34話
巨人の手から放たれた信号機が切れた電線を揺らしながら飛来する。
俺と琴音はそれを横っ飛びで回避した。
直後、道路のアスファルトに激突した信号機は爆ぜるような金属音と火花を撒き散らし四散する。
「市街地はコイツのおもちゃ箱だな……」
「なんでもかんでも投げられちゃ、たまったもんじゃないわ!」
衝撃波があるので迂闊に接近はできない。
それでも、ヘイトをこちらに向けつつ、次々と投擲される標識や瓦礫を必死に避け続けた。
片側三車線の道路が瓦礫で埋まり始めた頃、琴音の右手のAIが声を上げる。
「オペセンから連絡だぜ!」
『現在、避難者を横浜駅周辺の地下施設に一時収容中、タイタンを駅から遠ざけて欲しい』
「わかったわ、やってみる」
じわり、じわりと距離を空けてみたが巨体が動き出す気配はない。
「ダメね……」
「もうちょっと怒らせないと、か?」
コイツに感情があるのかはさておき。
今のタイタンは、周りを彷徨く小蝿を振り払っているだけなのだろう。
「ちょっと賭けをしない?」
「賭け?」
「ソフィの魔眼で衝撃波がくるタイミングを予測するのよ」
もし、あの衝撃波がポンポンと撃てるものじゃないのなら――
一回撃たせたあとに接近できる。
それが琴音の言う“賭け”だった。
「わかった、やってみよう」
俺たちは顔を見合わせて同時に頷く。
そしてタイタンの方へと一斉に駆け出した。
“カチリ”と魔眼を起動し、飛来する物を避け続ける。
いよいよ巨体が目前に迫った、その瞬間――
頭の中に未来の映像が稲妻のように閃いた。
「来るぞ!」
「よし、下がるわよ!!」
背中を向けて駆け出した俺たちを砂塵が追い越していく。
骨が軋むような衝撃が全身を突き抜け、体が宙を舞う。
神崎結月がやっていた要領で咄嗟に受け身を取る。
「っ大丈夫か⁉︎」
「問題ないわっ!いくわよ!」
衝撃に耐えられなかったのか水道管が破裂し水柱が上がる。
雨水と水道水でぐっしょりと濡れる路面を俺たちはタイタン目掛けてひたすらに走る。
衝撃波は連発はできかなかったみたいでついにタイタンの足元まで肉薄することができた。
虫でも潰すように振り下ろされた巨大な手が迫った時、琴音の目が鋭く煌めいた。
ひょいっとタイタンの拳を躱した彼女の両手に握られた二振りの剣が炎を纏う。
「ブレイズクロス!」
琴音が巨人の手首を切り裂き、二本の炎の線が交差するように走った。
――その直後
ドカンッと全身の毛が粟立つほどの爆音が弾け炎が視界を埋め尽くす。
スパッと両断された青白い手が地面に叩きつけられ青い飛沫を散らす。
歯牙にもかけていなかった“塵芥”に手首を切り落とされた。
頭のない巨人はまるで癇癪を上げる子供のように暴れ狂った。
「早く離れよう」
ビルを殴る右手首の先がみるみる再生していく。
それを見ながら俺たちは背中を向けてまた駆け出した。
「手応えが薄いと思ったけど……やっぱり再生持ちね!」
「なんとかなるのかアレ?」
「こういうのは大体どっかにコアみたいのがあんのよ」
ダメージは実質ないに等しい。
しかし、目的を達成するのには充分だった。
怒り狂った巨体は地響きを鳴らしながらこちらを追いかけるように動き出した。
「問題はどこに誘導するかよね……」
「こうなったら海にでも突き落とすか?」
海にさえ落とせば火力を集中できる。
問題は自衛隊の状況がわからないので朝倉澪の砲撃に合わせるのは難しいこと。
そして二足歩行のタイタンが簡単に海に落ちるとは思えないことだ。
頭を悩ませていると、再び琴音のAI端末が声を上げた。
「また連絡が来たぜ!相手は……白鷺環だ」
まさかの相手に俺と琴音は顔を見合わせる。
『S級災害相手に時間稼ぎをやっている子が居るって聞いたけど、君たちだったのか?』
「そうよ、アンタも早く来なさい!」
『今新幹線で向かってるよ、それで魔物を山下公園に誘導して欲しいんだが、可能だろうか?』
「山下公園……」
ここから2kmぐらいか……
近くはない。
「アンタがそう言うなら、やれるだけやるわよ」
『ありがとう、任せたよ』
「そっちこそ、“戦うことを選んだら背中は任せろ”とか言ってたのちゃんと実行してくださいよ」
俺がそう告げると端末の向こうから、小さく吹き出す音が聞こえてきた。
『わかった、この戦いが終わったらキミの歓迎会をしよう』
「フラグ立てるのやめてください」
『君たちはそんな簡単にやられるようなタマじゃないだろ?』
「あったりまえ!」
琴音は端末に向かって声を荒げると、鋭く前を見据える。
肩の力が抜けてしまうようなやりとりに苦笑しながら俺もこれからやるべきことに目を向けた。




