロリス“を確認』
『……攻撃を中止、繰り返す、攻撃を中止せよ』
『マギバスターから司令部、了解……』




